書けない作家のひとりごと:エッセイ風小説

空宮海苔

第1話:キャラクターは作者の分身? 投影先?

 カランカラン、とドアベルが鳴った。

 木製の扉から入ってきたのは一人の少女だ。

 見たところ、十代後半といったところだろうか。


「お邪魔しまーす」


 白銀の髪、美しい碧眼をしている。

 髪は腰の少し上くらいまで伸びており、艶っぽく輝いている。


 青いローブと、ラベンダーのロングスカートをなびかせ、コツコツと革靴の足音を響かせながらカウンターに近づいた。


「お、いらっしゃいませ」


 また、店の中で退屈そうにしていた一人の男がそちらに気づいて返事をした。

 こちらも、彼女と同年代程度に見える。


 顔立ちは普通、髪も瞳も黒色だ。

 服にはベージュのエプロンを着ており、下には紺色のリネンシャツが見える。


「でさ。レイバー、ここって何?」


 と、少女がレイバーと呼ばれた男に向かって、不思議な質問をした。

 彼女は、それを知ったうえでここに来たのではないだろうか? また、ここのことを知らないのであれば、なぜ店主のことだけは知っているのだろうか?


 それにしても、この店自体は確かにずいぶん不思議な見た目をしている。

 軽く見た印象では、小綺麗な喫茶店といったところだろうか。木製のはりや床、それに隅に置かれた観葉植物が、暖かな雰囲気を醸し出している。

 カウンター奥には近代的なドリップコーヒーメーカーが置かれており、棚には豆が何種類も置かれている。ただし、その棚の隅には、魔術に使う液体が入った試験管のようなものも散見された。

