▼【追加話】 三十路の女が、愛を知って、幸せを享受する。

 今、私は幸せの真っただ中にいる。

 こんな私がこんなに幸せでいいのか、と怖くなるくらい。

 同棲を始めたというか、私が誠一郎さんの家に転がり込んだだけだけど、新生活に何の不安も不満もない。

 もちろん合わない部分もあるけれども、彼は全てにおいて私に寄り添うように合わせてくれる。

 しかも、「遥さんに合わせられるのがうれしんです」何て言ってくれている。

 不満なんて出るわけがない。

 ああ、でも、自分には何もないから、私に合わせるのは楽だ、とも言ってたっけ。

 もう何もないわけでもないのにね。

 んー、しいて言えば、もっと私を自由にしていいのに、私はあなたのものなんだから、とは思うけど、これは時間が解決してくれそう。

 だって、ただ慣れてないだけだもの。

 慣れてくれれば、いいだけの話でしょう?


 けど、誠一郎さんは、する必要もない背伸びを、私のためにずっとし続けてくれている。

 私に似合う男になる、と未だに言ってくれている。


 正直、悪い気はしない。


 けど、そんなこともう必要ない。

 私が、私こそが彼に似合う女にならなくちゃいけないくらいなのに。

 誠一郎さんはそれくらいまっすぐで真面目な人。

 人としては私なんかが比べるまでもなく素敵で尊敬できる人。

 それでも、誠一郎さんは努力することをやめない。

 私のために努力し続けてくれる。

 努力を辞めたら何もない人間に戻ってしまうからって。

 でも、たまには休んでくれてもいいのにね、その時があれば私が甘やかせてあげたいと思う。


 そして、私以外、本当に何もない人。

 かわいそうなくらい本当に何もない。

 彼の言う通り、誠一郎さんには本当に何もない、それは嘘じゃない。

 たぶん、親を自分の運転する事故で亡くしてしまった時から、彼の心は壊れてしまったのかもしれない。

 だから、だからこそ、私は私の愛を彼に注ぎ込める。

 私の愛だけで空っぽの彼を満たしていくことができる。


 それがたまらなく嬉しい。


 私って、こんなに独占欲あったのか、って思うほど、嬉しくてたまらない。

 正直ゾクゾクする。たまらない。

 そんな人だからだろうか、私のことを一日中考えてくれている。

 それは私もだけど、多分彼は私以上にずっと私だけを考えてくれている。

 それはもはや執着と言っていいかもしれない。

 私にとっては、それも嬉しくてしょうがない。

 もっと私を見て欲しい。もっと私を愛して欲しい。そう思えてしまう。

 もちろん、今でも彼は十二分に私を愛し、私だけを見てくれている。他の女なんて本当に眼中にない。それもちゃんと理解している。

 だけど、人間って欲深い生き物でしょう?


 もっと、もっと私を愛して欲しいと、つい考えてしまう。


 本当に私は酷い女だ。こんなに愛されているのにもかかわらず、もっと求めてしまう。

 強欲にもほどがある。

 茜の言う通り私はメンヘラなのかもしれない。


 彼と愛を育むとき、彼はたまに苦痛に満ちた表情を浮かべる時がある。

 その表情を私は知っている。

 彼が嫉妬に苦しんでいるときの表情。

 どうしても、脳裏から離れてくれない、と言ってたっけ。

 けど、私はその表情に安心する。

 だって彼は私に嫉妬してくれているんだから。


 私を愛してくれている一番の証拠でしょう?


 だから、私は彼を抱きしめる。

 安心させるように。私こそ離さないように。決して失わないように、もう二度とそんな想いはさせないと誓いながら。

 嫉妬してくれるのは嬉しいけど、彼が私のせいで苦しむのはやっぱり心が痛む。

 その罪悪感が私の愛をより一層深めていく。

 

 結局、誠一郎さんとの出会いは運命だった、いや、私が神様に助けてと願ったからこそ、出会わせてくれたのかもしれない。

 とはいえ、失礼な私ははじめ彼の顔をまともに見ていなかったけどね。

 初めて目が合った時、運命の鐘は本当になったの。

 今、私がこうして彼と幸せを享受できるのは、すべて必要な事だったと今となっては思う。

 だって、自分で言うのもなんだけど、昔の私では誠一郎さんの魅力に何一つ気づくことはできない。

 昔の私では外見で誠一郎さんを判断してしまうから。

 だから、なるべくしてなった。今はそう思える。

 いろんなことを、酷い体験した私だからこそ、彼の魅力にやっと気づけた。それだけはあいつらに感謝してる。

 それを考えると、すべてが必要なことで運命だったと今は思える。

 

 …………


 そういえば、あいつら地方に飛ばされたって茜に聞いたけど、あいつらの奥さん達から、まだ慰謝料とかも一切請求されてこない。

 その辺よくわからないままなのよね。

 茜が上手くやってくれたのかしらね?

 それともこれから来るのかしら?

 まあ、今となっては奥さんたちが怒る気持ちが痛いほど理解できる。

 もし、彼が、誠一郎さんが他の女とそういう関係になったりしたら、私は頭がおかしくなってしまうかもしれない。

 よく誠一郎さんは耐えれたと思う。今は茜が必死に止めようとしてた理由がよく理解できる。

 ただあの時は私も必至で、ああするしかなかったんだって、思い込んでいた。

 やっぱり相手が誠一郎さんじゃなければ、こんな結果にはなってないよね。

 だからこそ、誠一郎さんにもう迷惑かけないようにしないと。

 もし、慰謝料を請求された時は頼りたくないけど実家を頼るしかないか。

 継父に頼るのは嫌だけど、誠一郎さんに迷惑かけるよりはね。

 今の私は職を失ったただのニートだし。頼るざるを得ないよね。

 あー、それよりも誠一郎さんのことも紹介しないといけないよね。

 やっぱり年の差あると反対されるのかな?

 一番の難関はママだよね。多分、反対するはず。あの人も顔で人を判断するから。

 まあ、ゆっくりと説得していくしかないよね。

 今の私も彼以外何もいらないと胸を張って言えるんだから、そんなの苦難でも何でもない。


 やっぱり私はメンヘラなのかしらね?

 でも誠一郎さんも偏愛的だし、お似合いってことよね?

 じゃあ、もう、やっぱり運命ってことで良いよね。

 ふふっ、運命だって。

 私も彼も、確かに鐘の音を聞いたんだから間違いないよね。

 今はこの幸せができるだけ長く、永遠と続いてくれることを願うだけでいい。

 早く帰ってこないかな。

 今日の料理は何を作ってあげようか、なんでも喜んでくれるから楽しみ。

 ああっ、早くあの人の笑顔が見たい。

 この幸せがずっと続きますように。

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四十二歳の冴えない男が、恋をして、愛を知る。 只野誠 @eIjpdQc3Oek6pv7

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