第19話 自己紹介動画の撮影

 スタジオの照明が点り、撮影準備が整う。

 白を基調とした背景にカメラを固定した三脚。

 スマホ越しに確認する映像には緊張と期待が入り混じった表情の少女たちが映っていた。


「よーし、それじゃあ記念すべき一本目、撮影開始ニャ!」


 張り切るオモチがカチンコ代わりに前足を鳴らす。


「その前に自己紹介文、全員ちゃんとできてるかニャ?」

「もちろん」


 知花がタブレットを持って立ち上がる。


「一応、センシティブな表現や炎上ワードがないか、私とオモチで確認したわ。どれもOK」

「炎上ワードって何……?」


 一輝が首をかしげると、知花は微笑を浮かべた。


「言葉の魔物よ。どんなに善意でも、言い方ひとつで燃えるの」

「マジか……! 現代は恐ろしいな!」


 そんな中、オモチがカメラの前にぴょこんと立つ。


「さて、トップバッターは陽葵ニャ!」

「ちょ、ちょっと待って!? なんで私なの!?」


 何も聞かされていない陽葵が慌てて立ち上がる。


「決まってるニャ。元気キャラは最初が定番ニャ!」

「そうそう、陽葵ってこういうの向いてるでしょ?」


 知花がさらりと追い打ちをかける。


「ううっ……二人して容赦ない……!」


 奏と麗華は顔を見合わせて苦笑。


「でも確かに、陽葵が最初だと明るい雰囲気になるよね」

「うんうん。見てる人の印象も良くなると思う」


 雫も小さく笑って頷いた。


「私も……陽葵さんの、はじめまして、なら安心できます」

「うぅ~……なんか逃げられない空気になってるぅ!」


 観念した陽葵は両頬を軽く叩き、意を決して立ち上がった。


「よーし……やってやる!」


 そんな彼女の背後ではオモチが尻尾をぴんと立ててカメラを構え、知花がメモを片手に監修体制に入る。


「録画スタートニャ! 笑顔120%、元気爆発でいくニャ!」

「プレッシャーかけないでよ!!!」


 陽葵の悲鳴まじりの声がスタジオに明るく響いた。


「えっと……はじめまして! 陽葵ですっ! えーと、元気と笑顔が取り柄で」


 陽葵は立ち姿のまま、必死にカンペを目で追いながら読み上げていた。

 表情は固く、声もやや上ずっている。


「……はいカットニャ!」


 ピシッと鋭い声が響く。


「な、なんで!? まだ途中だよ!?」

「目線がカンペに釘付けニャ! 全然カメラ見てないニャ!」

「だって初めてなんだもんっ!」


 涙目で抗議する陽葵だったがオモチは容赦しなかった。


「みんな最初は初心者ニャ! 失敗して覚えるニャ! 地道な積み重ねこそスターの道ニャ!」

「ぐぬぬぬぬ……正論すぎて何も言い返せない……!」


 陽葵は肩を落とし、再び姿勢を整える。

 二度目の挑戦。

 今度こそ完璧にと気合を入れたが、そう簡単に成功するものではない。


「はじめまひゅっ……はっ!? い、今のナシ!!」

「カットニャ! 舌が暴走してるニャ!」


 三度目の挑戦。

 最後の決めポーズで手が滑り、思いっきりバランスを崩してコケた。


「いたたた……っ」

「コメディ枠としては合格ニャ」

「笑い取りに来てないのっ!!!」


 それでも諦めず、四度、五度、六度と挑み続ける。

 七度目にしてようやく完璧な自己紹介が完成した。

 陽葵は息を荒げながらカメラに向かって笑顔を決める。


「これで、ど、どうかな……?」

「うむ、合格ニャ。今のは良かったニャ!」


 オモチの合格サインにスタジオ内から拍手が起こる。


「よく頑張ったね、陽葵!」

「すごいわ、根性ある!」

「やっと終わった……」


 陽葵がその場にへたり込むのを見て、奏たちは不安げに顔を見合わせた。


「わ、私たちも……あんな感じで撮るの?」

「……ちょっと胃が痛くなってきたわ」

「ひ、人ごととは思えませんね……」


 その不安げな空気を楽しむように、オモチがニヤリと笑い、知花に視線を向けた。


「さあ、次は知花の番ニャ!」

「わ、私は最後でいいわよ!?」

「ダメニャ! 元気キャラの次はクールで知的なタイプ! 王道の流れニャ!」

「な、なんでそんなテレビ的な構成意識してるのよ……!」

「構成は命ニャ!」


 逃げ場を塞がれた知花は頭を抱えながらため息をついた。


「陽葵の気持ちが今なら痛いほどわかるわ……」


 オモチの鳴らす尻尾のリズムに合わせて、第二の挑戦者である知花の収録が始まろうとしていた。


 カメラの前に立つ知花は背筋をピンと伸ばし、両手をきっちりと揃えていた。

 まるで入社試験の面接に臨む就活生そのものだった。


「えっと……桐生きりゅう知花ちかです。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。えー……私の強みは」

