許しへの道

 誘拐された先は隣国の中部にあるバッセフ侯爵家で、ご主人様と呼ばれていた男は当主のルイだった。娘フェゼリーテの治療のために医者や薬師、祈祷師と大陸中から呼び寄せ、多くの財産を使った。しかし、娘は小さな風邪すらも拗らせる日々で年々床に伏せる時間が増えていった。次に風邪をひいたら助かるのは難しいだろうと言われ、聖女誘拐を企てたということらしい。聖女が到着する前に、再びフェゼリーテは病に倒れた。



 祈りを捧げた後、聖女は久しぶりにゆっくりと暖かい部屋でぐっすりと寝たが、朝から憂鬱だった。



「どうして神の加護から外されたのか教えてください」


「おそらく、聖女様の婚約者であったエリオット殿下のお手付きとなったことで聖女様の婚約破棄の原因となったことだと…申し訳ありません。神のある国の王族に嫁げば安泰だと、側室になれと留学を言いつけたのは私だったのです」



 聖女は王子の膝の上に跨っていたのが、珍しいテラコッタ色の髪をした女だったことを思い出し、昨日見た女も確かに珍しいオレンジがかった色をしていたことで、記憶と一致させることができた。



「婚約者のいる男性と親しくなるのは褒められることではなく、歴史を振り返っても、婚約している王子や姫に粉をかけようとした者の多くは、皇室によって排除されてきたはずです。もしも側室を望むにしても、より一層気を付けなければならなかったでしょう。因みに聖女にも、聖女の子供たちの配偶者にも、側室を許された例はありませんので、側室を望んだことも浅はかだったと考えます。あの件は皇室の怠慢といえる出来事でしたが、罪を償い、改心すれば既に許されているはずです。神は人を愚かだと考えているので、人にはとても寛容です」



 かつていた聖女の子供達は聖女ほどの加護はなかったが、近隣国の王族と結婚していた。この大陸が加護の力を失ったのは、聖母が亡くなり神が姿を消した後、加護の力の弱い聖女の孫達が醜い争いの種となり、一人もいなくなった時だった。大陸は加護の恩恵の大きさを忘れてしまったのだ。



 フェゼリーテは昔から隣の敷地に館のある騎士団に顔を出すのが好きで、騎士から可愛がられていた。フェゼリーテの留学中、側室になれるかもしれないと手紙が来ていたが、聖女の婚約破棄の話が耳に入った時にはすでに娘は神殿の馬車で国に送り返されているところだった。


 領地が教王国の統治下に入ってしばらく経つと、領地から流行病や病気が消えていった。その中でも頻繁に寝込む娘を見て、当主は初めて天罰が下った事に気付いた。金に糸目をつけない治療費はすぐに底をついた。使用人を解雇し、騎士団を解体させても金は足りなかった。



 侯爵の話を聞いて、聖女は王子はまだ許されるべきではなかったのだと思うようになった。夕方になり、ついにフェゼリーテが目を覚ました。王子以外に祈りを捧げるのに疑問を抱く存在にあったのは初めてで、時間が経つほどに憂鬱だったが、彼らはまだ帰してくれる気はなさそうだった。



「せいじょ…さま?」


「初めまして。バッセフ侯爵令嬢」


「我が大陸の輝ける光にご挨拶申し上げます」



 フェゼリーテは反射のように答えると、カーテシーを取れないので頭を下げた。



「ご気分はどうですか?」


「えっあ、はい。問題ありません」


「祈った甲斐がありました。早速ですが神の加護がない状況をご自身ではどう思っているのか聞きたいです」



 聖女は帰れない以上、問題解決に動くべきだと考えた。人間というのは欲深い生き物で、反省出来る者はとても少ないことも理解していた。



「王子が聖女様に婚約破棄を言い渡したことで巻き込まれました。…仕方なかったと思います」


「不満がありそうですね」



 フェゼリーテは布団の端をギュッと握った。



「はい。私は婚約破棄は望んでいませんでしたし、王族の方の正妻になれるのは王族の方のみですから、私には婚約破棄にメリットは何もありません。不意打ちのように婚約破棄と口にされ、私もビックリしました。隣国から追い出され、加護もなく、処女でもないと大陸中に知られている私は家の外に出ることも出来ず、兄はこの領地を捨てて家を出てしまって…私は家の中を歩いて回る体力もない。死んだほうがマシです…」


「分かりました。では誘拐されてここまで来ましたが、そろそろ帰ろうと思います。侯爵、娘の希望は叶えるべきでは?」



 聖女は神が赦していないのは、彼女が自分の罪に気付いていないからだと理解した。自分の行いがどれだけ愚かだったのか分からず、加護を受けられていない現実を受け止めきれていない。



「娘を死なせるなんて出来るわけがありません…」


「公爵はその判断力の低さで後継者も失い、領地に不利益しか齎していません。貴族としての責任を果たすのなら、娘にしっかりと教育して、反省を促し、娘が理解出来なければ追い出さなければいけませんでした。貴族が領主として平民の上に立てるのは、貴族が責任をとるからです。私は王として、侯爵とこの国の王にこの責任を問います」



 加護で治安は良くなっているとはいえ、悪事というのは無くなる事はない。騎士がいなくなれば犯罪は必然的に増えてしまう。人間の行いにまで、神の力は及ばない。


「「そんな…」」



 親子揃って同じ言葉を口にした。ため息しか出ない。



「待ってくだせえ!」


「何かありますか?」



 主に使用人として慣れないことに従事している元騎士が聖女に泣き縋った。



「お嬢は荒くれ者の傭兵だった俺たちを侯爵家の大きな騎士団に入れてくれたお方です。聖女様が教王になり、この国の治安が良くなって、傭兵の仕事が無くなって街には野放しされた傭兵が沢山いやした。その時、すでに家から出ることも出来なかったお嬢なのに、傭兵にまで目を配られていたすごいお方なんです」


「元騎士さん、そのお嬢のおかげで今仕事がないのですが、それは考えなかったのですか?」


「お嬢は王子に騙されただけです。結婚する気もないのに手を出したのは王子。それはあまりにも可哀想です」



 あまりにも身勝手な言い分に呆れるしかなかった。人間とは愚かな生き物だ。罪悪感も抱いていないのだから仕方がない。それでなくとも聖女誘拐で極刑が予想される状況で、それすらも理解ができていない。



「この先も加護は望めないことは理解できました。侯爵令嬢の不運は、躾をできない親のもとに生まれ、他人に責任を押し付けて庇護されるだけでこれまで責任を問われなかったことでしょう。周りがきちんと叱っていれば、赦される道もあるかと思いますので、あとはお好きに。私はそろそろ迎えが来るので失礼します。叛逆者となったバッセフ侯爵家の皆様とはこれで顔を合わせることもないでしょう」


「待ってくだせえ!」


「待ってください!」



 聖女がドアに手を掛けた時、後ろにもう一方の手を引っ張られ、聖女の爪先が地面から離れた。



「「聖女様!!!」」



 聖女を呼んだ二つの声の持ち主が視界に視界に入る頃には、聖女は気を失っていた。


 

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る