第1話 俺をヒモにしてくれ……ッ!

 ◇◇◇◇


 時は少しだけ遡り、一輝が唾棄され、嫌悪され、廃棄され、忘れ去られた世界――クロスルビアにて幾星霜もの月日を過ごしていた、ある朝のことだった。


「う~ん……。白米が食いたい」

「んニャ~?」


 クロスルビアの支配者となって一輝は王様のように玉座に腰かけていた。

 その傍らでは大きなクッションに身を委ね、体を伸ばしているオモチが欠伸をかいていた。


「いやな、ここに来て何年経ったか知らんけど、白米が食いたい。というか、日本に帰りたい」

「ご主人様はよく日本に帰りたいと言うけど、帰る方法は見つかったのかニャ?」

「それが全知全能という力を手に入れたのに全くないんだ……」

「全知全能は言い過ぎニャ。ご主人様は確かにこの世界に来た当初よりも遥かに強くなったけど、全知全能とは言えないニャ」

「辛辣だな……」


 一輝はクロスルビアにおいて敵なしとなっている。

 最初はオモチと一緒に最底辺の弱者だったが、繰り返される上位存在の縄張り争いや戦争の度に漁夫の利を得ていた。

 その甲斐もあって、一輝は不死身の肉体を手に入れ、強大な力を手に入れ、数多くの強敵との戦いを経て支配者となり、クロスルビアに君臨していた。


「でも、大抵のことなら出来るんだよな~」

「空間をぶち抜けるのにどうして次元の壁を破れないニャ?」

「いや、次元の壁もぶち抜けるんだけど地球の日本に行けるかは運次第なのよ」

「どれくらいの確率ニャン?」

「天文学的数値だからほぼ無理。直感で分かる」

「もう諦めるニャ」

「そろそろ潮時なのかな~」

「そう言っているけど、ご主人様は定期的に日本に帰りたいって言ってるニャ」

「そりゃ故郷だからね。忘れらないのさ」


 哀愁漂う笑顔を浮かべているが、内心ではそこまで帰りたいと思っていなかった。

 何せ、借金取りから逃げてここまで来たのだから、日本に帰った途端捕まってしまうかもしれないからだ。

 ただ、今ならば圧倒的な暴力でねじ伏せることが出来るかもしれないが、日本に帰った途端、この力が消えてしまう恐れもあるという不安があった。


「この力を持ったまま日本に帰りて~な~!」

「帰れないのかニャ?」

「いや~、これっばっかりは試してみないと分からんな~」

「召喚魔法とかはどうニャ? アレなら日本に行けるんじゃないかニャ?」

「無理。触媒があれば逆召喚も可能だけど、日本に縁のある代物は全部消えた。携帯もウォークマンも腕時計も何もかもな」

「どうして無くなったんだニャ?」

「戦ってる最中に溶けたり、燃えたりしたんだよ」


 クロスルビアにやってきた当初の服は既にない。

 数多くの困難と戦闘によって消失しているのだ。

 今、一輝の服装はオモチに作ってもらった名状しがたき怪物の皮から作られた服だ。

 耐久性抜群でどんな環境でも快適に過ごせる優れものである。


「それじゃあ、手立てが全くないニャ?」

「ない! だから、どうにも出来ん!」

「本当ニャ?」

「もしもの話だが異世界に召喚される小説みたいに日本へ召喚されれば可能性はあるが荒唐無稽な話だ」

「でも、ご主人様がこの世界に来たのはその荒唐無稽な話のはずニャ」


 オモチに言われて一輝はあんぐりと口をあける。


「そうだった……!」

「だったら、可能性はあるニャ!」

「うおおおおおお! 希望が出てきたぞ!」

「我が輩もキャットフードなる食べ物を食べてみたいニャ!」


 などと二人が微塵の可能性も無い未来を馳せて、楽しく語り合っていると、床に魔法陣が浮かび上がった。

 突然、浮かび上がった魔法陣に二人は驚き、飛び跳ねると同時に解析を行う。

 床に現れたのは召喚用の魔法陣だと判明した瞬間、狂喜乱舞である。


「うっひょおおおおおおおおおおッ!!! 日本への召喚魔法陣だッ!」

