第15話 侵入者
「何事だ?」
サヴィーネの側に控えていたニーラスが大きな声で問いかける。
治療が終わったドラゴンたちの姿が邪魔でラピスの姿が見えなかった。
声をかけられたラピスは鞍に体を固定するベルトを外そうと悪戦苦闘しており返事が疎かになる。
こちらからラピスのもとへ向かおうとサヴィーネは騒がしく叫んでいるドラゴンを避けてラピスの降りた辺りへと歩を進めた。
その後を追いながらニーラスは再び呼びかける。
「ラピス。何が大変なんだ?」
「ああ。お兄様。地上に下りちゃうと他のドラゴンのせいでどこにいるのか見えなくなっちゃって。探しに行くためベルトを外そうとしていたの。それでね、100騎ほどの集団がディーバクリフに向かって走ってきてるわ。私のことを見つけると指さして何か叫んでいた。あまり友好的な雰囲気じゃなかったわね」
「その集団との距離はどれくらいだ?」
「すぐそこって感じ。あのスピードだとそれほど時間がかからずに到着しそう。住民に警戒するように警報を出した方がいいと思う」
「もう間に合わんな。私が出よう。ナージリアス!」
ニーラスは相棒を呼び寄せる。
「ちょっと待って。サヴィーネはどうするのよ。ドラゴンたち興奮しているし、置き去りにしない方がいいんじゃないかな」
当のサヴィーネは小柄な青灰色のドラゴンに向かって呼びかけていた。
「あなたがシャルルーカさんね。空は飛べるぐらい元気なようだけど一応触るわよ」
「サヴィーネ。シャルルーカが喜んでる。お礼を言ってるわ」
「ラピス。エスターテ嬢を頼む。他のドラゴンには大人しくお前の指示に従うようにナージリアスから言ってもらう」
ニーラスの言葉が終わると同時にナージリアスが数語吠える。
その間にニーラスはナージリアスに騎乗していた。
その姿を見てラピスが叫ぶ。
「お兄様。ベルトしてないわよ。私にはしつこくするように言っているのに」
「もう俺は見習いじゃないからな。それに緊急時だ」
ナージリアスは羽ばたくと空へと飛び立った。
「また落ちても知らないから」
その声に手を振って応えるとニーラスは騎兵がやってくるという方へとナージリアスの鼻先を向ける。
ナージリアスの黄金の鱗は日の光を反射してきらめいた。
わざと高度を取ってこちらにやってくるであろう騎馬集団に対してナージリアスの姿がはっきりと見えるようにする。
歩兵や装甲獣を連れずに騎兵のみで編成してされているということは、本格的な会戦ではなく奇襲することを目的にしているはずだった。
ナージリアスの姿を見てキャンピオン族に備えがあると知って諦めてくれれば面倒がなくていい。
さすがにニーラスも単騎で100名もの集団に戦いを挑むつもりはなかった。
ナージリアスは力強く羽ばたき続け、すぐに前方に土ぼこりを巻きあげている騎馬の一団が視界に入ってくる。
戦いを挑んでくる割には美々しい格好をしていることに気が付いた。
実戦用というよりも装飾に重きを置いているように見える。
ニーラスが記憶を探るとサヴィーネの馬車につき従っていた護衛の者たちではないかということに思い当たった。
ざっと頭の中で計算をする。
ケールデンからディーバクリフまではドラゴンが飛んで半日ほどの距離だった。
ニーラスがケールデンを襲撃してから、まだ2日も経っていない。
この騎馬集団はどうやらサヴィーネを連れ去った直後からほぼ休みなしでやって来たようである。
なんとも凄まじい行動力だった。
あまり後先のことを考えていないとも言える。
こんな覚悟を決めた集団と戦うのは愚の骨頂だった。
ニーラスはナージリアスに命じて騎馬の集団の進行方向を塞ぐようにして空中で停止させる。
高度は人の背丈の5倍ぐらいとした。
ざっと見ただけであるが、騎馬の一団は槍や鉾などは持っていない。
この高さならばどうやっても長剣は届かなかった。