「はいカットニャ!」


 オモチが容赦なく手を挙げる。


「会社の面接じゃないニャ!!」


 知花はピタリと固まり、顔を真っ赤にして俯いた。


「ご、ごめんなさい……! こういうの、慣れてなくて……どうしても緊張しちゃって……」


 その表情に奏と陽葵は思わずクスリと笑う。


「知花が緊張するなんて、珍しいね」

「うん、すっごく新鮮かも」

「も、もう! 笑わないでよ!」


 知花は頬を膨らませるが耳まで真っ赤だ。

 オモチはしばらく考え込むと、ぽんと前足を叩いた。


「逆転の発想ニャ!」

「……は?」

「どうせ緊張して固くなるなら、そのキャラのままでいくニャ!」

「え?」

「クールで知的、真面目な委員長タイプ! 会社の面接風にやれば、それが知花の個性になるニャ!」

「……なるほど」


 知花の瞳に光が戻った。


「それなら……できそう」


 そして、二度目の収録。

 今度の知花は、最初から最後まで堂々としていた。

 言葉に無駄がなく、滑舌も完璧。

 まるで完璧主義の優等生そのものだった。


「……以上です」


 最後に軽く頭を下げる知花。

 数秒の静寂のあと、オモチが大きく頷いた。


「合格ニャ! クール系枠、爆誕ニャ!」


 スタジオが拍手に包まれる中、知花は照れくさそうに笑った。


「……やっと終わったわ。次の人、頑張ってね」

「うう、もう順番が怖い……」


 小声で呟く奏を陽葵と雫がそっと慰めるのであった。

 次にカメラの前へ立ったのは御園麗華。

 彼女は長い髪を耳にかけ、ゆっくりと息を整える。

 その所作ひとつひとつに、育ちの良さと品の良さが滲んでいた。


「……ほんとに私でいいのかしら?」

「いいニャ! 気品担当は麗華以外にいないニャ!」

「……気品担当って、そんな役職があるの?」


 思わず小さく微笑む麗華。

 おっとりとした調子ながらも、どこか芯を感じさせる。


「はい、じゃあカメラ回すニャ!」


 オモチの合図にスタジオの空気が静まり返る。

 カメラの赤いランプが灯る。

 麗華は一歩前に出て、柔らかな笑みを浮かべた。


「初めまして。御園麗華です。少し前までは探索者として活動していましたが……もう一度前を向くための挑戦をしています。どんな小さな一歩でも、誰かの心に届くように、そんな想いでこの活動を始めました」


