潜入 ── ダニエル ──
張亮主催のパーティー会場に着いたのは十九時を少し過ぎてからだった。会場である張亮の自宅は広大で、そこに直接ダニエルのコンパクトカーで乗り付けるのは偽装の観点から相応しくないとダニエルとアニヤは判断し、少し離れたパーキングエリアに車を停めそこから歩いて会場へ向かうことにした。
車を降りる前にダニエルはアニヤに黒のカラーコンタクトを渡した。
「なにこれ?」
「眼に入れるんだよ」
「……冗談でしょう?」
ダニエルは瞳の色からアニヤが魔術師だと判断されるのを防ぎたかった。アニヤは激しく抵抗したが、最後にはどうにか説得に応じ決死の覚悟でコンタクトレンズをつけることに成功した。
「すごく気持ち悪い。眼球を火かき棒でえぐり出したい気分」
「言わんとしていることはわかるよ。でも大丈夫、すぐに慣れるよ」
ルームミラーで両目を確認したアニヤは小さく鼻をならして車を降りた。
張亮の自宅は繁華街のど真ん中にあり、平日でも夜は一般人で溢れ返っている。そんな中、正装した美男美女が歩いているとなると、二人は否が応でも周囲の注目を集めてしまった。
「ドニー、みんながわたしたちを見ている……」
「全くだ。さすがに目立ってしまうな。会場に入れば似たような人たちだらけになるから少しは落ち着くだろうけど」
一等地の敷地は高い塀で囲まれており、ダニエルはいつもの癖で監視カメラの位置を確認した。そこから民間のネットワークを経由しeyeOSで監視カメラのシステムに入り込めないかを確認する。答えはノーだった。ダニエル程度の知識でも一般的な家庭用の監視カメラであれば難なく入り込めることが多い。これだけでも警備体制の堅牢さが伺えた。
塀に沿ってしばらく歩き正門に辿り着く。歩いてきた二人にゲートの前の守衛が驚いて出迎えた。
「歩いて来られたのですか? ミスター……」
「車で来なければ入る資格がないのかな? 紹介状は持っている」
守衛は受け取ったそれを念入りに確認し、信じられないがこの二人は来賓だと判断したようだった。
「失礼いたしました。玄関に立つガードマンへもう一度招待状をお見せください。こちらは特別な招待状と思いますので」
「ありがとう。いい夜を」
示し合わせていた通り、アニヤがダニエルに腕を組んだとき、強い光が襲いかかった。視力が一瞬奪われ、それがカメラのフラッシュだと言う事気付くのに数秒かかる。
「写真を撮られたの!?」
アニヤが憤慨して光源の方を振り替えり、ダニエルもそれを目で追うと男が一人、走って逃げていくところだった。
「どうやらそうらしい。パパラッチだろう。やれやれ、おれたちは有名人でもなんでもないのにな」
「撮った写真をどうするの?」
「適当な三流雑誌に持ち込んで、彼らは著名人ではないですよと言われるのがオチさ。写真を売って儲けている連中だからな。ゴミだとわかった途端におれらの写真データはやつのカメラから削除されるよ」
「ああ、そういう人たち。ゲットーにも数は多くないけれど同じような人たちがいる。大抵お金持ちの浮気とか売春をおっかけてる」
「人の営みっていうのは、程度の差はあっても結局同じなんだろうな」
「わたしもいまそう思ってた。ゲットーは特区より貧しい。それでもこうやって、自分の力を誇示するためにパーティーを開く人はいるもん」
「くだらないよな」
「くだらないよね」
「途端にタバコが吸いたくなった。でも間違いなく敷地内は禁煙だろう。さっさと終わることを祈って乗り込むとするか」
ゲートの正面にはライトアップされた噴水があり、その奥の階段を上ったところに広大な屋敷が鎮座している。噴水に向かって左側にはゲストたちの高級車がところ畝まし並んでおり、自分の車を置いてきて良かったとあらためてダニエルは安堵した。
庭園内にも監視カメラが設置されていたが巡回している警備員はいなかった。この状況にダニエルは逆に違和感を感じeyeOSを起動してサーモグラフィフィルタを視野に適用する。停まっている車の各運転席に反応する赤は運転手だろう。右手に広がる花壇や四阿の方に眼を向けると案の定だった。茂みや物陰に高温の反応がある。
フィルタを暗視に切り替えズームすると、二つの熱源は蜃気楼のように揺らぐ。それはステルス迷彩を装備している際の固有の現象でダニエルは歩哨の装備の良さに舌を巻いた。本当に二人だけなのであればどうにか対処できる自信はあったがそれでも苦戦を強いられるのは間違いない。
