幕間〜世話役ユリエル様の夜遊び〜

 神殿で広報を担当しております、リッチェ・バード34歳。以前こちらで恋人を募集しましたが、見事に常識のかけらもない既婚者の方ばかりでしたので、社会的制裁を下しました。私の悪口を言っている男がいましたら、最低な浮気男だと思ってくださいね。天誅!



 さて、聖女様よりご意見をいただきまして、ユリエル様について取材を重ねて記事にしている間に、ユリエル様が聖母様と生まれたばかりの聖人様の世話役となりました。聖女様から絶大なる信頼を受けていたので、納得の配置です。これまで聖母様の希望で家の周りの警護を中心としていましたから、より安心して過ごしていただけるはずです。



 聖女様も街の美化に力を入れております。各所に洗濯場が出来たり、汚水を流せるところが出来たりとても便利になりました。

 平民街や郊外の見回り警備が始まり、犯罪は減り始めているようです!



 聖女様からの追加調査の依頼を受け調査しておりましたが、ユリエル様の夜の生活ですが、初めに申し上げますが、非常に苦労しました。

 今回の調査は、世話役になる前でしたので、いつもの日常だったと思うのですが、苦労したのは何故かって、朝は鳥も鳴く前に目を覚まして神殿で祈りを捧げて聖女様に朝の挨拶をしたら、朝食を食べてからは移動の馬車でしかゆっくりする時間はありません。

 聖女様を小脇に抱えるのも理解できます!!!私も左手で抱えて欲しいと何度思ったか分かりません。



 それだけ忙しいので、基本的に夜は聖女様が寝た後は部屋から一歩も出てこないのです。

 護衛騎士に不審がられながら、私は寝袋を用意して廊下で寝ました。もちろん、ユリエル様が出てきたら起こして欲しいと頼み込んでです!この調査は体力勝負だとすぐに気がつきました。



 唯一の成果は、ユリエル様のお休みの日は、聖女様の日常で使うペンや手袋や、香料に至るまでユリエル様が選んでいた事です。あれは贈り物という感じでしたね。



「最近ではハンガリーウォーターが人気と聞きましたが、ローズウォーターとどちらが人気なのでしょうか?」



 私の変装密着取材は、バレていました。騎士団長の許可はありましたが、きっとずっと知らないふりをしていただいていたのでしょう。

 私はミーハータイプで、貴族の流行も平民の流行も抑えているつもりです。ボトルを持って長く悩まれていたのも知っておりましたので、張り切ってアドバイスさせていただきました。



「確かにハンガリーウォーターは貴族の間で再ブームとなっておりますが、ローズウォーターの定番化した人気の足元にも及びません!」


「流石、参考になります」


 そう言って二つをお買い求めになりました。いい仕事をしたと思いますが、どこへ行っても聖女様が使う物をお求めになっておりますので少し心配していました。



 午後からもお休みだったのですが、教会本部に顔を出したり、騎士団本部へ顔を出したり、神殿へ戻って料理長と会ったりして、ゆっくり時間をかけてお話をしていました。聖女様と一緒の時は出来ないことに時間を使っておられるようです。



 ただその後私はユリエル様の後ろを騎士達と共に歩き尾行していたのですが、神殿を出てまた街へと繰り出したのです。もう夕方で、人々は家路に向かい、酒場の盛り上がる時間です。



 おかしい。これが聖女様の言っていた夜な夜な出掛けているというものの正体だったのかもしれないとドキドキしていました。神殿長は奥様が亡くなった後出家した為、ご子息がご実家を継いでいます。神官達も含めて結婚は許されませんが、それでも愛を誓う相手がいない訳ではありません。前神殿長も八人の愛人との間に五人の子供がいました。



「お兄ちゃん!いらっしゃい!」


「こんばんは。寒かったでしょう。お入りになって」



 ユリエル様が足を止めた神殿近くの家から出てきたのは、小さな女の子と、綺麗な女性でした。ユリエル様は躊躇なく邸宅に入って行きましたが、ユリエル様の家は侯爵家で、王都にも大きな屋敷を構えていますが、入って行った家はしっかりとした石造りではあったものの、貴族の家というには庭も小さめです。しかし、平民の家というにはいささか豪華なのです。



 ーー未亡人と恋仲に?それともユリエル様の娘?



