神妖百継語り
七尾八尾
同調 1
私の名前は
このご時世、女・ひとりで廃墟探索なんて配信でもしていなければ危なくて出来ない。ある意味で、自己防衛を含めての配信というヤツだ。
して、今回来たのはカハギ山にある廃旅館しののめという所。ここでは、過去五度の死亡事件があったそうだ。
子どもが三人、大人が二人、目立った共通点は無しで時期もバラバラ。だけど、死因だけは同じ。
『顔が壁ですりおろされていた』
自らすりおろしたのか、はたまた何者かがすりおろしたのか、警察から発表はされていないが中々に不可解だ。何者にも気づかれず、目撃者すらおらず、絶叫もせずに頭をすり潰されるなどと言う事が起きうるだろうか?
とはいえ、死因に関しては与太話と言えば与太話の範疇だろう。警察が正式に発表をしていない以上、すりおろされたというのは何処かでついた尾鰭の可能性もある。
「はい、という訳で今回はしののめ旅館に来ています!」
胸に付けたライブカメラと配信状況を確認するスマホ、そしていざという時のスタンガン付きのライトで、適当なトークをしながらゆっくりと入口に近づいて行く。
「雰囲気ありますねー……前の配信の時も言ったと思うんですけど、ここって5人亡くなられてるんですね」
「という訳で正面玄関ドン、こっちの和風の建物は増築前の旧館と呼ばれる所だったみたいですね。ちなみに、こっちでは事件は起きていないみたいです」
そう言いながら、カメラを円形状に動かし全体像を把握しやすくする。こういった気遣いは見ている人にとって大切だ。
「事件がおきたのはこっちのコンクリート作りの比較的新しい新館の方。一説によれば、このビルを立てた事が何かの怒りを買ったんじゃないかとか、そんな説もあります」
リアルタイムの視聴者は30人、悪くない数字だ。何かでバズってくれたらありがたいんだけどなぁ……。いやでも、バズは宝くじって先達も言ってたし、地道に行こう。
「じゃぁ、まずは旧館から」
そう言って、旧館の宿に手をかけると、少し気になる事があった。
「あれ?」
足跡、それも比較的新しい。
「足跡が、ありますね」
……流石に鉢合わせは無い筈。そう自分に言い聞かせながら、扉に手をかけてゆっくり開く。
視聴者達もざわめき立って、逃げろとか何か居るとか人の方がヤバいぞとか色々な言葉を言っている。そうは言いつつも、皆その先を期待しているのは理解出来る。だからこそ、進む。
「足跡は、中に続いているようです」
視聴者数もジリジリ伸びている、皆口では色々言いつつ気になるのだ。
「えっ?」
古めかしい木造りの受付に、開放的なラウンジ。まだそこまで朽ちた様子の無い建造物だが、その異変に思わず息を吸い込んでしまった。
線香の匂いがする。
「あの、あの、動画だと分からないんですけど、今ココスゴイ線香の匂いがします。えっ、もしかしてヤバイ?戻った方が良い?仕込みは無いです、はい」
匂いは奥の部屋から続いている気がする。どうしよう、進むべき?