 そう言って、ほんのわずかに頭を下げた。

 一礼のタイミングまで計算されたように静かで美しい動作だった。


「……これで大丈夫でしょうか?」


 彼女の言葉に場の全員が息を呑む。

 オモチでさえ、いつもの調子を忘れて静かに尻尾を揺らした。


「完璧ニャ……まるで高貴なお嬢様のスピーチを聞いてるみたいニャ……」

「お嬢様だもの」

「お嬢様だね……」


 陽葵と知花のツッコミに麗華は恥ずかしそうに微笑む。


「そんなに言わないでください……。ただ、私なりにちゃんと伝えたかっただけですから」


 その控えめな一言に、誰もが自然と拍手を送った。

 奏がぽつりと呟く。


「やっぱり麗華だなぁ……本物の品がある」

「ほんと……癒しと気品の両立なんて、反則レベルよ」


 不満というより自慢の友達であると知花も頷く。


「ふふ、ありがとう。これからは……みんなと一緒に、ちゃんと前を向けるように頑張るわね」


 その微笑みは静かに、けれど確かに麗華の復活を告げていた。

 最後に残ったのは星乃姉妹、奏と雫。

 二人はスタジオの隅でマイクのチェックを受けながら、互いに小さく頷き合う。


「……大丈夫、雫?」

「うん。お姉ちゃんこそ」

「私も……ちゃんと話すから」


 カメラが回る。

 ライトに照らされた二人の横顔には覚悟の色が浮かんでいた。


「初めまして。星乃奏です」

「同じく、妹の星乃雫です」


 二人は揃って小さく頭を下げる。

 そこからの自己紹介は他の誰よりも率直で飾らないものだった。

 探索者として歩んできた道。

 そして母の病気。


 「「母のガンを治すため、私たちは霊薬を探しています」」


 その一言を言い終えた時、雫の声は少し震えていた。


「……だから、私たちはもう一度、ダンジョンに挑戦します。配信という形でも、誰かの力になれたら――」


 カメラ越しに二人の真っ直ぐな想いが伝わってくる。

 オモチはモニターを見つめながら、小さく呟いた。


「ストーリー性もあるし、視聴者の心に刺さるニャ……」


 撮影を終えたあと、奏と雫はしばらく無言で立っていた。

 照明が落とされ、静寂が訪れる。


「……オモチちゃん」


 雫がぽつりと声を出す。


「やっぱり……お母さんのことは動画から外してほしいの」

「ニャ?」


 オモチが首を傾げる。

 横で奏も静かに頷いた。


「確かに、お母さんのために頑張る姉妹っていうのは悪くない見せ方かもしれない。でもね……なんか違うの。まるでお母さんの病気を利用してるみたいで」


 雫も唇を噛んで続ける。


「私たちは、ただお母さんの病気を治したいだけ。悲しい話で注目を集めるのは……やっぱり、嫌なんだ」


 オモチはしばらく黙って二人を見つめていた。

 その瞳にはいつもの軽さはない。


「……わかったニャ」

「え?」

「お母さんのことは、視聴者には秘密にしておくニャ。ストーリーなんて後からいくらでも作れるニャ。それより、今の二人の気持ちのほうが大事ニャ」


 その言葉に奏と雫は目を潤ませながら頭を下げた。


「ごめんね、我が儘言って」

「ありがとう、オモチちゃん」


 オモチは少し照れくさそうに笑って、胸を張る。


「我が輩には母親って存在はよく分からないけど……二人にとって大切なのは分かるニャ! だから、仕方ないニャ!」


 スタジオの空気が一気に和む。

 陽葵が「泣ける展開だね」と笑い、知花が「やっぱりうちのプロデューサー、わかってるわ」と頷く。

 麗華は静かに微笑みながら言った。


「……いいチームになってきましたね」


 すべての自己紹介が終わり、残るは召喚獣たち。

 スタジオの空気が一気に張り詰める。


「それじゃあ、最後は……私の番ですね」


 雫が前に出るとオモチが尻尾をぴんと立てる。


「そうニャ! トリは召喚獣たちの登場ニャ!」


 奏たちは緊張しながら見守っていた。

 雫はカメラの前で深呼吸をして、穏やかに口を開く。


「星乃雫です。私は……召喚士として活動しています」


 そこまで言うと、彼女は懐からカラフルなガチャガチャのカプセルを取り出した。

 

「お願い、一輝!」


 カプセルの中から、一輝の姿が現れた。

 その登場に、陽葵が「おおっ……!」と声を上げ、麗華が小さく拍手する。

 一輝は少しだけバツが悪そうに頭をかいた。


「えっと……どうも。星乃雫に召喚されました、一輝です」


 落ち着いた声にカメラマンをしていた知花は、そのまま続けるようにジェスチャーを送った。

 次の瞬間、一輝が指を鳴らすと魔法陣が床に現れる。


「そして我が輩! 万能猫オモチニャー!」


 魔法陣から生えるようにオモチが勢いよくジャンプして登場。

 カメラの前でくるりと一回転し、前足を広げてポーズを決めた。


「女性アイドルグループに男がいることに驚いた視聴者の皆さま! 安心するニャ! この人間は召喚獣ニャ! 人間枠ではないニャ!」


 その堂々たる説明に陽葵と奏が同時に吹き出す。

 麗華も口元を押さえて笑いを堪え、知花はサムズアップしていた。

 オモチは止まらない。

 突然、軽快なリズムで踊り始める。


「悲しき生き物ユニコーンたちよー! 聞くニャー! ご主人様はマスターに絶対服従の身ニャ! 逆らえないニャ!」

「ちょ、ちょっとオモチちゃん!?」

「うるさいニャ! 演出ニャ!」


 その勢いのまま、オモチは雫に指示を出す。


「さあ、ご主人様! 召喚と返還を繰り返すニャ!」


 雫が半ば呆れながらもカプセルを一輝に向ける。


「召喚、解除、召喚、解除!」


 一輝がその度に出たり消えたりする。


「……なんだかな~!」

「我慢するニャ!」


 最後にオモチが満足げに頷いた。


「これでユニコーン対策は完璧ニャ!」

「いや、そもそもユニコーンってなんだ?」


 ユニコーンという単語を知らない一輝が首を傾げる。

 オモチは胸を張って説明した。


「ユニコーンとはネットに棲む悲しき幻獣ニャ! アイドルは恋愛しない、男と話すなんてもってのほか、そんな謎の理想を押しつける存在ニャ!」

「……あー、いるね、そういう人」


 知花が腕を組んで頷く。


「こっちの世界でも油断できない相手よ。下手に炎上したら一瞬で信頼を失うんだから」

「そういうことニャ! だから、ご主人様は完全に召喚枠! 恋愛対象外! 完璧ニャ!」


 雫は呆れながらも笑いをこぼす。


「これで丸く収まるのかな?」


 こうして最後の自己紹介も無事に終了。

 スタジオには笑いと拍手が響き渡り、撮影初日は明るく締めくくられたのだった。

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