第16話 王様の餞別

 かちゃかちゃと音を立て、手際よく装備品を身に着けていく。もうすっかり慣れたもので、何の迷いも不備もなく、自分ひとりですべて出来る。


 確認を終えてマントを身に着けた時、ちょうどよく扉がノックされた。


「優真、準備出来た?」

「丁度な、今出るよ」


 俺が扉を開けて部屋を出るとエレリが待っていた。彼女の格好もすっかり旅支度という感じだが、無骨さを感じさせない、優美な装いだった。背には槍が背負われている。


「何よ?」

「何も言ってないだろ?」

「ジロジロ見てたから聞いたの!私何処か変?」


 ちょっと不安げな顔で自分の装備を確認するエレリに、俺は肩を叩いて言った。


「何も変じゃないよ、新鮮な姿だからちょっと見とれてただけ。ほら、もう行こう」

「ッ!見とれたとか言うな!」


 エレリの照れ隠しに、背中をばしっと叩かれた。口を滑らしたのは俺だから甘んじて受け入れるが、褒めたのだからもっと喜んでくれてもいいのにとも思った。




「なあリヴィアは一緒じゃないのか?」

「お姉ちゃんは先にお父様達の所に行ったよ。何か相談があるんだって」


 廊下を一緒に歩いている最中に俺はエレリに聞いた。てっきり一緒に呼びにくるものだと思っていたから、エレリ一人で心配だった。


「何の相談かな?」

「さあ、そこまでは。ていうか優真、剣は?」


 エレリは俺の装備を見回して、明らかに足りない物を指摘した。確かに俺のベルトはホルダーだけ何も付けられずぽっかりと空いていた。


「俺も疑問には思ってるんだけど、ソルダさんに聞いてみても何も教えてくれなくてさ」

「何だろう?何かあるのかな?」

「まさか手ぶらでいけって言われないよね?」

「流石にそんな事ないでしょ、もしそうでも、ちゃんと買っていくから大丈夫よ」


 これだけ万全の準備をして、剣だけ持ってないってのも何だか締まらない話だ。何だか収まりが悪いなと思いつつも、俺とエレリは玉座の間へと向かった。




 中に入るとリヴィアにドウェイン様とシュリシャ様、そしてソルダさんの姿があった。他の城の人たちは皆人払いされているのか、扉の近くに控えていたのも、数名の兵士だけだった。


「来たか優真殿」

「待っていましたよ」


 俺はドウェイン様とシュリシャ様の前に跪く、そして今までのお礼を述べた。


「ドウェイン様、我が儘を聞いていただきありがとうございました。シュリシャ様、こうして装備を用意していただき感謝いたします」


 時間に寝床に飯を用意してもらった。そして装備を手作りで揃えてもらった。感謝してもしきれない。


「そこまでかしこまらずともよい。今日ここに優真殿を呼んだのは、そなたに受け取って欲しい物があるからだ」

「受け取って欲しい物?」

「ソルダ、こちらへ」

「はっ!」


 ソルダさんが何かを手に抱えてドウェイン様に近づいた。綺麗な布に包まれたそれを取ると、少し古めかしく見える鞘に収められた剣が現れた。


「優真殿、剣を手に取られよ」


 言われるがままに剣を受け取る。鞘から引き抜くように言われて、俺は柄をしっかりと握ってそれを引き抜いた。


 飾り気はあまりない無骨な見た目、厚みのある刀身は片刃でゆるやかに湾曲していて、刃は鋭く輝いている。何の変哲もない片手剣のように見えるが、異質、異様、兎に角普通ではない雰囲気を感じさせられた。


「ドウェイン様この剣は?」

「その剣は初代勇者様が用いられた剣、遥か古代から現在に至るまで、朽ちる事なく輝き続ける伝説の神獣の剣だ」


 驚きすぎて思わず二度見してしまった。これが昔の剣だなんて信じられない、新品同然どころか一度も使われていないようにも見える。


「我が国の宝物を、優真殿に託す。存分に振るわれよ」

「えっ!?」


 そんな貴重な物受け取れない、そう言おうとしたが先にドウェイン様が口を開いた。


「世界を渡り、神獣様に導かれし運命の勇者よ。そなたは我が国の誇り、我が国の至宝、そしてこの世界の希望である。強大な力を持たず、技は未熟、世界を凌駕する叡智もなく、特別な能力もない。しかしその心根、先に上げたどれにも負ける事のない眩い輝きを持つ。その光曇ることのないよう、人々を遍く照らしてくれ」


 そう言ってドウェイン様は立ち上がると、俺に向かって深々と頭を下げた。見るとシュリシャ様もソルダさんも、同じようにしている。恐れ多いと戦々恐々としていると、俺の挟むよう両隣にリヴィアとエレリがすっと立ち並んだ。


「奇跡の巫女よ、神獣様より賜りし神命を果たせ。勇者を支え、その力と知恵となり、魔王を討ち果たすのだ」

「「はっ!!」」


 リヴィアとエレリが声を揃えて同時にお辞儀をする。俺も何だかつられてお辞儀をして、この場の様子を伺った。


「では堅苦しいのはここまでだ。冒険に必要な物は一通り揃えさせた。ソルダ、優真殿に野営や冒険のいろはをきちんと教えたな?」

「はい、伝えられる限りすべてを」

「よろしい。リヴィア、エレリ、支度は万全だな?」

「はいお父様、問題ありません」


 そういえばと思いリヴィアの姿をもう一度よく見た。エレリと違い、リヴィアは魔法を主体に使い、武器もワンドという短い杖なのであまりゴテゴテとしていない。防具も動きを制限しないように必要最小限といった感じで、頑丈で冒険向きの普段着といった感じかもしれない。それでも美しく気品溢れる事に変わりはない。


「あの、お姉ちゃん。先にお父様達と相談していた事って何なの?」

「最初に向かうべき場所を相談していたの、魔物の被害が各地から報告されたと言っても、ここに情報のすべてが集まる訳じゃないわ。だから最初は、統合魔法都市アステルに向かいましょう」


 統合魔法都市アステル、何だか胸躍る響きだな。ちょっとワクワクとしてしまう自分がいる。


「アステルって?」

「エラフ王国と友好関係を結んでいる、魔法研究が盛んな都市です。ここを興したのは魔法の扱いに長けた勇者様で、エタナラニア全体の魔法技術を飛躍的に向上させました」

「それにここは独自の情報収集網を持つ大きな組織があって、エタナラニア中の情報が集まってくると言っても過言じゃないわ」

「じゃあそこに行けば、拾いきれない魔物被害の情報が手に入るかもしれないのか」


 リヴィアとエレリが同時に頷くのを見て、俺たちの最初の行先が決まった。俺は今一度ドウェイン様に向き直り宣言する。


「俺たちは、えっと、まずアステルに向かいます。そこから情報を集め、旅の目標を決めたいと思います」

「うむ。儂からの親書をリヴィアに渡してある。アステルの代表であるオルド・マジェイアを訪ねよ、少々偏屈なジジイだがきっと力になってくれる」

「あなた、またそんな事言って…」

「あはは…。それでは行ってまいります」


 ドウェイン様とそのオルドという人との関係は気になるが、それはまあ行ってからの楽しみしておこうと思った。




 玉座の間から三人揃って出る、何だかそれだけでも一緒に旅に出るんだなという高揚感があった。


「優真様」

「あっソルダさん」


 背後から声をかけてきたのはソルダさんだった。俺に駆け寄ってきて、手に持ったままだった神獣の剣を取ると、腰のベルトのホルダーにしっかりと留めてくれた。


「あなたの剣です。大切に扱ってください」

「ソルダさん、色々とありがとうございました。お陰で最低限の実力は身についたと思います」

「…本当はまだまだ足りません。盾の扱い方もお教えしたかったのですが、やることが増えると、それだけ動きが鈍りそうでしたので。身を守る方法を最優先しました」


 そうだったのかと俺は初めて知った。だから何度も何度もぶっ飛ばされてきたのか、あれのお陰で嫌という程受け身や防御の方法が身にしみついた。


「優真様、私からお教えする最後の心構えです。いいですか?絶対に躊躇ってはなりません。後悔や反省は後で出来ますが、死合う時、躊躇は隙を生じ油断は死を招きます。選択は躊躇わない事、肝に銘じてください」


 ソルダさんの真剣な表情に、俺は生唾を飲み込んで頷いた。それを見て、ソルダさんはふっと表情を緩めて微笑んだ。


「あなたは私が剣を教えた人の中で一番筋が悪かった。でも、誰よりも諦めない意志を持っていた。何度負けても立ち上がりなさい、勝利はきっとその先にあります」


 そう言うとソルダさんは、ビシッと姿勢を正し素早く敬礼の姿勢をした。言葉はもう必要はない、俺はそれを見て、同じく敬礼を返す。


 思えば不思議な師弟関係の始まりだったが、本当に多くの事を学ばせてもらった。ソルダさんへの感謝の気持ちを胸に、俺は旅立つ。

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