 ユリエル様なら愛人の家を建てることは容易なことです。私は早くも記事を書かなければと思いながら家の外で待機する騎士に念のため尋ねました。



「ユリエル様はよくこちらに?」


「それほど頻繁ではありませんが」



 多忙なユリエル様ですから、少ない休日の合間に訪れているのかもしれません。そう思って騎士達の隣で壁にもたれて待っていようと思っていたのですが、扉はすぐに開きました。



「バード嬢すみません。すっかり忘れていました。許可をいただきましたので中にどうぞ」



 私はユリエル様の寵愛を受ける女性の惚気話を記事に出来るかもしれないと、喜んでお邪魔させてもらいました。



「今日はお姉ちゃんもいる!こんばんは!」



 女の子はとても可愛く迎え入れてくれました。


「リッチェ・バードです。神殿で新聞の記事を書くお仕事をしています」


「私の名前はフェアリー。かわいいでしょ」



 みなさま、妖精はこの世に存在します。私がこの目で見たので間違いありません。街を歩いていたら妖精さんに会えるかもしれませんが、優しくしてあげてくださいね!



「バード令嬢、私はマリアンヌです。さぁお掛けになって」



 マリアンヌさんは鍋を持ってテーブルに案内して、私にも夕食を用意してくれたのです。神のご加護に感謝をしてご厚意に甘えさせていただきました。

 ユリエル様はフェアリーちゃんのお水を注いだり、お口にシチューがつくと席を立って拭いてあげたりして、その度にマリアンヌさんが笑いを堪えているのが分かります。



「お姉ちゃん、パパが新聞に載るの?」


「パパ…は近いうちに載るかもしれません。その時はフェアリーちゃんのことも書きますね。とってもかわいい娘さんがいるって」



 パパと言われてチラリとユリエル様を見ますが、視線には気付いたようですが、特に何も反応がありません。その後も談笑しながら夕食は終始楽しかったのです。ユリエル様も柔らかい笑みが溢れていました。



 ユリエル様はいいパパです。この時、すっかり私は誤解していました。



「全部食べ終わった良い子にプレゼントです」


「うんわぁ~!うさぎさんのスプーン!」



 ユリエル様は今日買った物ではない、ウサギの飾りのついたスプーンをフェアリーちゃんにプレゼントしていました。一体いつ買ったのでしょう?



「たっだいまー!フェアリー!マリアンヌ~!デザートだぞー!」



 あまり会えない中でも温もりあふれる家族の姿に胸が熱くなっていたのですが、目頭の涙も吹っ飛ぶくらい大きな声が背後から聞こえて、私はビックリしました。



「おお!嬢ちゃん遅くまで仕事して大変だな」


「りょっ料理長じゃないですか!!」



 私は全てを察しました。ここへ来る直前に会っていたのは料理長です。ここは料理長の家。私は書いていたメモの半分を塗りつぶすことになりました。ユリエル様は多忙の料理長と家族を心配して顔を出すようになったのだとか。

 たまに奥様の愚痴を聞いたりして、責任ある料理長のフォローをしているそう。部下の家族へも配慮していたのですね!



 それから二週間張り込みましたが、ユリエル様は神殿長とお酒を飲んだり、騎士達とトランプした三回の外出しかしませんでした。健全すぎる日々に、私よりも徹底した自己管理に脱帽の一言です。



 フェアリーちゃん!料理長はすごいパパなんですよ!実は料理長にはすでに家を出た息子さんもいるようです。是非お会いしたかった!とても妹に甘いお兄ちゃんとのことで、パパに似ているかもしれませんね!




 結果、ユリエル様は無実だと、この記事をお見せしてご報告いたします!あぁ~私も結婚したいです。



 聖母様と聖人様の世話役となられた後もきっと健康的な生活を続けられるのでしょう。私はこの後久しぶりのお酒を満喫する予定です!不健康な生活サイコー!





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