第55話 森の中の異変
ゴブリンの襲撃の後、リナニエラ達は討伐証明である右耳を切り取った後、血の匂いを嗅ぎつけてやって来る、モンスターを防ぐ為、穴を掘ってそこで、五体のゴブリンの身体を焼いた。
勢いよく燃える炎に目をやりながら、カインは息を吐く。
「とりあえずは、みんな無事でよかったです。ここからは森も近くなりますから、気を付けていきましょう」
自分達三人の顔を見つめながら口にする言葉に、リナニエラは無言でうなずいた。
「そうですね」
同意するように返事をして、残りの二人を見れば、彼らも無言でうなずいた。心なしかパトリックの顔色が青い気がす。それを生ぬるくリナニエラは見つめた。
『まー、予想外でしたわー』
心の中、リナニエラは棒読みで呟く。
最初の予想として、自分達の演習の班の中で戦闘慣れしているのは、冒険者をしているカインと、リナニエラ。冒険者をしているのだから、頭一つ抜けているだろう。
次に続くのは、実戦はほとんど無いものの、剣術を王族の務めとして習っていたカイン、そして、騎士課にいる攻略対象者の一人、クレイン・ゲスナーが次点と言う所か。そして、次が今顔を青くして落ち着きなくしているパトリック、そしてセリアとアリッサが同程度に戦闘に慣れていないと思っていた。
だが、実際の所、戦闘なんてできないと思っていたセリアがわざと重量をつけている杖でゴブリンを撲殺できる程の腕前で、補助魔法もタイミングよくかけられるだけの腕を持っていた。
ゴブリンが襲ってきたタイミングでのあの落ち着きを考えれば、下手をすれば、ジェラルド達よりも実戦では動けるのかもしれない。
『これは……、自分も認識を改めないといけないかもね』
隣で楽しそうに笑うセリアを見つめながら、リナニエラは笑みを返した後、真顔に戻すとそんな事を考える。森に続く道は草原の間にあって、ぱっと見た目はのどかな風景だ。もし、一人での採取依頼だったら、のんびりした風景を見ながら、ちょっと休憩したいところなのだが、今は他の面々がいるからそうはいかない。自分の隣を寄り添うように歩くマロの背中を撫でれば、マロが『何?』と言いたそうな顔で見上げてくる。顔立ちは真っ白な狼のような顔だちだというのに、丁度人間で言う所の眉の部分に黒いマロ眉があるのが、なんともアンマッチでかわいらしい。いま、森に向かって歩いているのでなければ、ここで体を撫でまわしてやるのに。そう思いながら、リナニエラは手をワキワキと動かす。
「リ、リナ様?」
いきなり手をおかしな様子で動かしだしたリナニエラを見て、セリアが驚いたように声をかけてくる。それに、『コホン』と咳払いをしてごまかすと、リナニエラはにっこりと微笑んで見せる。
「大丈夫です。何でもありませんわ」
貴族子女の仮面を被ってほほ笑めば、彼女は安心した顔をする。少し緊張してるのだろうか、セリアの頬の筋肉がこわばっているのが分かって、リナニエラはマロへ手招きする。
「マロ、セリア様の隣に行ってくれる?」
声を掛ければ、マロは『心得た!』いった様子で、尻尾を一度大きく縦に振ると、セリアの隣へ寄り添った。
「え? わっ!」
甘えるように、体をこすりつけるマロに、セリアの目がキラキラと輝きだす。最初にギルドで顔を合わせた時の反応を見ていたから、彼女がもふもふは嫌いではないというのは分かっている。マロの身体は毎日リナニエラがブラッシングしているし、場合場合によって、クリーンをかけて体もきれいにしている。毛並みも手触りも抜群だ。
顔を埋めて眠っても最高のもふり具合。
『さあ、その体を堪能するがよい』などと考えながらマロとセリアの様子をリナニエラは見つめる。
いきなり甘えだしたマロにセリアは戸惑った顔をしていたが、人懐っこく上目でセリアを見上げて尻尾を振るマロの様子に彼女も陥落したようだ。最初に触れた時よりも、大胆にマロの背中を撫でている。
『やっぱり、もふもふは正義よね』
セリア達の様子を見ながら、リナニエラがひっそりと笑みを浮かべていると、いきなり頭に重みがかかった。そして、続く髪の毛を引っ張られる感覚。こんな事をするのは誰なのかもうわかっている。
「トープ……」
