普通の日本人
浮島龍美
プロローグ
普通の日本人、それは日本で暮らしている日本国籍を持った人達の事だ。
入管に脅えて暮らす事も無ければ、国外に強制的に追放されることも無い。なぜなら「日本国籍」を持っているからだ。
彼らは一見して穏やかで、波風を立てず、日々を粛々と生きる人々のことである。
自らを「中立的」だと称し、政治や社会問題に「関心がない」と言い張る。選挙には行くが、よくわからないからと無難な候補に投票し、ニュースは見ても深く考えない。ただ、日々の生活が穏やかであればそれでいいと信じている。
だがその裏側にあるのは、強者に媚び、弱者を嘲るという、極めて分かりやすい構図だ。「空気を読む」という言葉で思考を止め、「長いものには巻かれろ」という言い訳で自己保身に走る。そして過去の過ちには蓋をし、忘れたふりを決め込む。
その姿は、あの『はだしのゲン』に登場する鮫島伝次郎と重なる。
戦時中は軍国主義に加担し、戦争に反対する中岡一家を迫害しながら、敗戦後は「平和主義者」として政治の舞台に立つ——まさに時代と立場に応じて仮面を付け替える「普通の人間」の象徴である。
そんな「普通の日本人」は特定の属性に限定されるものではない。彼らは年齢、出身地、性別、学歴、職業、収入、地位とは無関係に社会のあらゆる場所に根を下ろしている。
大日本帝国の時代、高度経済成長期、バブル期、そして現代。
時代が変わっても、彼らの本質は変わらない。彼らの無関心、迎合、沈黙が、いかに多くのマイノリティを傷つけ、排除し、時には同化させてきたか。
「人権」も「民主主義」も、本来なら血を流して勝ち取るべきものであった。
しかし戦後の日本にそれはなかった。ただ勝者から与えられた「棚からぼたもち」の民主主義があっただけだ。そしてその恩恵を「当たり前」として享受する彼らは、それすらも時に鬱陶しく感じ、拒絶し始める。
そう、彼らは根っからの権威主義者なのだ。自らの立場を脅かすものには、いつだって敏感で、冷淡だ。
首都圏に住むある家族もミソジニーな考えを持つ単身者も戦時下でありながら慎ましく生きる翼賛一家も関東大震災で被災し、自警団を結成する者もそしてやんごとなき一族の女性だってそうだ。
この物語はそんな「普通の日本人」たちの姿をあぶり出し、その周囲で生きるマイノリティたちの声なき声を描く物語なのである。
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