第4話:今日から研修生

「ラ、ライシさんもアイドルをやるってことですか!?」


 ユウカはひどく困惑した面持ちだ。


「いやそうとはいってないだろう。というか、俺にその“あいどる”とやらができると思うか?」


 雷志はそんなユウカに苦笑いを返す。


 ユウカはしばし悩んだ後――


「無理ですね」


 と、申し訳なさそうに言った。


「“だんじょん”配信……あれをすることで、よくわからないが金銭が出るんだろう?」


 仕組みそのものについては未だ謎な部分がとてつもなく多い。


 それらは後に修得するとして、少なくとも以前ユウカがしていたようなことをすれば金銭が発生する。


 この事実は雷志にとっては朗報以外のなにものでもなかった。


 斬った張ったを得意とする彼だからこそ、配信業は天職といっても過言ではなかった。


「確かユウカの話では、お前たちその……ば、ば?」


「ヴァルキュリアですよ、ライシさん」と、ユウカが助け舟を出した。


「そうそれだ!」と、雷志はぽんと手を叩いた。


「その“ばるきりあ”とかいうのは、確か人の活力……声援があればあるほど強くなれるんだったな?」


 ヴァルキュリア――新人類の中で特に女性をこう呼称する。


 生まれながらにして極めて強い神秘の力がある者、素質がある者のみがなれる存在。


 そうした者たちを育成するためにあるのが学院である。


 ナデシコプロダクションは、学院内にあるグループの一つであり実際にはもっと多くのグループが設立されている。


「神仏の類が人による信仰心があってはじめて成り立つように、“ばるきりあ”も同じく……か。最初は意味がわからなかったが、よくよく考えれば理に適っている」


 雷志は痛く関心した。


「で、でもそれってどうなんですか? 社長……」


 ユウカの問い掛けに、ヒメコが難色を示した。


 そもアイドルというのは女性だけの特権のようなものだ。


 男性のアイドルは実際、この世界には事例がまったくない。


 まったく新しい試みだけに、早急に了承を出せないのも頷ける。


 だが、何事もやってみなければわからない。


「……やっぱり難しいか?」と、雷志はおずおずと尋ねた。


 ヒメコは、依然固く口を閉ざしたままだ。返事すらしない彼女に、雷志も一抹の不安を憶える。


 隣にいるユウカも不安そうにヒメコを静観している。


 いささか軽率だったかもしれない、そう思ったもののしかし今更だ。


 しばしの沈黙が流れる。静寂が異様に重く、息苦しさを感じてきた。


 やがて――


「ライシさん」


 と、ヒメコがようやく口を開いた。


「……やってみますか? 配信者」と、ヒメコがまっすぐと目を見つめてきた。


「金のためだな。生きるためにも、剣の腕だけではどうにもならんし」と、雷志は不敵な笑みを返す。


 一瞬の静寂の後、ヒメコがふっと微笑んだ。険しさはもうどこにもなく、出会った当初と同じ優しい顔を浮かべていた。


「そこまで言うのなら、わたくしのほうでなんとかしてみましょう」


「そいつは助かる!」


 雷志は顔にぱっと花を咲かせた。


 ひとまず職を得た。これで解決したわけではないが、大きな一歩には違いない。


 後はどのように立ち回るか、それ次第で今後の生活もよりよくなるだろう。


 今日から忙しくなりそうだ。雷志は不敵な笑みをそっと浮かべた。


「ほ、本当に大丈夫なんですか?」と、ユウカ。そう尋ねる彼女の言霊はとても不安そうだ。


「問題ないと思うわよ」


「ほら」と、ヒメコがそれを指差した――空間にいくつもの絵がぱっと浮かび上がった。


 うっすらと透けているが、しっかりと視認できるしなにより色がついている。


 またしても高度な技術の登場に雷志はいよいよ頭がずきりと痛くなった。


 これより先、思考がおかしくならないことだけを切に祈った。


「えっと、ライシさん。私たちが持ってるこの端末はいろんなことができるんです」


「な、なるほど……それで、こいつはなんなんだ?」


「ええっと……わかりやすく言うと、その日の新聞とか世間の声が可視化される場所って言えばいいかな」


「瓦版みたいなものか」と、雷志はまじまじとそれを見やった。


 細かな文字がずらりと羅列しており、そのほとんどが解読できなかった。


 言語は同じでも文字は少々異なるようだ。これを憶えるのにもさぞ時間がかかるだろう。


 生きていく自信だけが、どんどん消失していく。そのような気分に苛まれる。


 それはさておき。


 内容は――先程のユウカの配信についてだった。


 より正確には、予期せぬ発見となった雷志のことについてが書き記されていた。


「なんて書かれているんだ?」


 他人の評価など、興味はさらさらない。どう思われようとも最初から考えていない。


 いちいち気にしていては心身が疲れるだけだ――可視化されるとわかったなら、それはそれで興味があるが。


「ほとんどが肯定的なものばかりですね」


 ヒメコが「ほらここです」と、とある個所を指差した。



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[1]ナナシさん XXXX/0Y/12 13:15

 今日の配信見た?

