第8話 キライなタイプ

 それを聞いた閑井しずいは表情ひとつ変えずに言葉をかける。


「なるほど。それでワンマン」

「……」


 そしてそのままかなでに、提案する。


「見せなくていいんですか?先輩の演奏。学園祭、一般公開してますよね?」

「そんなの、無理だよ…」

「なんでですか」

「だって…観に来ないよ、私の演奏なんか」

「見返してやりましょうよ。あなたが学園祭を盛り上げて、ナカタニ先輩の力なんか要らないって」

「…出来ないよ」

「どうして」

「どうしてって…」


 閑井は呆れた顔で一言。


「ふうん。諦めるんですね。つまらない人」

「え…」

「聞いて損しました。何のために私に話したんですか?慰めてもらえるとでも思いましたか?」

「そ、そんなんじゃ…」

「ナカタニ先輩に見せないなら、なんでまだバンド活動してるんですか?」

「ッ…それは…」

「心のどっかで見返したいって、思ってるんじゃないですか?どうなんですか?」

「見返したいなんて…!そんなこと………」


 奏は少し考えて、言った。


「…ううん。思ってるのかも…バンドは苦しい過去を清算するために、もう一度始めたから…でも私、一人じゃ何もできないから」

「……」

「…だから、閑井さんが一人で頑張ってるの見て、すごいなって勝手に勇気もらってるんだ。えっと、だから…その…」


 言葉に詰まると、閑井が鋭い言葉で切り返す。


「じゃあ、言ったらいいじゃないですか」

「…えっ」

「あの女に、来いって、言えばいい。その勇気とやらで。でも、できないんですよね?口だけならなんとでも言えます」

「そ、そんな言い方…!」

「私を見て勇気をもらった?気楽なもんですよ。見てるだけでその気になれるなんて。やらなきゃ…何にもならないんですよ」


 閑井のその言葉には、何か深い重みのようなものを感じた。


「先輩のライブ、初めて観た時ちょっといいなって思いました。あなたの演奏ならステージを盛り上げることができる。それなのに、それが出来るのに、一矢報いてやろうと思わないなんて、とんだ意気地なし」


 奏は責められながらも、自分の実力を認めてくれていた閑井に驚く。

 ただやはり閑井は厳しかった。


「あなたとはバンド組みたくないです。さようなら」


 散々な言葉を投げられ、呆気に取られてしまう。

 彼女はそのまま去ってしまい、奏もその場で留まって、考え込んでしまった。





 翌日、奏が部活で演奏するも調子が上がらない。

 昨日弥子やこと閑井に言われたことが重荷になっているのだろう。

 心配した春霞はるかが、一時休止を提案する。


「今日はもう終わろう」

「…うん」


 少し早めに解散となり、行き場のない奏はまた、閑井を最初に見かけたライブハウスにふらっと流れ込んだ。

 案の定閑井が一人で演奏をしており、その顔を見ると安心したが、話しかけることなんてできなかった。


「…本当に…本当にカッコいいな」


 ぼーっと演奏が終わるまでライブハウスに居座った。

 最後のアーティストが演奏を終えたことを確認すると、奏はライブハウスを抜け出した。



 奏が一人で帰ると、神の悪戯か、また弥子が線上に現れる。

 弥子はスマホを見ながら歩いていたが、こちらに気付いた。

 …が、興味なさげにすぐに視点を落とす。


「……」


 早く通り過ぎてほしいと思いながら、無言で通り過ぎる一歩手前で、閑井に言われた言葉を思い出した。



『ふうん。諦めるんですね。…つまらない人』

『あの女に、来いって、言えばいい。その勇気とやらで。でも、できないんですよね?口だけならなんとでも言えます』



 昨日あんなことを言われて悔しかったのは、図星だったから。

 彼女の言葉は、正しかったから。


 ただ一つ言えるのは、一人で芯を貫いてアーティスト活動をしている彼女に勇気をもらったというのも、本当のことだということ。

 ここで言わないと、確実に後悔する。


 そう思った奏は、震えた声で弥子に意見する。

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