第七話
八月二十五日(三)
アイドルにはそれにふさわしい名前があるという天道寺の強い信念のもと、「エターナル・イノセント」の芸名は代々受け継がれている。
アイドルの寿命は短い。
メンバー本人が脱退を決意することもあれば、プロデューサーの天道寺から「引退勧告」を受ける場合もある。
「エターナル・イノセント」は五年周期でおおよそのメンバーが入れ替わる。
その際、メンバーの脱退と新規加入の時期が合えば芸名は襲名される。
だが、脱退時に新規加入するメンバーがいなければ、新しいメンバーを待つことなくその時点で脱退するメンバーの芸名は途絶え、逆に新規加入時に脱退するメンバーがいなければ、新しい芸名が天道寺によって発案されるというシステムが設けられている。
なお、襲名制であると、ファンが「エターナル・イノセント」を語り合うときに混乱を招きそうであるが、同じ芸名でも異なるニックネームが与えられることによって、そうした事態は回避されている。
例えば、
冨吉は、歴代の神楽優衣の現況と世代交代の仕組みを説明し、さらに村重への報告を続ける
「同じ芸名同士というのは、特に絆が深いみたいですね。
仲間意識が強く普段からお互いに交流があるそうです。
あの日は、生誕祭といいましてね、つまりメンバーの誕生日当日かその前後に行う公演のことを指すんですが、ちょうど佐藤智香の生誕祭だったため、そのお祝いも兼ねて、歴代の神楽優衣が公演を観に来ていたんです」
「で、捜査の結果は?」
「歴代の神楽優衣は、それぞれ境遇が異なりますが、グループ脱退後も天道寺とのつながりは途切れていなかったので、あるいは殺意が生まれる余地があるかもしれないと考えましたが、彼女たちからめぼしい証言は得られませんでした。
また、その後の捜査でも、これといった動機は浮かんできていません。
当日、アリバイがある人間もない人間もいたのですが、現時点では彼女たちの中に容疑者たりうる人物はいませんね」
「ふむ、そうか。
ところで、さっき小耳にはさんだんだが、楽屋にはアイドルオタクの男がいたそうだな」
「ああ、そうですね。
メンバーの兄なんですけど、弟を同伴して見学に来ていました」
「俺の偏見かもしれないんだが、どうもアイドルオタクという輩はオカシな奴らが多いんじゃないかっていうイメージがあってね。
その男にも訊問したんだろう?」
「ええ、もちろんです。
どうもアイドルオタクというのは、アイドルグループの運営に対して不満をもつことが結構あるそうなんですよ。
つまり、自分の推しているメンバーが、他のメンバーに比べて冷遇されているんじゃないか、とかね。
天道寺はプロデューサーとして絶大な権力を握っていたでしょうから、たとえばシングル曲の歌唱メンバーを選抜する際にも、五十人近いメンバーの中から通常は十六人を選ぶわけですから、そんなときには彼の発言が大きな影響力を及ぼすはずなんです。
だから、天道寺のせいで自分の推しが選抜メンバーから外されたんじゃないかって、そう逆恨みするケースも割とよくあるみたいなんですよ。
熱狂的なオタクであればあるほど、そうした恨みが積もりに積もって・・・ なんてこともありうるかもとは考えました」
「で、この男の場合、どうだったんだい?」
「彼も、なかなか強烈なオタクではあるんですけど、殺意については完全否定です。
たしかに、『自分の推しは、もっと運営から推されてもいいはずだ』と思ったことはあるけれど、だからといって殺すなんてとんでもない、いくらオタクだからって、そんなことをしてはいけないという常識くらいは持ち合わせている、とそういう発言でした」
「アリバイはどうなんだい?」
「確実なアリバイはないんです。
ただ、僕が実際に話してみた印象にすぎないんですが、彼が犯行に及ぶとはちょっと想像できないですね」
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