第32話 戦後処理
ドシン。
ニーラスとザーラム2世との間を阻む堅陣になんだか分からないものが落ちてくる。
まるで複数の首を持つ巨大なドラゴンのようなものはギャオギャオとかしましい。
ざわ。
ダルフィード国の兵士たちはどよめく。
「ヒュ、ヒュドラだあっ!」
誰かが上げた悲鳴に兵士たちはパニックになった。
ヒュドラは複数の首を持つドラゴンに似た凶悪なモンスターである。
人と意思疎通は成立せず、ただひたすら破壊と殺戮を繰り返す半ば伝説めいた存在であった。
その名と滅ぼされた国々のことは人口に膾炙している。
兵士たちがパニックになるのも無理はなかった。
「なにをやっているんだ?」
茫然としながらニーラスは我に返ると今はそれよりもとザーラム2世の姿を探し求める。
「こら、待たんか!」
ダルフィード国の覇王は周囲の者を呼び止めようとしていたが誰も耳を傾ける者はいない。
それならばと自分も逃げだそうとするが馬が見当たらず、肥えた体でドタドタと走り始める。
「逃げるな!」
ニーラスが追いかけようとするよりも早く、ヒュドラが分裂した。
ギャオギャオ、ギャオギャ~。
6体の色とりどりのドラゴンが元気よく走り出す。
まだ成体になっていないドラゴンたちは我先にと殺到してザーラム2世を取り囲んだ。
ザーラム2世は慌てて剣を抜こうとするが1体のドラゴンの爪がそれを弾く。
別の1体が軽く体を叩いた。
ずべしとザーラム2世は地面に倒れ伏す。
ドラゴンたちは代わる代わる倒れた体の上に顔を突き出してヨダレを垂らした。
ぎゃお?
一斉に若いドラゴンたちはラピスと一緒にシャルルーカに跨がるサヴィーネを振り返る。
褒めて褒めて。
サヴィーネはラピスから学んだ離れた場所にいるドラゴンへ承認を示すゼスチャー、2本指での投げキッスを行った。
***
ダルフィード国とキャンピオン族の戦い、後にその場の名を取ってバラナード河畔の戦いと呼ばれるものが終わってから5日目のこと。
残敵の掃討などの処理を終えディーバクリフに戻り病院に収容されたバーディッツたちをラピスを連れたサヴィーネが見舞いにきていた。
死傷率92パーセント。
これはローリンエンからサヴィーネに付き従ってきた爺様たちがこの戦いで受けた損害である。
残りの8パーセントも完全に無傷なものは居なかった。
「生き残ってしまってお恥ずかしい限りでござる」
あちこちを包帯で巻いたバーディッツが片膝をついた状態で頭を下げる。
「この度の皆さんの献身は一生忘れません」
サヴィーネは目を潤ませ声を震わせた。
歩みよると1人1人の名を呼びながら手で触れる。
「なんの。この程度の働き、何度でもお見せしましょうぞ」
「左様、左様。まだまだ我らお役に立てますからな」
「では、我らはこれにて」
床におりることができた一部の爺様たちはお互いに助け合いながらベッドの上へと戻っていった。
サヴィーネは他の病室も巡っていく。
怪我を治す力はないが、患部から侵入した悪いものをことごとく浄化していた。
通常であれば化膿して腫れたり高熱を発したりするような病変がなく、経過は悪くない。
そして、俺たちにはサヴィーネ様がいる、という信仰のようなものも回復に寄与していた。
目の周り以外をすべて包帯に覆われた竜騎士テーゼルもベッドの上でサヴィーネに触れられる。
今回は手首にキスをしようにもがんじがらめで全く身動きができなかった。
「これはむしろ大変かもね」
ラピスが独り言を言う。
「どういうことですか?」
「あ、こっちの話というか気にしないで」
一通り病室を巡ると2人は城へと戻るため建物の外へと出る。
途端にぎゃお、と賑やかな声が空から降りそそいだ。
シャルルーカが一声吠えるがグルグルと旋回する若いドラゴンたちが静かになるのは一瞬である。
ラピスはため息をつくとサヴィーネを広場に誘導した。
若いドラゴンたちは喜んで広場に舞い降りると、首をサヴィーネに伸ばす。
頬を撫でてもらうとクルゥウルルーと喉を鳴らした。