「ホントかニャ!? 早速、飛び込むニャ!」

「いよっしゃ! 日本に帰る時がやってきたぜ!」

「そういえば今の力が無くなる可能性があるって言ってなかったかニャ?」

「細かいことは気にすんな!」


 かなり重要な話なのだが日本に帰れるとあって一輝は興奮しており、後のことなど全く考えもしなかった。


「行くぞ、オモチ! うおおおおおおおおおおおおお!」

「んニャああああああああああああああああああああ!」


 はやる気持ちを抑えきれず一輝はオモチを強く抱き締め、魔法陣へ身を投げるのであった。


 ◇◇◇◇


「ということなんだ」

「主語も述語もないですし、そもそも何一つ話してくれませんから分かりませんよ……」


 顔面が見事に粉砕されたゴルゴンスネイクの死体の前で一輝は自分を召喚した雫に過去のいきさつについて語ったのだが、完全に自己完結しており、全く話にならなかった。


「ところでお嬢さん」

「はい」

「ここはどこですか? 日本だと思って召喚されたんですが……」


 魔法陣を解析した結果は日本への召喚だった。

 しかし、いざ召喚されてみれば見たことも聞いたこともない場所で、さらにはゲームか漫画でしか見たことのないような大蛇がいるではないか。

 一体ここのどこが日本だと言えるのだろうかと一輝は不思議で堪らなかった。


「日本ですよ? ここは間違いなく」

「いやいや、お嬢さん。嘘は良くないよ。あんなでっかい蛇が日本にいるはずないって。川〇探検隊にだって出てこないよ、あんなの」

「はあ。えっと、〇口探検隊が何かは知りませんがここは本当に日本ですよ?」


 何度、問い質しても雫はここが日本だと言う。

 流石に一輝も彼女が嘘を吐いているようには思えず、ジンワリと嫌な汗が背中に流れる。


「も、もしかしてここは俺の知ってる日本じゃない?」


 その可能性が一番高い。

 所謂、パラレルワールドだ。

 一輝は自分の知らない日本に召喚されてしまったとショックを受けて呆然とする。


「あの、とりあえず外に出てみませんか?」

「外? ここは外じゃないの? どっかの洞窟みたいな感じだけど……」


 周囲を見回す一輝の目に映っているのはゴツゴツとした岩肌が目立っている洞窟内部。


「ここは確かに日本ですけど新宿ダンジョンと呼ばれている場所ですから、もしかしたらえっと……失礼ですがお名前は?」

「あ、そうだった。自己紹介がまだだったね。俺の名前は臥龍岡ながおか一輝いっき。気軽に一輝って呼んでいいよ」

「え~っと、それじゃあ、一輝さんで」

「ところで、気になったんだけど新宿ダンジョンって何?」

「それも含めて説明しますから一度地上に出ませんか? ここにいたら、先ほどのようなモンスターが襲ってくるので、長話も出来ませんよ」

「そういうことなら了解。それでどうやって地上に出るの?」

「恐らく、この階層のどこかに転移ゲートがあるのでそこを目指します。ただ、ここが未攻略の階層なら地道に階段を登っていかなければなりませんけど……」

「簡単に説明して欲しいんだけど、ここって地下なの?」

「そうですね。新宿ダンジョンは地下に潜っていくタイプのダンジョンなのでここは地下ですね」

「じゃあ、天井をぶち抜けば地上に戻れるか……」


 雫の説明を聞いた一輝は上を見上げて拳を握り締める。

 見た感じ、ぶん殴れば破壊出来ると確信した一輝は膝を曲げて、跳ぼうとしたら雫に止められた。


「あ、待ってください!」

「んいぎッ!」


 間抜けな声を上げて一輝は体勢を崩して転ぶ。

 後ろに転んだ一輝は心配するように見下ろしてくる雫に目を向けた。


「何で止めたんだ? あれくらいなら多分、簡単にぶち抜けるんだが」

「上に人がいるかもしれませんし、ダンジョンを故意に破壊するのは危険かと思いまして……」