マロがセリア側に来たから交替と言う事なのか、やきもちをやいたのか、トープはリナニエラの頭の上で暫く髪の毛をもてあそんだ後、リナニエラの肩へと回って来た。
「こーらー」
何を思ったのか、しきりと顔を擦り付けてくるトープ。それに、苦笑しながら、頭を撫でていれば、『何をしているんだ』と前から声をかけられた。
「え?」
気が付けば、リナニエラ達の前には、西の森が迫っていた。マロとトープとたわむれる事に一生懸命になっていたせいで、目的地に到着していた事にきがついていなかったらしい。
「す、すみません」
あきれた顔をしているカインに謝罪の言葉を口にして、リナニエラは森の入り口を見つめた。
西の森は、冒険者初心者に重宝されるスポットの一つだ。森としては深い森なのだが、浅い場所は、初級の冒険者でも対応できる野生動物や、モンスターしか出てこない。だが、深い場所まで行けばそれなりに高難度のモンスターも出てくる場所だ。そして、森の奥には神獣が住んでいるなどという噂まである場所だ。
(ゲーム内のストーリーでは神獣は本当に森の奥に住んでいるのだけれども……)
王都からも近い場所で、こんな所がある事自体が不思議ではあるのだが、あまり手間なく稼ぎが出来るこの場所は、前世のゲームのプレイ中でも、今の世界でも重宝している場所だった。
静かな森の入り口を見て、リナニエラは顔をひきしめた。
この場所は下手な事さえしなければ、穏やかで、木の実や薬草といった森の恵みを与えてくれる。
でも前世でプレイしたゲームの中では、その森のモンスターがあふれ出して、沢山の犠牲者を出して場所でもあるのだ。
『時系列がゲームと同じなら、今回の演習の中でモンスターの暴走が起こってしまうはず……』
ずいぶん色あせた自分の前世の記憶を引っ張り出して、リナニエラは考える。ゲームの中の世界とはいえ、リナニエラにとってこの場所は今生きている場所。
モンスターの暴走なんて起きて欲しくない。アリッサが聖女として目覚めるきっかけに必要な場面だといっても、多くの人が犠牲になった。そんな事にはしたくない。させたくない。
「じゃあ、森の中に入ります。まず向かうのは少し入った場所にある広場みたいな場所です」
カインが説明すれば、セリアが神妙な顔をしてうなずいた。パトリックの方も、さっきまでの出来事から復活したのか、最初に顔合わせをした時と同じような顔をしていた。
「分かりました」
セリアが素直にうなずいて、返事をするのとは対照的に、パトリックはかけていた眼鏡のブリッジを指で押した後、ため息を一つもらす。
「やれやれ。何でそんな甘い――」
「あ、先輩。森の中で大声出さないでください。野生動物や、モンスターを刺激しますので」
「ぐ……っ」
何かを言おうとしたパトリックの言葉に被せるようにカインが押さえつける。ギルドで初めて顔を合わせた時の事を思い出しているのだろうか、カインの目には何の感情も無かった。カインに言われて、言葉を途中で止める事になったパトリックは不満そうな顔をしながらもしぶしぶ黙り込んだ。
カインがうまい事パトリックを抑え込んだのを見て、リナニエラは思わず口元に笑いがこみあげてくるが、手で口元を隠して、他の人には気がつかれないようにした。
「では、入ります」
そんな自分の様子に気づいているのか、いないのか、カインは淡々とした顔で森の奥の方向へと足を踏み入れた。
彼が使っているのは、普段冒険者が使う森の小道だ。道をそれて歩く事も出来るのだが、今日一番に考えなくてはいけないのは全員の安全だ。だから、無理はしない。そんな気持ちがカインから伝わって来る気がした。
『私も気を引き締めないと』
前を歩くセリアの背中を見つめながらリナニエラは一つ息を漏らすと、再び森の中へサーチを展開する。自分を中心として、半径一キロにもなる索敵範囲。その中には、何の動物も、モンスターも見当たらなかった。珍しい事もあるものだ。そんな事を考えながら、リナニエラは足を進める。
森の中に入ってからは、先行で、ジータとトープ。パトリックの召喚獣が森の上空を旋回しながら飛んでいる。続いて、カイン、パトリック、セリア、リナニエラの順で続いている。そして、しんがりをマロが歩くという状態だ。
最初に釘を刺したからか、誰も会話する事なく四人は森の奥に進んでいった。