その一方で炎を吐きかけるなら十分に広い範囲をとらえることができる。
ニーラスは大きな声で停止するように命じた。
「そこの集団、停止せよ。ここはキャンピオン族の土地だ。お前たちを招待した覚えはないぞ」
「おう。キャンバルトン伯だな。盗人猛々しいとはこのことよ。我らが姫様をさらっておいて招待もくそもあるか。姫様をお救いせんと推参したまで。ここが誰の土地かどうかは知らん。さっさと我らが姫様を返していただこう。返さぬというならば最後の1騎となっても突撃あるのみ」
景気よくバーディッツが啖呵を切る。
ただ、さすがに前方上空にドラゴンが陣取っていてはそのまま駆けさせるわけにもいかず、バーディッツは馬の脚を緩める。
ナージリアスから少し離れたところで騎馬の一団は停止した。
ニーラスが改めて見てみれば、一団はローリンエン帝国の意匠の儀礼用の服を身につけている。
金属製の鎧に比べれば防御力に劣るが、ここまで馬を駆けさせてこれた理由が判明した。
馬に乗っているのは全員年寄りばかりだが、目が炯々と光っており常人ではない雰囲気を放っている。
ナージリアスも感じるところがあるのかニーラスに警告を放ってきた。
「軽々しくは戦わない方がいいよ。単に年を取っているというだけじゃなくて全員ベテランだね。それにあの目つきを見てみなよ。死に物狂いで戦いそうだ」
「ああ、分かった。俺も侮るつもりはない」
小声で返事をするとニーラスはバーディッツに向かって声を張り上げる。
「私が問うのも変かもしれないが、貴殿たちもザーラム2世の狂態を知らぬわけではあるまい。エスターテ嬢があのまま婚礼を挙げた方が幸せだったと言うのか? 図らずも我が城にお連れすることになったが、丁重におもてなししている。私からエスターテ嬢を取り戻すのはいいが、それからどうするというのだ?」
そう問われるとバーディッツも返答に詰まった。
なんであんな奴と結婚しなければならないのだと憤慨していたのは確かである。
ただ、護衛をしておきながら目の前でさらわれたとあってはおめおめと引き下がれないというのが騎士の性分であった。
「もちろん貴国の王がどのような行動を取っているのか知らぬわけは無かろう。しかし、臣下の立場で姫様の幸不幸を判断するのは僭越というものである。姫様の御存念に従うのみ。我らは我らの務めを果たすだけよ。つつがなく婚礼の儀を迎えられるように守れという使命を果たさん。キャンバルトン伯、道を空けられよ」
ニーラスは目の前の光景を見ながら忙しく思案する。
眼下で構えている老人たちは話をしている間に横に広がっていた。
炎を吐きかけても一度に巻き込まれないようにという警戒をしている。
悲壮な覚悟を固めた騎兵が散開しながら城を目指されては、到着前に全員を討ち果たすことは難しい。
昼間の時間ということもあり、町の門は開いている。
犠牲を気にせずに突っ込んでこられたら突破される可能性はあった。
かといって、倒せばいいというものでもない。
護衛の兵を殺傷したとあってはサヴィーネとの関係が決定的に破綻することは明らかである。
少々暑苦しい一団であったがサヴィーネに心酔しており、同時にサヴィーネからの信頼が厚いことは容易に想像できた。
そんな部下を傷つけようものなら2度と口をきいてくれなくなるかもしれない。
サヴィーネが気付いていなければ人知れず葬り去ることもできたが、ラピスの報告を聞かれてはそうもいかなかった。
「ここから先に行かせるわけにはいかないし、エスターテ嬢を渡すこともできん」
表面上は冷静さを装って宣言してみたニーラスは舌打ちをこらえるのに必死である。
状況を分析してみれば自分が進退窮まったことを嫌というほど自覚していた。
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