 さらには、右側のカウンター奥にはなぜか本棚が置いてあり、魔術の教本に料理本というあまりみない組み合わせの本や、それに加えて雑学系の本がたくさん並べられていた。


 さて、それじゃあそろそろこの奇妙な空間の答え合わせと行こうか。


「そうですねぇ、それを説明するには、この真面目な雰囲気をぶち壊す必要がありますね」

「うわ、急に雰囲気変わった」


 リコーダーの音が急に外れるような、何か整ったリズムが崩れるような感覚があった。

 まあ要するに、ここからエッセイの始まりということだ。


「そりゃあ、エッセイなのにずっと真面目な雰囲気でやるわけにもいかないでしょう?」

「そうだけどさぁ……というか、エッセイって基本地の文だけで語るヤツじゃないの?」


 典型的な『エッセイ』といえば、基本なにかのキャラクターは出てこない。作者の過去の話や、自分の考えを筆者の口から語っていく形が多いだろう。


「これはあくまでエッセイ『風』ですから。好きにやりたいんですよ」

「ふーん。そっちのほうがやりやすいみたいな話?」

「ええ、そんなところです。普通のエッセイも一回やってみたんですが……どうもしっくり来なくて。こっちのほうが楽でした」

「そうなんだ……変なの」


 コーヒーを啜って興味なさげに返す。辛辣である。


「一応キャラに作者を投影して話しているような形ですね。とはいえ、作者個人の過去話なんかはする気がないですが。あくまで創作論専門です」

「投影かぁ。要は自己投影って話だと思うんだけど、昨今そういう手法っていい意味では聞かない気がするけど、大丈夫なの?」


 レニルによる完璧な導入が行われた。


「まあ確かにそうですね。ですが、個人的には自己投影というのはそんなに悪い話ではないと思っています」

「へぇ、ちょっと意外かも」

「まあそもそも、定義の仕方によっては、私のこれはいわゆる自己投影とは違うものになるのですが」


 レイバーはどこか遠回しな言い方で否定する。


「……なんか変な言い方」

「私の感覚としては、これも投影ですから――そもそも、キャラなんて作者の知識や経験をもとに作るものですから、自分を投影してなんぼでしょう」


 自分を投影してなんぼ、とは今日日聞かない表現ではあるが……


「じゃあ、具体的にはどう投影してるのさ?」

「いえ、投影の仕方自体は、どの手法も大して変わりないと私は思っています。変わっているのは、自分を客観視しているかどうかではないでしょうか」

「客観視……というと、今私があんたの話を否定してるみたいなこと?」


 レニルは考え込んで、訊いた。客観視というのは、自分のことを他の人から見た視点でも考えてみることだ。その中には、もちろん否定的に自分を見ることだって含まれる。


「その通りです――こういうのがないと、キャラクター全肯定展開みたいなのができちゃいますからね。レニルさんも少し心当たりがあるのでは?」

「……あー、まあなんか主人公がちやほやされすぎててちょっとご都合感が強い作品はたまに見るね」

「でしょう? だから、読者から都合のいい妄想だと見抜かれにくくするために客観視はどの作品にも必要だ、と私は思っています」

「客観視が必要なのは分かったけど――その言い分だと、まるで全ての作品が都合のいい妄想みたいじゃない?」


 レニルの鋭い指摘が入る。


「良い着眼点ですね。それも間違いではないと思いますよ」

「すごいこと言うね」

「そりゃあ、物語だろうと多くの人はハッピーエンドを望むでしょう? それはつまり『妄想』を求めているのとほとんど同じではないでしょうか?」

「でも、ほとんどの作品は妄想だなんて言われて――あっ」


 レニルはそこまで言って、気がついた。最初に『都合のいい妄想だと見抜かれにくくなる』と言っていたことを。


「気づいたようですね。つまるところ『都合のいい妄想を、筋の通る妄想にする』のが客観視――ひいてはリアリティであると私は思っているわけです」

「……なるほどねぇ、見方を考えれば、全部妄想だし、全てのキャラが作者の投影先なわけね」

「結局、創作なんて一人で考え出した全部空想ですからね。そうでない側面もあるといえばありますが」


 編集者なんかはその代表例だろう。とはいえそこについて言及すると長くなるのでそこはまた今度。


「その空想に、客観視にるリアリティをひとつまみ入れることで整合性の取れた『面白い作品』ができるのではないかと私は考察しています」


 所詮はただの妄想だが、それのリアリティを上げているからこそ、評価されるような作品ができあがるという解釈なのだろう。


「だから、私の過去作でも大抵は自己投影しています。例えば、自作のヒロインキャラは、大抵私の持つ感情のうち一つを担当していたりします」

「なんか担当って言い方やだなぁ……」

「自覚はありますけどね。あまり綺麗な話ではないですし」


 むしろ、表では出せないようなきれいではない話だからこそ、作品に昇華する、ということだろうか。


「それで気持ちが落ち着くなら、いいとは思うけどさ」


 複雑そうな表情で、軽くコーヒーに口をつけた。


「例えば、過去作の『空願う少女』の主人公カノンは、私の持つ『能力に関するコンプレックス』について描いていますからね」


 指をくるくると回しながら語るレイバー。


「うーん、でもそういうの、純文学っぽくない?」

「私も少し思っています。ジャンルとしてはライトノベルになるでしょうが、要素としては純文学よりですかね」

「へぇ、なるほどね」

「とはいえ、こうして『自身の中にある一つの要素をもとにキャラクターを作る』というのは、純粋に書きやすかったりもするんですよ」

「そうなんだ」

「はい、この手法を使えば、実質『自分のことを書く』ということになります。であれば、自己分析さえできれば一番繊細に書けるんですよ」


 その自己分析がかなり難しかったりするのだが、それはまた別のお話。


「細かく書ける分、クオリティも上がる、ってことか」

「はい。とはいえ、肝心の投影先が私と性別が違うのはまた変な話なのですがね」


 はっはっは、とレイバーは面白そうに笑った。


「へぇ、感情の投影先の性別が違うんだ。それはちょっと不思議――というか気づいちゃったんだけど、女性キャラがそうなら私も何かの感情を担当してるの?」


 何かに気づいてしまったかのように、レニルがつぶやいた。

 もしそうであるならば、少し気味が悪かった。


「いえ、そこは大丈夫です」

「あ、そうなんだ」


 ほっ、とレニルは息をついた。


「代わりに、私の性癖が詰め込まれているだけですから」

「ねぇ気持ち悪いんだけどやめてくれる?」


 心底気持ち悪そうに、すごい剣幕で否定するレニル。


「……流石に傷つきますよ」


 どこかいたたまれなくなったのか、隣に積まれたコップを一つ取り、磨き布で磨き始めた。


「あ、うん、ごめん」


 レニルは若干の呆れ顔で謝った。


 ちなみに性癖についてだが、銀髪碧眼サラサラストレートロングヘアー、毒舌、意外と冗談を言う、実は優しいなど――


「地の文さん、ストップ。それ以上やると殺すよ?」


 あっはいすみません、へへへ。


「……第四の壁がいともたやすく破られていますね」

「地の文がキモいのが悪い」


 彼女が返事をしてから、数秒の間静かな時間が流れた。

 少し冷めたコーヒーが、けれども湯気を立てている。


「……急に沈黙が走るね」


 レニルはひじょーに嫌そうな表情で訊いた。


「まあ、『これって面白くないのでは?』と不安になってきた頃ですから」

「……大丈夫か小説家」

「小説家は正気に戻ると死にます」

「最悪な人種だなおい」

「あくまで私という小説家は、と補足させてもらいますけどね。主語を大きくしすぎるのも良くないですから」


 磨いていたコーヒーカップを置いて、レイバーは続けた。


「――そして、この会話すら、別に面白くないのではと苦悩している最中です」


 はぁー、と深くため息を吐いてからレイバーは言った。


「別に面白さ求める必要なくない? このクソエッセイに」


 とんでもない爆弾発言である。


「まあそうなんですが……どうしても気になるんですよね。しかしながら、これは理論の問題ではないので、どうしようもないです」

「うーん、ま考えても仕方ないことってあるよね」


 レニルが返すと、また数秒静かな時間が過ぎた。


「……さて、こんなんですからそろそろ終わりにしますか」

「はいはい。じゃ、次のに持ち越しということで」

「はい、ありがとうございました」

「読者のみんなも、ばいばーい」


 あっこっちに手を振ってきた。

 ばいばーい。


「……そこに読者は、居ますか?」


 レイバーがあわれむような表情で、レニルの肩をトントンと叩いて言った。


「……ごめん、やっぱなんでもない」


 しゅんとした様子のレニルが肩を落とし、店から出ていった。

 意外と合間に飲んでいたのか、コーヒーカップの中身は既になくなっていた。


 作者の描写不足とも言う。


 カランカラン、という悲しげにも聞こえるドアベルの音だけが店内に残った。

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