羽を広げたり首を伸ばしたりしてご機嫌で鳴きまくるドラゴンをシャルルーカが迷惑そうに見る。
「シャルルーカがね、みんな自分のアピールポイントを伝えろって煩いんだって。相手してられないそうよ」
「私のせいで手間をかけるわね」
サヴィーネはひらりと身を翻しシャルルーカに触れた。
「はい。もうおしまい。あまりしつこくするとサヴィーネに嫌われるわよ。解散!」
ラピスが叫ぶと若いドラゴンたちはぱっと飛び上がりねぐらを目指す。
城に向かって歩きながらラピスはサヴィーネの顔を覗き込んだ。
「ね、本当に竜騎士にならない?」
「それは陛下のお許しが出てからじゃないと……」
「はあ。もうローリンエンの意向は気にしなくていいんじゃない?」
「弟が肩身の狭い思いをするかもしれないので」
「だけどさあ。もし許可が出なかったら兄は宣戦布告するかもよ」
冗談っぽく言っているが果たして冗談で済むかは口にしたラピスにも自信はない。
「それは困ります」
「まあ、ガラムが上手くやってくれるといいんだけどね。本来交渉ごとはバービスの分担なんだけど今は忙しいから」
バービスはディーバクリフに戻ってくるとニーラスの許しを得て、地下牢にザーラム2世と共に籠もっている。
「ガラムは頑丈なのは折り紙つきだけど、話し合いはどうかなあ」
バラナード河畔の戦いで数本の矢が刺さっていたが、ガラムは毒だけは浄化してもらうと元気よく戦後処理に飛び回っていた。
2人が城に帰りつきしばらくするとナージリアスの鳴き声がする。
サヴィーネはすぐに席を立つと部屋を出て階段を上り始めた。
すっかり恋する乙女だわね。
その後を追いかけながらラピスは間諜を捕まえた後のことを思い出してクスリと笑う。
ヨダレでベトベトになった間諜は生きたまま食われるよりはと観念した。
そして、問われるがままに、成獣のドラゴンが全て活動できるということをザーラム2世に報告済みだと白状する。
準備万端整えて待ち構えており、キャバルトン伯爵には勝ち目がないと言った。
それを聞くなりサヴィーネは真剣な顔で頼む。
「ニーラス様に警告しなくては。私を連れていってください」
「間に合わないかもよ」
「それでも、お願いします」
そうまで言われればラピスにも否やは無かった。
飛び立ったシャルルーカに若いドラゴンたちが勝手についてきたが追い返すことに失敗し最後は近寄りすぎて団子状になって地面に降りている。
ほんの数日前のことを思い出しながらラピスが城の上に出ると、ニーラスが鞍から1人の少年を助け下ろしているところだった。
「ニーラス様」
サヴィーネの呼びかけに振り向いたニーラスが顔を輝かせる。
それと同時に少年が叫んだ。
「姉様」
お互いに駆け寄り姉弟は固く抱擁をする。
さすがに肉親に嫉妬するつもりはないのかニーラスはナージリアスにもたれかかりながら冷静さを保っているように見えた。
ひとしきり抱きしめあったサヴィーネがジョルジュの肩を抱いてニーラスの方へと歩み寄る。
その後ろをラピスがついていった。
慌ただしくサヴィーネがお互いの紹介をした後でニーラスに尋ねる。
「どうやってジョルジュを?」
「ローリンエンの派遣軍が近付いているのを牽制するつもりで出撃したんだが、派遣軍はナージリアスの姿を目にするなりパニックになってね。その混乱の中でジョルジュ君を見つけたというわけさ」
「最初は僕も驚いたんだけどね。姉さんのところに連れていってくれるっていうからさ」
サヴィーネは小首を傾げた。
「私の弟だとよく分かりましたね」
「とても外見が似てますから。サヴィーネ嬢の姿は脳裏に焼き付いておりますし」
ニーラスはここぞとばかりに胸を張る。
「なんとお礼を申し上げたらいいのか」
「まあ、いずれ義理の弟になるのだから保護するのは当然でしょう」
「さすがにその言い方は気が早いのでは?」
ラピスがそう言ってもニーラスは笑って取り合わなかった。
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