しんとした森の中、リナニエラ達は黙々と歩く。四人が土を踏みしめる音しか聞こえない。余りにしんとした空気に、リナニエラは眉を寄せた。
『あれ? こんなに森の中って静かだった?』
しんとした空気が違和感になって、リナニエラを包む。森というのは、確かに静かではあるが、もっと生き物の気配がしたり、鳥のさえずる声がしたりする。
だが、今自分達の周りにあるのは奇妙な沈黙だけだ。
『妙だな……』
どこかの小学生探偵のような事を考えながら、リナニエラは首を傾げる。そして、おかしな話はもう一つあった。森に入ってから再び展開したサーチに全く、モンスターや野生生物も引っかからないのだ。普通なら、ウサギや、ボアといった動物がこちらに向かってこないにしろ、サーチに引っかかる事がある。
だが、今はリナニエラのサーチに引っかかっているものは何もない。ゼロだ。
そんな事あるか? と疑問に感じながら、リナニエラは前を歩いているカインに目をやった。
彼は今の不自然な状態に気が付いているのだろうか? そう思いながら、遠くに見える彼の黒とも灰銀とも言い難い髪の毛を見つめる。だが、彼は全くリナニエラの視線に気付く様子はない。周囲を警戒をしているのだろう。そんな気がした。
『けど、連絡手段が無いのはつらいわね』
自分と、カインの間の距離は約10メートル。遠くは無いが、小声で話すには難しい距離だ。前世みたいな携帯電話や、スマホのような物があれば便利なのに。そんな、実現不可能な事を考えながらリナニエラは背後を見る。相変わらずマロはリナニエラの後を軽い足取りでついてきている。マロ自身も、気になる気配などは無いのだろう。表情はリラックスしていた。
『マロ、トープ、周りに何かの気配は無い?』
自分のサーチだけでなく、召喚獣達へ念話を飛ばしてリナニエラは周囲の状況を尋ねる。人間の自分よりも感覚の鋭い彼らなら何か気配を感じるかもしれない。
そう思ったのだが……
『リナ、ないよー』
『主、こちらも何の気配もない。むしろなさすぎる位だ』
呑気なマロの返事と、気配が無さ過ぎる事に戸惑っているトープの返事が戻って来る。やっぱり、リナニエラの考えと召喚獣の考えは気配が無いと言う事で同じようだ。
普段なら、お互いの意見が同じで安心できる所なのだが、今回は違う。おかしいという事で意見があったのだから、逆に警戒するところだろう。
『一体何でこんなに静かなの?』
眉を寄せながら、リナニエラは考えを巡らせる。そんな時、森の奥から風が流れて来た。その風が肌を撫でた時、リナニエラの肌に鳥肌が湧き上がる。
一瞬だけ駆け抜けた風。だが、その中に感じたのは、水がと肉が腐ったような匂いだった。
「っ!」
一瞬の出来事だったが、体に湧き上がった嫌悪感が抜けなくて、リナニエラは自分の身体を自分で抱きしめるように腕を回す。
「……リナさん?」
自分の足音が乱れた事が分かったのだろうか。前を歩くセリアが振り返るとリナニエラの名前を呼んで来る。それに、『何でもない』と首を振って笑顔を作った後、リナニエラは先ほどからずっと張っているサーチに意識を向ける。だが、先ほどと同じようにサーチに引っかかる気配は無かった。
『これは……』
リナニエラの頭の中に、ゲームの中で起きたモンスターの暴走を思い出す。先ほど吹いた風の中に感じた腐臭。そして、不自然なほどに静かな森の中。
これらが全て暴走の前触れなのだとしたら――。
じわりとリナニエラの背中に汗が滲んだ。
「着いたぞ」
その時前方からカインの声がして、リナニエラは我に返る。視界の先には気が開けた場所があり、広場のようになっている。どうやら、自分達は目的地に到着したようだ。
「ここで暫く休憩してから、薬草を探す事にします」
淡々と次の行動を口にするカインの言葉。それにうなずきながら、リナニエラはパトリック達に知られないまま森の異常をカインに伝えるかを考えながら。木が茂る森の中に出来たがらんとした空間に足を踏み入れて深呼吸をした。
どうやらリナニエラ自身も普段と違う森の様子に思っていた以上に緊張していたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます