第45話 忘れ物はないですか
『他のメンバーと連絡がついた。土の日の二の鐘が鳴る時間に、ギルドにて集合』
先日カインがギルドを通じて送って来た手紙の内容だ。それを思い出しながら、リナニエラは、渋い顔をしながら、自分のマジックバック(冒険者として使っているバッグ)に、回復薬を詰め込んでいた。彼らとの約束まで今日を含めてあと三日。
「メンバーが全員で7人だから、数が足りないといけないし……」
ぶつぶつ言いながら、リナニエラは用意をする。食事の際、この事実を思い出してから、リナニエラの気持ちは憂鬱で仕方無かった。
「絶対、あの二人プラスアルファが足を引っ張るに決まっている」
呪いの言葉のようにそう言いながら、リナニエラが荷物を詰め込んでいると、その様子を少し離れた場所から見ていたマロがやって来た。そして、リナニエラの背中に思いきりもたれかかって来る。
「わふっ」
『なにしているの?』といわんばかりに、リナニエラの肩からバッグを覗き込んでいるマロの仕草はかわいらしい。耳元で聞こえるハッ、ハッという鼻息もかわいらしい。
「ああ、もう! マロ邪魔しないの!」
振り返りながら、マロの顔を両手で挟むとリナニエラはそのまま、彼のもふもふな白い体を思い切り撫でた。頭から、耳の後ろそして、頭の後ろの特に柔らかい部分を撫でてやれば気持ちが良かったのだろうかマロが体をどたりと寝転がらせると、腹を見せた。どうやら、腹を撫でろと言う事らしい。誘うように前足で手招きをするような動きをするマロに誘われれるように、リナニエラはマロの腹に手を当てると少し指を立てて、思い切り白い毛におおわれた腹を勢いよく撫でた。毛に埋もれた肋骨の感触を撫でるようにすれば、溜まらないのか、マロは寝転がった体をぐねぐねと動かす。
「あぁぁぁ、カワイイ~!」
令嬢としては余り発してはいけない声を出しながら、マロを撫でていれば、マロばかりを構っている事に嫉妬したのだろうか、トープがリナニエラの頭の上に飛び乗って来た。
「重いー! 痛いー! こらー!」
ぎゅうぎゅうと頭の上で足踏みをするトープに文句を言うけれども、こちらも聞く様子が無い。そのまま、暫く足踏みをしていた後、リナニエラの肩へと降りてくると、顔を摺り寄せて来た。まるで『ごめん』と謝るようにも見えるトープの高度に、リナニエラは苦笑すると、トープの黒い鱗に覆われた頭を撫でた。
「ほら二人共、こっちに寄って。まだ準備が済んでいないから」
そう言えば、トープとマロは心得たように、リナニエラの脇に寄りそうようにして座る。そして、リナニエラが荷物を詰めているのをじっと見つめていた。
『リナ。何してるの?』
じっと自分の行動を見つめていたマロがしっぽを振りながらリナニエラに尋ねてくる。好奇心が勝っているのか目がきらきらと輝いている。トープも興味津々にバッグの中身を覗き込んでいる。二体の顔を見回すと、リナニエラはじっと自分の顔を見つめている頭を撫でた。
「荷物を詰めているんだよ。次の土の日にギルドに依頼を受けに行くから」
『そうなんだー』
能天気な声で返事をしてくるマロの言葉に、リナニエラはマロの頭を撫でる。トープの方はマジックバックに入れる荷物をふんふんと匂いを嗅いでは首を傾げている。
『主それは何だ?』
丁度バッグに入れていた魔法薬を興味津々にみつめている。
「ああ、これは魔法薬だよ。傷が治るんだ」
『傷が?』
トープは傷が治るという事に興味があるようだった。リナニエラが持っているぼ―ション瓶へ顔を近づける。
「トープ……、興味津々の所悪いけど、これ美味しくないよ。いやむしろまずい」
まだ、自分で回復薬を作れていないから、リナニエラが持っているのは街の薬屋で購入してきたものだ。リナニエラが利用している店の物は他の店よりも味はましだが、それでも、正直味は美味しくない。まだ、飲んだ後、吐き気を一瞬もよおす程の物では無いが、それでもこの薬を飲んだ後の顔は渋い物になってしまう。その時の味を思い出してしまったのか、リナニエラがぶるりと震えた。その様子を見て、トープの体が固まる。そして、足先からブルブルと震え始めた。
『……』
無言のまま、ポーション瓶をちらりと見た後、視線を逸らしたトープに、なんとも言えない気持ちになりながら、リナニエラは回復薬をバッグの中に入れる。本当に、この薬を飲まなければならないタイミングが無い事を祈らずにはいられない。
「さて……と、後は――」
持ち物を確認しながら、もう一度リナニエラが呟いた時、トントンと部屋のドアがノックされた。
「リナ。今大丈夫?」
ドアの向こうから、兄の声がする。それにリナニエラは作業をする手を止めると、ドアの方向へ顔を向けると口を開いた。
「どうぞ!」
少し声を張りながら返事をすれば、兄であるクリストファーが入って来た。そして、ラグの上で靴を脱いで座っているリナニエラを見て苦笑する。
「相変わらずだな」
そう言って笑うと、彼はリナニエラの部屋の入り口近くに置いてあるスリッパを手にすると、履いていた靴を脱いだ。そして、手にしたスリッパを床に置くとそれを履く。
「本当に、お前は裸足が好きだねえ」
「別に良いじゃないですか。靴って蒸れますし、蒸れは匂いの原因にもなりますよ。それに水虫の――」
「……嫌な言い方するなよ」
こちらに歩いて来るクリストファーを軽いやり取りをしていれば、彼は荷物を準備しているリナニエラの向かいに腰を下ろした。マジックバックを挟んで向き合う形になって、リナニエラは一度作業をする手を止めた。彼は、マジックバックと、リナニエラが手にした道具を見て怪訝そうな顔をする。
「それは?」
「次の土の日に、演習のメンバーとギルドで依頼を受けようと言う話になりまして。その準備です。この前、報告は上げていますよね?」
リストに目をやりながら返事をすれば、クリストファーはため息まじりに肩をすくめた。どうやら、先日父に渡した手紙の事を思い出したようだ。その後改めてリナニエラの傍らにある荷物に目をやった。
「それにしても、大荷物じゃない? 自分の分だけなら余る位だよね?」
用意している荷物が多い事に気が付いたのだろう。突っ込みを入れてくるクリストファーの言葉に、リナニエラは渋い顔をした。
「一応、全員分が足りるだけの荷物をそろえているのです。なにせ、私の班は確実に足を引っ張る想像しかつかない方々がいらっしゃるので――」
頭の中に顔を思い浮かべてリナニエラが答える。地を這うような低い声になるのは仕方が無い。ジェラルドと、アリッサについては本当に、マロとトープの事も含め足を引っ張られる予感しかしない。下手をすれば自分の事なんて荷物持ちか便利屋程度の扱いをされるのではないかという予感がする。無意識に手に持っていたリストを握りしめてしまって、リナニエラは我に返った。
「あー」
見れば、しわくちゃになったリストが目の前にあって、リナニエラはがっくりと肩を落とす。その様子を見て、クリストファーは苦笑すると、なだめるようにリナニエラの頭を撫でた。
「本当に……大変だね」
名前は出さなかったものの、クリストファーもリナニエラが誰の事を口にしたのか分かったのだろう。慰めるような口調で話しかけてきた。
「――」
兄の言葉に『はい』と肯定するような返事も出来ず、リナニエラは無言のまま、荷物をバッグの中に放り込む。マジックバックだから雑然としないのが救いだ。そして、残ったのは、自分が冒険者として活動する時に使う剣だ。それを手にして、リナニエラは難しい顔をした。
以前自分が使っていた剣は、兄との手合わせで粉々に砕けてしまった。そのせいで、今自分が使っている剣はサブ的な立場で使っている剣なのだ。前までの剣は魔法を少し通しても、それに反応してくれる良い剣(とはいえ、魔法を通しすぎて壊したのだけれども)だったのだが、今の剣は前の剣のような魔法との親和性は余りない。その為、リナニエラ自身は今の剣では、鍛錬をする際にも、あまり魔法を通すような事はしていない。
『これだけ本当に面倒。父さまには止められているけど、明日、お父様には内緒で武器屋に行って、ミスリル製の剣買ってこようかしら』
じっと剣をみつめながら、そんな事を考えていれば、正面に座ったクリストファーがクスクスと笑い出す。何故、兄に笑われるのか分からずに、リナニエラが首を傾げれば、彼はリナニエラに向かって四つ折りにされた小さな紙を手渡した。
「お兄様。これは?」