コメントを見れば、進めというコメントと戻れというコメントは半々ほど。だが視聴者数は50人に達した。普段35人ほどの私のチャンネルにおいては、相当盛り上がっている方だ。
「いっ……きます……」
鉄は熱いうちに打てという言葉もある。たかが50人、されど50人。ここからバズの可能性もあるとすれば、進まない理由にはならない。
「見て下さい、鳥肌滅茶苦茶立ってます。これ仕込みじゃないです……えっと、とりあえず進んでみます」
死んだわアイツとか、犠牲者の家族来てるんじゃないの?とか色々なコメントが流れて加速していく。それと同時に、私の緊張もどんどん大きくなっていく。
「見えますか?これ、靴跡です」
真新しい足跡は長い渡り廊下の方に続いており、壁にかけられた地図によると梅の部屋へと通じる道のようだ。
「梅の部屋に続いているみたいです、行ってみたいと思います」
ギシリ、ギシリと床をきしませながら歩く。緊張で口から心臓が出そうな錯覚、吐き気が喉元までジリジリ熱を持って上がってくるような感覚。
何度もツバを飲み、地面を確かめるようにゆっくりと前に進む。
「ヒッ!?」
長い廊下の先、ギシリと床が軋んで一瞬何か部屋から黒い影が此方を見た。
「い、今の見ました!?」
『見えない』『何か動いた?』『男?』『黒いの見えた?』流れるコメントを見ると、何人かは見えたようにも見える。同時に流れるヤバイの大合唱。
もう戻った方が良いとは思う、思うけども純粋に気になる。
「スタ、スタンガンあるので、行ってみようと、思います」
緊張でゆっくりしか喋れなくなっている。コメントが更に加速し始め、視聴者が70人を超えた。承認欲求が満たされるなどよりも、ヤバイという気持ちとそれを上回る好奇心が私の足を進ませた。
そうだ、私はこういう物が知りたくて配信者になったんだ。
「いきます」
渡り廊下を一歩づつ進む。
線香の匂いは強くなり、恐怖感が強くなっていく。
胸が強く脈打ち、耳の中に心音が反響し続ける。
「渡り廊下を、渡り切りました。足跡と匂いはあの部屋に続いています。誰かいませんかー?」
一応声をかけてみる………返事は無――――。
パン。
手を叩く音が響いた。
「ヒッ」
言葉が詰まる。何かが居る。
ドンドンと二度何か大きな揺れが響き、パラパラと天井からホコリが落ちた。
「ヤバイ、何か居る!!何か居る!!」
これ以上は無理だ。私はそう感じて全速力で走り出す。スマホをチラ見した所視聴者は100人に達していたが、正直それどころではない。これ以上は命の危険がある。そう感じて、とにかく早く走る。
「ヒッ、ヒッ、ヒッ」
目頭から知らず涙が流れた。確かにアレが何かを見たいが、これ以上は無理だ。心が持たない。
玄関から飛び出て――――飛び出て……。
「え?」
外に出て思わず放心してしまった。真っ昼間である筈なのに、外は暗い。太陽が出ている筈なのに、雲も無いのにまるで空にサングラスでも掛けたのかという暗さ。
「なんっ……で」
焦りスマホで配信を確認すると時刻は昼、だが同時に電波が何故か途絶えて居た。
「おかしい、おかしいでしょ!?」
何か起きている。だけどその何かが分からない、不安だけが積み重なって息が出来なくなる。胸を押さえて、腰がへなへなと地面へと吸い込まれていくのを感じた。
落ち着け、落ち着け、落ち着け、冷静になれ。とにかく一度外には出れたんだ、このまま戻れば良い、戻れば良いだけだ。
「あの」
「―――――」
声が出ない。人の声、私以外の人の声。真後ろから聞こえた人の声。振り向けない、振り向けない。恐怖で体が動かない。声が出ない、声が出ない。
「不法侵入は良く無いですよ」
「っ………ひ、ひと?」
人間の声、普通の人間の声だ。私は恐る恐る振り返ると、そこには……妙に顔の良い怪しげな人が居た。
「迷い込んだって感じじゃないですね、撮影にでも来ましたか?」
私の撮影機材を見て、小さくため息をつく男の人。黒髪で……二十五歳ぐらいだろうか?ジーンズにシャツというラフな格好で、手には……なんだろう?アタッシュケースとお金で出来た剣?
「あの、貴方は」
「県から依頼された祓い屋です、名刺は必要ですか?」
そう言うと、彼はポケットから名刺入れを取り出し一枚私の前にゆっくりと翳す。
「神妖祓い屋、
「ええ、それで、貴方の名前は?」
「あ、えっと、
「めんどくさいタイミングで来ましたね、立て込んでてこっちの仕事終わるまで此処から出れないですよ。電波も届きませんし、それにアレが居ますから」
そう言って、彼はこの旅館の入口を指さした。
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