「何かそういうルールでもあるの?」

「いえ、特に決まりはありませんが……」


 決まりがないのであれば天井を破壊して、真っ直ぐに地上へ向かった方が早いだろうと結論を出した一輝は再び立ち上がり、拳を握り締めて膝を曲げた。


「ご主人様、ご主人様」

「ん? なんだ、オモチよ」

「身体が透けてるニャ」

「へ?」


 言われて一輝は自身の身体を見下ろすと、まるで幽霊のように足が透けていた。


「な、なんじゃこりゃー!?」

「あ、もしかしたら魔力切れなのかも……」


 事情を知っているであろう雫に一輝は近付き、彼女の両肩に手を乗せた。


「な、何か知ってるのか!? 俺はどうなるんだ!? 嫌な予感がビンビンするんだが!」

「お、落ち着いてください、死ぬわけではないので。ただ、元いた場所に戻るだけですから危険なことはありませんよ」

「それは困る! 元いた場所になんて戻りたくない! どうにかならないか!?」

「ご主人様、魔法でどうにか出来ないかニャ?」

「干渉出来ないんだよ! 恐らくだが次元を移動した弊害で魔法が使用出来なくなってる!」

「でも、力は健在ニャ」

「そっちは素の身体能力だからな! でも、魔力は多分この次元のものとは違うから干渉出来ん! 魔法を使うなら、解析して干渉出来るようにしないといけないが……もう時間が無い!」


 先程までは足だけが透けていたのだが今は腹の方まで透けてきている。

 このままでは雫の言うとおり、元の世界に戻ってしまう。

 そうなったら最後だ。もうこの世界には戻って来れないだろう。


 雫は召喚石を使い果たしているので、ここから一人で帰るなど出来るはずがなく、一輝がいなければ死が待っている。

 唯一の希望である雫が死ねば一輝は二度と日本には帰ってこられない。


「一応、方法がないわけにもないんですが……」

「なんだ!? 何か方法があるのか!?」

「今は召喚石で召喚しているので仮契約みたいなものなんですが、私と正式に契約すれば元の世界に戻らなくて済みます……。でも、これにはデメリットもあって――」

「そんなことはどうでもいい! さっさと契約しよう! 俺はもうあの世界には帰りたくないんだ!」

「で、ですがデメリットの説明がまだ――」

「そんなこと言ってる場合か! 見ろ! もう顎まで消えかかってるんだぞ! 早く契約してくれ!」


 本契約には色々と制約があるのだが雫としても一輝がいなくなると死に直結するのだ。

 この際、多少のデメリットは無視して契約を結ぶしかないと雫は目を瞑り、覚悟を決めた。


「分かりました! 本来は推奨されてませんが緊急事態ですので!」


 ガリッと自分の親指を噛んで血を垂らすと雫は一輝の口に押し込んだ。


「我が命運、我が魂は汝と共にあり! 血よりも濃き、いにしえの誓いにて我が名に従え!」

「んむぅ!?」


 次の瞬間、消えかけていた一輝の身体が元通りになった。

 これで一安心なのだが先程、雫が並べた言葉が不穏に感じ、一輝は彼女に問い掛ける。


「あの~、さっきの呪文みたいなのは?」

「アレは召喚獣と契約を結ぶ呪文です。先程も言いましたが本来は推奨されていない魂の契約ですね。デメリットは私と一輝さんは一心同体となり、どちらかが死ぬともう片方も死にます」

「つまり、君が死んだら俺も死ぬと?」

「はい。逆も然りです」

「なんてこった……」

「で、ですので守っていただけると大変ありがたいです」

「そんな説明を聞いたら死ぬ気で守るよ……」


 運命共同体、一心同体、一蓮托生、そのような関係になった二人。

 一輝は目の前にいる非力な少女をこれから先、一生守り抜くと誓うのであった。

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