一体何を渡されたのか分からずに、リナニエラが首を傾げれば、彼はその紙を開いてみろというようなジェスチャーをして見せた。
『なんだろ……』
四つ折りした紙を開けば、そこにあるのは街の地図のようだ。その中に塗りつぶされている場所がある。
「ここは?」
どうやら、紙に書かれている場所はギルドに近い通りにある場所のようだ。その紙の意味が分からずに、リナニエラがクリストファーを見れば、彼は何故か楽しそうな顔をした後、口を開く。
「リナ、それは騎士団の連中が個人的に携帯している剣を都合つけているのが一番多い武器屋の場所。僕の剣もそこのだよ」
「え?」
兄の言葉に、リナニエラは作業する手を止めてクリストファーを見つめた。
「なんで?」
思わずリナニエラの口から言葉が漏れる。自分の剣を壊した時、父と兄は自分が次の新しい剣を買う事にあまり良い顔をしなかった。そのせいで、今も自分は新しい自分の
見つめる視線が鋭かったのだろうか、クリストファーは両手を上げると降参というようなジェスチャーをして見せる。そして、リナニエラの顔を見た。
「別に、僕も父さんもリナが新しい剣を買う事を反対している訳では無いんだ。けど、第三王子の婚約者が武器を買ったと知られれば、色々と変な憶測を口にする人がいるだろう? 特に、第三王子はお前を冷遇している。それを避ける為だったんだ」
真面目な顔をして話すクリストファーの表情にリナニエラはある可能性にたどり着く。
「私が王子を殺そうとしていると?」
低い声で尋ねれば、向かいの兄の顔が苦くゆがめられた。王城には様々な派閥がある。権威を手に入れる為に、根も葉もないうわさをばらまく者だって少なくない。
ましてや、リナニエラはジェラルドから冷遇されている事は貴族の中では知っている人間も多い。冷え切った自分達の間に入り込みジェラルドの寵を得て、王城での発言権を得たいと思う人物もいるのだろう。王城は伏魔殿とはよく言ったものだ。
口元を歪めて笑う自分の顔を見て、クリストファーは渋い顔をした後、更に言葉を続ける。
「頭の悪い連中はそう言う事を簡単に考えるんだ」
「本当、ご苦労な事ですこと」
ふふふと笑いあう自分達の間に、黒い空気が流れているのが分かったのだろうか、マロが自らの尻尾を足の間に挟み込んだ。ピスと鼻を鳴らして体をこすりつけてくる勢いに圧されてリナニエラの体が斜めに傾いた。
「マロもトープも、本当にリナの事が好きだなあ」
トープの方向に傾いた体を避けるようにトープがリナニエラの頭に移動する。その様子を正面から見ながら、クリストファーは楽しそうに目を細めた。
「あら、この子たちはお兄様の事も好きですわよ」
彼の言葉に反論するようにそう言えば、リナニエラの言葉を理解したのだろうか、マロが立ち上がると、マジックバッグを飛び越えるようにして、クリストファーへとのしかかった。
「うわっ!」
勢いよく飛び疲れて、クリストファーの体がどたりと床に倒れた。それを良い事にマロは勢いよくクリストファーの身体に体をこすりつける。
「こらっ! くすぐったいから!」
彼の止める声を無視して、マロはクリストファーにちょっかいをかけ続ける。その光景を目にして笑った後、リナニエラは手の中にある紙に目をやった。騎士団の団員が自分達の剣にと購入する店。彼らは自分達が使う道具を大事にする。その団員の多くが購入している店というのなら、腕も良いだろう。
「あ、その店には、ミスリルの剣は無いよ。魔法銀位までの剣ならあるけど」
「――そうなんですか」
自分が期待していたミスリル剣が無い事を知って、リナニエラは少し落胆するが、それでも新しい剣を探せるのはありがたい。学生の身分であるリナニエラにはどこの剣が良いかなどという情報は入ってこない。そう言う意味では兄から貰った情報はありがたかった。
『明日の帰りにでも店に寄ろうかしら』
店の地図を見ながら、リナニエラは考える。幸いお金は冒険者で稼いでいた物があるから、不安は無い。
『楽しみだわ』
地図を見つめながらそんな事を考えると、リナニエラはいまだにマロにじゃれつかれているクリストファーを見つめながら笑みを漏らした。
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