弟、爆誕

 母は教会内に建てられた家に一人で住んでいる。家の周りは四人の騎士が立っていて、騎士達は話しかけられない限り口を開くことはない。



「分かったから!家に居ればいいんだろう?」



 母はまた街に出ようとしたらしい。そんな光るお腹で街を歩いたら、お店から追い出されてしまいそうです。



「母、遊びに来たよ」



 母のお腹はすぐに大きくなった。孤児院の子供もすぐに大きくなるが、母のお腹もとても早く成長しているのです。



「マイベイビーじゃないか!外は寒かっただろう?ココアでも入れようか?」



 母は歩いてきた私を見つけると、すぐに家の中に入れてくれます。



「ホットミルクがいい。ユリエルが入れてくれる」



 母にココアを作らせると、三回に一度はココアパウダーは空中に散っていく。ココアはとても高い高い高級品だから、母にはココアの存在を忘れて欲しい。出来れば砂糖も高いので、この家から消し去りたい。母が触ると次の日には蟻さんがいてびっくりすることになるのです。

 料理長のご飯だけ食べていたら毎日幸せになれるのに、母は街で買い物をしてくるのが好きだ。私は神殿以外でご飯を食べることはないので理解が出来ません。



「ユリエルありがとう」



 ユリエルは何でもできる。ホットミルクは火傷をしない程度にあったかくて、甘すぎることもない。

 料理長のホットミルクと区別がつかないくらい美味しいし、いつも書類と睨めっこして、私の仕事はとても少なく、母に会いにいく時間も作ってくれるし、外の教会だけじゃなくて孤児院にいく時間も作ってくれます。だからたまに、ユリエルが寝ている間に祈ってあげるのです。ゆっくり幸せな夢が見れますようにって。



「今日は弟に会いに来たのかい?まだ生まれそうな感じはないよ」



 重そうなお腹をさする母は、もう死んだ目をしていない。きっと、私がお腹に入っていた時も最初は死んだ目をしていたのだと思います。でもこうして優しくしてくれるので、母はアンドリューのことも好きになるのでしょう。



「父が代わりに母に祈れって言うから来た。母はどこか怪我してるのでは?」


「私はどこも怪我なんてしてないよ?あいつのことは父なんて呼ばなくていい。種だけつけたら父親になれるなんてそんな都合のいいこと私は許せないんだ。こっちは妊娠中から眩しくて寝れないし、こっちは子供を産めば体型だって変わって、二度と同じ身体には戻れないっていうのに、産まれてからも育児もするわけでもない。ふんっ。あいつは父じゃなくてただの名付け親なだけだよ」



 母はいつものように悪態をついているが母は父の顔は好きなのです。どこか一つでも好きになれることがあるなら、それは好きなのだと思うのです。



「母、手を出して」


「そんなの放っておけばいいのに…」



 母は文句を言いつつも大人しく手を差し出し、私はその手を取って目を瞑る。



『母が元気でいますように、アンドリューが早く元気に産まれますように』



 私はいつものように祈った。父もきっと、そうやって祈りたかったに違いないのです。



「はぁ。何だか身体が楽になった気がするよ。ありがとう」


「母、きっと弟はすぐ産まれる。もう産まれるって言ってた」


「言ってたって誰が…まさかこの子がかい!?」



 ユリエルは外にいる騎士に医者を呼びに行かせた。病院は同じ敷地内にあるから直ぐに来てくれるでしょう。



 母は神殿にいれば父の声は聞こえるらしいが、弟の声は聞こえないらしい。一度聞こえれば、お腹から出たがっているのが分かります。



 その後、椅子から立ちあがろうとした母は破水して、何が何だか分からないうちに陣痛も来たようで苦しがっていました。

 私は母の手をとって祈ることしか出来ませんでしたが、医者は到着するとすぐに全員に指示を出す。医者というのはすごいのです。



「うぎゃーーー!」


「おめでとうございます!聖人様でございます」



 アンドリューは最初の祈りを捧げてから1時間という速さで生まれました。それでも母は白目をむいていたので、出産というのはとても苦しくてとても辛くてとても幸せなことなのかもしれません。



「あぁ、ありがとうございます…あぁアンドリュー。私の愛する息子…」



 母は息が落ち着くと直ぐにアンドリューを抱きしめた。やっぱり母はアンドリューが好きなのです。



「ほら、シャーロット。お姉ちゃんになったんだよ」


「お姉ちゃん…お姉ちゃんは、弟を何と呼べば…弟?それとも聖人様?」



 弟が出来るとお姉ちゃんになるのだと初めて知りました。どの本にそんなことが書かれていたのかと、後から探さないといけません。



「ふふっお前の好きなように呼んでいいんだよ。それかアンディと呼ぶのはどうだい?愛称にはピッタリだろう?」


「アンディ…」


「アンディ、お姉ちゃんだよ」



 小さい頭に小さい手、真っ赤な顔に真っ赤な手、まだフニャフニャのアンドリューには、名前を呼ぶ許可が出せません。もし呼んで欲しくないと思っても拒否する事はできないのです。これは困りました。



「お…弟、お姉ちゃんはアンディと呼んでもいい?」



 やはり返事を感じることは出来ません。それでも、母の腕の中が気持ち良さそうなのは伝わってきます。



「フレイヤ様!おめでとうございます!」



 神殿長が、外に追い出されていたユリエルと一緒に家に入ってきました。アンドリューは神殿長の祝福を受けた後、セカセカと二階へ運ばれます。



「フレイヤ様、床は冷えますので、ベッドへ移動しましょう」



 ベッドがあるのは二階だけなので、母は医師の指示の下、騎士に運ばれました。 



「聖女様、もう少しお側に居られるよう調整しますか?」



 私はこの後、領地の線引きで揉めている二人の話を聞かなければなりませんでした。



「お願いします。神殿で父に報告した後、向かいます」



 私は帝教王のお仕事があります。可愛い弟が出来ても、仕事はしなければなりません。母と弟の分まで働くのです。



「父よ、弟が生まれました。とても可愛かったですよ」


「そうかそうか!やはり今日生まれると思ったんだ。アンドリューの顔が早く見たいなぁ。この手で我が息子を抱く日はいつ来るのか」


「父が見れるのは弟が大きくなってからですね。引きこもりなので仕方がないです」



 私は領主二人の話を聞いた後、弟の誕生を信者達に報告をしました。

 聖人アンドリューの誕生は大陸全土で祝われました。道には花が撒かれ、歌い、踊り、乾杯し、見ているだけでとても幸せな気分でした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る