 なんかめっちゃかっこよくなかったあの人。


[2]ナナシさん XXXX/0Y/12 13:18

 めっちゃわかる。

 あれは惚れる。


[3]ナナシさん XXXX/0Y/12 13:23

 なんで男の人なのにレギオンとか倒せるの?

 もしかして、新しく生まれた新男子とか!?


[4]ナナシさん XXXX/0Y/12 13:27

 >>6 新男子ってなんやねんwww


 でも、戦ってる姿めっちゃよかった。というか強すぎでワロタ。


 ~~~~~~


[9]ナナシさん XXXX/0Y/12 13:48

 もしかして、ナデプロ男子部門のアイドル事務所設立するんかな?



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「――、とこんな感じですね。多分コメント的に女性だと思いますよ」


「どうしてわかるんだ?」と、雷志は疑問を投げる。


 文章だけで性別までわかるなど、それはもはや妖術の類だ。


 このヒメコなる女性には、そのような力が備わっているのかもしれない。


 そう考える雷志を、察してかヒメコが「違いますよ」と、苦笑いを示す。


「確かに視聴者の多くは男性ですけど、でも女性だって負けないぐらい多いんですよ。なんていったってアイドルは、女性にとって誰しもが憧れる職業ですからね」


「そういうものなのか?」


「それに」と、ヒメコが再び指をさっと上に流した。


 一見すると不可解な行動だが、それと連動するように画面が切り替わる。


 違うコメントである。そして肯定的なものだったのが一点して否定的なものへと変わった。



===========


[36]ナナシさん XXXX/0Y/12 14:02

 なんで俺らのユウカちゃんと野郎が一緒になって配信に出てるわけ?


[37]ナナシさん XXXX/0Y/12 14:03

 マジふざけんな。

 男は引っ込んでてほしい。


[38]ナナシさん XXXX/0Y/12 14:04

 というか、これヤラせとかじゃないよね?

 ユウカちゃん……もとい、ナデプロがそんなことするとは思わないけど。



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 しばらくコメントを見て「なるほど」と、雷志は息をそっと吐いた。


 文章だけで性別を区別することは、とても簡単だった。実に分かりやすすぎて、同時に憐れでもあった。


 男の嫉妬ほど、醜悪なものはなかなかない。少なくとも雷志はそう捉えている。


「でも、それも一部だけですから気にしないでいいと思いますよ」


 ヒメコがさりげなく助け船を出した。要らぬ心配だ。雷志は「大丈夫だ」と、それだけ返した。


「ライシさん。配信者として活動するのなら、やってみるのもありかもしれません」


「それじゃあ、決まりだな」


 雷志はにっと不敵に笑った。


 やることが定まった。


 少なくとも職については解決したと言ってもいいだろう。


 だが――


「それでヒメコ。出会ったばかりなのに申し訳ないんだが」


 と、雷志はおずおずと口火を切った。


 これでなにもかもが解決したわけではない。


 むしろ状況的に、門の前にすら立っていない。


 雷志はこれからもっとたくさんの課題と向き合わねばならない。


 それらを超えるためには、周囲の助けは必要不可欠だ。


「えぇ、構いませんよ」と、ヒメコがにこりと笑った。


「まだ用件は伝えていないんだが」と、雷志は困惑の表情を返す。


「大方想像がつきます。配信をするにはどうすればいいか、それを教えればいいのですよね?」


「そのとおりだ。さすがだな」


 すでに何を言わんとしていたか、彼女にはお見通しだったらしい。


「話が早くて助かる――この恩は必ず返す」


「わたくしたちとしては、貴重な体験をさせてもらっているので気にしてはいませんが……」


「おぉ……ライシさんがまさかウチの学校の生徒になるとは」


「いや生徒にはならないぞ?」と、雷志は即座に否定する。


 勉学はとても重要だ。


 古きを知り新しきをも学ぶ。人は学びなくして成長しない。


 だが、誰しもが勉学に関心的というわけでもない。


 そう言う意味では、この雷志という男は勉学があまり好きではなかった。


 一応それなりの教養こそあるが、本音を吐露すればすこぶる面倒臭くて仕方がない。


(こう、ちゃっと簡単に教えてくれればそれでいいんだがな……)


 歴史やこの世界の常識などなど、それだけで思考回路はもう満腹だった。


「駄目ですよライシさん。配信者となるからには、マナーやコンプライアンス、いろいろと大切なことがありますからね」


「……それは、どうしても学ばないといけないことか?」


「当然です」と、ぴしゃりと容赦なく断言するヒメコ。


「そうか」と、まるで親に怒られた子どものように落ち込む雷志。


 避けられそうにない。そう悟った時、雷志の口からはいつになく大きな溜息がもれた。

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