act.23

「気をつけていくんだぞ、くれぐれもマインスター卿や、周りの方の迷惑にならんようにな」

「ま、なるようにしかならないって。あ、親父、親方には、このカバンを届けがてら事情を説明しておいて欲しいんだけど」

「その辺は任せておけ。そろそろ乗合馬車が出発するぞ。ザイン、頑張ってこいよ」

 北門の開門と同時に、王都方面に向かう乗合馬車が出発する。この時には王都で起こる混乱のことを想像できる者はまだいなかった。


「アイスさん」

 いつものように飛竜亭の入り口をでたアイスは、横合いから声をかけられるまで、その少女の気配に気が付かなかった。

「!」

 思わず身構えて、声の方向を向くアイスだったが、そこに見知った顔を見つけて構えを解いた。

「すまん、考え事をしていて気付かなかった。……確かステイシー殿……であったな。私に何か用か」

「はい、ザイン隊長からあなた宛の手紙を預かってきました」

 アイスをじっと見つめながら緊張した口調で手紙を差し出すステイシー。

「ああ、ありがとう」

 ステイシーは手紙を渡した後も、食い入るようにアイスの顔を見つめ続けていた。

「ん、まだ何か?」

「一つだけ……お尋ねしてもよろしいですか」

 絞り出すように尋ねてくるステイシーの表情を見て、アイスはこの少女が何を聞きたいのかを悟った。そして答えた。

「どうぞ」

「……フィーネ様に何があったのですか」

 その名前を聞いたアイスは、ステイシーの目を見つめ返しこう告げた。

「姫のお知り合いでしたか。そうですね、私の部屋に来てもらいましょう。そこで私の話せることについてはお話しいたしましょう」


「最初に言っておくと、この体は『擬体』と呼ばれる物でフィーネ姫の体そのものではない。きわめて同じ姿に見えるのだがな。だから決して私が乗っ取ったというわけではない」

 アイスは自室にステイシーを招き入れると、まずそう切り出した。

「それでフィーネはどうしたんですか」

 ステイシーの言葉から敬称がとれた。本来はこう呼んでいたのだろう。

「表向きは、謎の奇病で眠ったままになっている。と発表しているが、それも聞いていない様子だな。ステイシー殿、こちらからも一つ尋ねるのだが、貴方とフィーネ姫はどのような関係なのかお教え願えないだろうか」

 アイスは慎重に尋ねた。

「生まれたときからの友達です。私がこっちへ戻ってからもひと月に何通も手紙をやりとりしていました。でもふた月前くらいから音信不通になってしまって……」

 そこまで言うと、ステイシーははっと気付いたようにアイスに尋ね返した。

「表向きとおっしゃいましたけど、何か隠さなければいけないことが有るんですね」

 アイスはステイシーをじっと見てこういった。

「それでは貴方が姫が話していた『一番大事なお友達』ということなのか。巡り合わせというのはやはりあるものだな。姫の個人的な知り合いにならば事情をうち明けていいと、陛下からも王妃様からもお許しをいただいていることでもあるし、話す事にしましょう。ですがその前に……」

 アイスはいったん言葉を切ると、決闘相手と相対するような視線でステイシーを見据え言った。

「かなり危険な事態に巻き込まれることになると思う。それでも覚悟はありますね」

 その気迫にびくりと身をすくませるステイシーだったが、親友を案じる気持ちは恐怖に勝った。

「はい、お願いします」

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