第19話よるのあとのあと

「ああ、やっぱり行ってしまったのか……」


 遅い朝、隣りにあるベットが藻抜けの殻だと気付き、まだ眠気から覚めないあたしの口から、ポロリとそんな言葉が漏れる。


「これが君の本当の答えというわけだね」


 あたしはこの状況に早く追いつき、且つ納得する為に、自分にそう言い聞かせた。


 そして、ゆっくりと動き出そうとしている頭を、昨夜の事を思い出す。


『ねぇ、あたしの事をもう既に愛していないなら、明日ここから出て行ってくれない?』


 そうけしかけたのはあたしなのに、まだ未練がましく、クチャクチャになった毛布に、軽く憎悪の視線を送った。


 彼に出会ったのは、今から1年程前。


 都内の薄暗い路地でウズクマっていたところを、可哀想になったあたしがこの部屋に連れてきた。


 狭い部屋だった為にベットは1つしかなく、“どうしようか”と、小綺麗になった彼を見て悩んだ挙げ句、あたしは床の上に布団でも敷けばいいかと思い直し……


 そんな他愛のない生活の中で、あたしと彼に芽生えたのは、俗に言う“愛”というものである。


 実際に友達の瞳に映るあたし達の姿は、深く愛し合う恋人に見えたようだ。


 しかし、当の本人達は“深い愛”など知らない。


 故に彼等が見ていたその姿は、“嘘”という映像コトだ。


 どうしてあたし達は、そういう嘘の表現をするのか……


 それは、私達には“愛”とはなんたるものかを知らないからである。


 いや、そもそも“愛すること”を演じていれば、やがては本物の愛というものが分かるかもしれないと思ったからだ。


 しかし、結果はみての通り惨敗だ……


 「やっぱり、無理して付き合ったのが間違いだったな……」


 あたしはそう呟き、苛立ちを誤魔化す為に少し波打った髪を軽く掻き上げる。


 それから、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、頂点へ向かって昇って行くであろう太陽を見ようと、ベランダへ一歩足を踏み出した。


「さて、これからどうしようか?」


 今にあたしには眩しすぎる陽の光に瞳を細め、問いかけるように言葉を吐き捨てる。


「何処か、行くか……」


“似合わない真っ赤なルージュでもつけて”


 あたしは溜め息混じりにそういって、手摺へと瞳を向ける。


 そこには、もう何年も掃除をしていない手摺が存在って、まるで現在イマのあたしの姿を映しているように見えた。


 スーッと指でなぞり、フッと埃を吹き飛ばしたあたしは、再び太陽に双眸ヒトミを向け

「もう、お互いが傷付かないように、嘘を吐かないように生きていけるように、願うばかりだな」

と、今まで隠してきた本当のキモチを、空へと吐き捨てる。


 埃を払った手摺が綺麗になるように、心のワダカマりを少しずつ時間をかけて解いていけば、きっと嘘のない世界が見えてくるはずだ。


 そうなるように……


 そうしなければいけない……


 この強い想いを忘れぬように、あたしは何度も何度も言い聞かせた。


令和3(2021)年6月10日19:22~6月12日8:42作成


Mのお題

令和3(2021)年6月10日

「adieuコラボ-よるのあとのあと」

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