第22話 ようやくここまできた

 オモチが編集を始めてから数時間後。


「ついに完成ニャ!!!」


 オモチの高らかな声が事務所に響いた。

 100匹に分裂していた編集オモチたちは全員統合され、いまや堂々たる茶トラの本体ひとり。

 胸を張って尻尾を誇らしげに揺らしている。


「さぁ、我が輩渾身の編集作品。初の自己紹介動画を上映するニャ!」


 照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出される。

 軽快なBGM、滑らかなカット切り替え、効果的に挿入されたテロップ。

 明るく動くキャラクターたちの笑顔。

 画面に映る自分たちの姿を見て、全員が息をのんだ。


「……す、すごい……!」

「これ、ほんとにオモチが編集したの?」

「まるでプロが作ったみたい!」


 陽葵が目を丸くし、麗華が感嘆の声を漏らす。

 知花は腕を組みながら映像を分析するように見つめていた。


「BGMの入り方が自然だわ。しかもテンポが完璧」

「テロップのフォントも可愛い!」

「エフェクトの使い方も上手いね!」


 まさに称賛の嵐。

 そんな中、一輝が穏やかに笑った。


「まぁ、オモチは学習能力がずば抜けてるからな」


 全員がオモチに視線を向ける。

 オモチはどや顔で胸を張った。


「当然ニャ! 我が輩は天才ニャ!」


 その堂々たる姿に、みんな思わず笑ってしまう。


「ふふっ、ほんと頼もしいね」

「オモチちゃん、最高~!」

「よくやったニャ!」


 陽葵まで猫口調で褒める始末。

 しかし、オモチは次の瞬間、真剣な表情を浮かべた。


「でも……まだダメニャ」

「え?」


「我が輩、技術はプロ並みに習得したニャ。だけどエンタメ、つまり人の心を動かす力はまだ理解できてないニャ」


 その言葉に雫が目を瞬かせた。


「人の心を……?」


 オモチはスクリーンを見上げながら、尻尾を静かに揺らす。


「我が輩の編集は上手くはなったニャ。でも、心が震える瞬間はまだ作れないニャ。見ている人の胸に届くような映像を作るには、我が輩もまだまだ修行が必要ニャ」


 その真剣さに全員が息をのんだ。


「……そんなことないよ」


 雫が優しく言う。


「この動画、見てるだけで元気になれる。笑っちゃうし、楽しいもん」

「そうよ。私、普通に泣きそうになったもの」

「うんうん! 十分心に響いてるよ!」


 次々と賛同の声が上がる。

 オモチはしばし黙り込んだ後、鼻を鳴らして小さく笑った。


「……みんな、優しいニャ。でも、我が輩、いつか本物のプロを雇って最高のチームにするニャ!」


 その言葉に一輝が苦笑しながら腕を組む。


「野望がデカいな」

「夢は大きく持つニャ! ご主人様も見習うニャ!」

「はいはい……またそれか」


 笑い声が事務所いっぱいに広がる。

 スクリーンには、StarLight Productions のロゴが光っていた。

 初めて完成した、彼女たちの動画。

 それはまだ始まりに過ぎなかったが全員がこの一歩を誇りに思っていた。


 そして、ついにその時が来た。


「投稿ボタン、押すニャ!」


 オモチの号令のもと、五人と一匹はそれぞれの端末を操作した。

 指先がタップした瞬間、

 自己紹介動画はTwittleトゥイットルPixstaピクスタClipClapクリップクラップViewTubeビューチューブの四大SNSへ同時投稿された。


 さらに会社アカウント、StarLight Productions公式でも、全員分のまとめ動画を投稿。

 画面には明るく笑う五人と、隣でポーズを決める小さな猫の姿。

 再生数のカウンターが静かに動き出した。


 最初の数分は静かだった。

 だが、一時間も経たないうちに通知の音が鳴り止まなくなる。


「すごい……コメント、もう百件以上来てる!」

「え、再生数100越えてる!? は、はやっ!」


 雫たちは目を丸くし、スクリーンに映る数字を見つめる。

 コメント欄には驚きと懐かしさが入り混じっていた。


『星乃奏が帰ってきた!? あの新人剣士の!?』

『桐生知花まで!? 頭脳派コンビ再結成ってマジ?』

『御園麗華、生きてたのか……泣いた』

『陽葵ちゃん相変わらず元気だなぁ!』


 復活を喜ぶ声が相次ぐ。

 彼女たちはかつて期待されていた若手探索者として知られていた。

 その名はSNS上でもファンの間で伝説のように語られていたのだ。

 だが、その裏で冷たい声もあった。


『配信者デビュー? 結局ネタかよ』

『元探索者(笑)』

『どうせ中身は事務所の売り出しでしょ』


 賛否両論。

 ネットの光と影が一気に押し寄せる。

 しかし、その流れを一変させたのはたった一匹の猫だった。


『この猫なに!? 喋った!?』

『猫が踊ってるんだけど!?!?』

『オモチちゃん尊い……!』

『召喚獣って言ってたけど、可愛すぎてやばい』

『スタプロの猫、グッズ化はよ!』


 瞬く間にオモチがトレンドを席巻。

 「#喋る猫」「#踊る召喚獣」「#オモチ尊い」が各SNSで上位に並ぶ。


「ご主人様! 我が輩、バズってるニャ!!!」

「お、おう……なんか知らんけど、おめでとう」

「知らんけど、じゃないニャ! これは快挙ニャ!」


 オモチは机の上でくるりと一回転し、得意げに胸を張る。


「我が輩は猫界のアイドルになるニャ! 次はぬいぐるみ展開ニャ!」


 笑いが弾ける事務所。

 彼女たちの挑戦は思いもよらぬ形で幕を開けた。

 StarLight Productions、始動。

 そして、喋る猫が世界を照らす最初の光になった。


 オモチが画面の前で尻尾を立てた。


「というわけで、次の一手ニャ! 配信スケジュールを告知するニャ!」


 パソコンの画面には、StarLight Productions公式アカウントの投稿画面が開かれている。

 知花とオモチが文章を詰め、最後のチェックを終えると――


【告知】

 次回、StarLight Productions初のダンジョン生配信!

 出演:雫・奏・知花・陽葵・麗華(チーム名、スターリンク)

 監督:オモチ 撮影:一輝

 配信日時:明日10時~予定

 配信タグ:#スターリンク出陣 #初ダンジョン配信 #StarLight


 投稿ボタンを押した瞬間、全員のスマホが一斉に通知音を鳴らした。


「これで正式に告知完了ニャ!」

「……ほんとにやるんだね、ダンジョン生配信」


 雫は緊張したように拳を握る。

 奏が肩を軽く叩いた。


「大丈夫。私たちならやれるわ」


 その隣では陽葵が拳を突き上げ、麗華が微笑み、知花はタブレットで段取りを確認している。

 ようやく、ダンジョン配信者としてのデビューが決まったのだった。

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