「魔術痕を探知した」
アニヤがそう言うと同時にソーサリーマップが起動する。屋敷に続く階段の先に立つ巨漢が赤いオーラを隠そうともせずに放っていた。
「あれが玄関のガードマンかしら?」
「あんな腕も太腿も丸太みたいなやつが執事だとは思えないな。アニヤの魔術痕は探知されたと思う?」
「わたしの場合は魔術を遣うときだけ魔術痕が顕現するから、よほど
「ま、特別な招待状らしいし、とぼけて乗り込んでみるか。何かあったらルドバリに責任を取ってもらおう」
二人は階段を上りガードマンの魔術師に紹介状を見せた。
「いい夜ですね、ミスター」
ダニエルの挨拶に対しガードマンは返答することなく、紹介状に目を通しながらウェアラブルOSに向かって、
「こちらへ。ご案内いたします、ミスター・フォシェーン、ミズ・プリンシラ」
軽く頭を下げる執事の動きには微塵の隙もなく、ダニエルはこの執事が軍隊出身と見てとった。
――さすがは張亮の邸宅、といったところか。装備といい人材の練度といい、恐れ入る……。
広いエントランスホールは大勢の人で賑わっていた。正面には開け放たれた扉とその奥には立食ホール。扉の左右には二階へと繋がる緩やかに弧を描く階段。向かって左側は遊戯室で右側は使用人が世話しなく出入りしていることから厨房だろう。少し古い時代の屋敷をイメージして造られたことが容易に想像ついた。
早速二人は好奇の視線に晒された。目敏くアニヤに視線を向ける男たちが多いが、ダニエルは自分も一定量の女性から視線を向けられていることに気がついていた。
「街中よりもさらに目立ってる気がするんだけど……」
「VIP待遇だしな、おれたち」
執事の男は二人を遊戯室の奥にある個室へと案内した。ポーカーテーブルを囲むように配置されたベルベットの椅子。テーブルの上にはカードがワンセットとブランデーのデキャンタが置いてある。
「張亮様をお連れするので、その場で少しお待ちください」
部屋に二人きりになると、顔を見合わせて互いに止めていた呼吸を再開するように大きく息を吐き出した。
「ここまではうまく行ってる感じ?」
「どうかな。その場で待てっていう言葉に無言の圧力を感じた。そこのカードを一ミリでも動かそうものならわたしたち八つ裂きにされるんじゃない?」
「違いない。いざとなったら強行突破とか言ってたけどあれ、無しね。ここは個人の戦力でどうにかなる場所じゃない。仮にあの執事を無効化したとしても、次はガードマンと庭には特殊部隊みたいなやつらが潜んでる。隙を見せた途端に狙撃されておしまいだ」
「……じゃあ、どうするの?」
「……きみを必ず守れとお母さんに約束させられた。だからどんなことがあってもアニヤを守る。だけど、いつでも魔術を遣える準備をしておいてくれ」
アニヤは頷き、ハンドバッグから例の羽根飾りを取り出すとそれを自分の服に刺した。
「別にこれじゃなくてもいいんだけど、切り札が手元にあるとやっぱり安心だから」
「いいね、似合ってる」
「いや……もう、そういうことじゃないでしょ? 似合ってるっていうのはさっき車の中で言ってもらったし……。もっと緊張感持ってよね」
ダニエルは肩をすくめて静かに笑った。
――逆だよ。今までは緊張しすぎだった。きみの魅力がおれを程よくリラックスさせてくれた。良いコンディションだ。
「悪かったよ。でも大丈夫。張亮とのやり取りは基本おれが引き受ける。アニヤはいつも通りのアニヤでいてくれればいい。それがおれの切り札さ」
「余裕なんだ」
「まさか、緊張しているよ。……でも落ち着いてる。クイーンがそこにいてくれれば、ナイトは無限の力を発揮するのさ」
不意にドアが開き、遊戯室の喝采が怒涛のように押し寄せる。そんな中、黒い礼服を着た一人の男がゆっくりと部屋に入り込み、後から先程の執事がドアを閉めると室内は再び静寂に包まれた。
礼服の男はそこにいるだけで強い存在感を放っている。
張亮だった。
追想者のコトノハ《セクション4のクイーン&ナイト》 咲部眞歩 @sakibemaayu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。追想者のコトノハ《セクション4のクイーン&ナイト》の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます