空から落ちてきた物語 ドラゴン編
にゃべ♪
第1話 山に落ちたドラゴン
俺は凹んでいた。前日に動画を見すぎて寝不足だったためにバイトでヘマをしてしまったのだ。そのせいでバイトリーダーにむっちゃ怒られた。気分は最悪だ。ああ、どうして俺はダメダメなんだ。
前の会社が倒産したからとは言え、30でバイト生活とか。本当にこの先で復活出来るんだろうか。今は景気が悪いからなあ。バイト先だっていつまでも安泰とは言えない。て言うか、その前にクビになるかもな。はぁ……。
「あはは……」
落ち込んだ時は空を見上げればいいって言う誰かの言葉を思い出す。誰だったかな。ネットで見た言葉だったのかも知れない。まぁ真相はどうでもいいや。
確かにその言葉は正しかった。見上げた俺の目に映った満天の星空は、ただそれだけで心を満たしてくれた。星空って不思議だ。あの空の果てに何億とかそれ以上の星が浮かんでいる。訳が分からん。世界は神秘に満ちている。
「えっ?」
星空をぼうっと見つめていたら、視界を横切るほうき星。流れ星だ。俺は流星群以外でそれを見た事がなかった。このタイミングで見られるなんてラッキーだ。
俺は、すぐに例の流れ星のジンクスを思い出す。
「ま、漫画家にっ……」
普通、流れ星は一瞬で消えてしまう。俺は全て言い切れないと思って途中で言葉を切り上げた。しかし、その星は消えなかったのだ。
ゆっくりとゆっくりと落ちていく光の玉を俺は目で追う。すると、近くの山に落ちたようだった。ここからでもそんな遠くない。あそこは頂上に展望台もあるから、整備されていて登りやすい山だ。
「行ってみっか」
俺はあの流れ星の正体が気になり、山に登る事にした。展望台はライトアップもされていて、つまり夜でも登りやすい。何の準備もなくても大丈夫。
俺は、軽い気持ちで自分の好奇心を満たす事にする。
「夜にこの山を登るのは初めてだ。なんか新鮮だなぁ」
途中までは整備された道を登ればいい。夜の登山道は誰もいないので、ちょっとした貸切状態だった。そのまま登っていくと少し焦げ臭い匂いが漂ってくる。俺はその匂いが流れてくる方向に足を伸ばした。
もうすぐ流れ星の正体が分かると思うとすごく胸が高まる。一体何が空から落ちてきたと言うのだろう。
「人工衛星が落ちたのかな? それともUFO?」
期待に胸を膨らませながら匂いの元に近付くと、赤い炎のようなものが見えてきた。燃えているけれど周りに延焼はしていない。炎特有の熱も感じられない。
その不思議な現象に、俺の好奇心は更に刺激された。
「これはえらい事だぜ……」
ゴクリとつばを飲み込みながら、俺はついに落下物の正体が分かる所まで接近する。
そこで俺の視界が捉えたのは――巨大な赤いドラゴンだった――。
「ちょ、マジかよ」
初めて見るドラゴンは全長が30メートルを超えていそうなほどの巨体だ。上空からの落下でかなりのダメージを受けたのか、ピクリとも動かない。
ただ、その存在感だけで俺は腰を抜かした。人生で初めて身動きが取れなくなった。
「し、死んでんのか?」
腰が抜けた状態で、俺はこのレッドドラゴンをじっくると観察する。ファンタジーだと最強クラスに強かったりするこのドラゴンは体に弱い炎をまとわせてはいるものの、まぶたは閉じているし今すぐに動き回ると言う事はなさそうだ。
それに、明るいからこそ見えてきたのがその身体につけられた無数の傷跡。もしかしたら、勇者的な存在に攻撃されてこの世界に逃げてきたのかも知れない。
安全を確信出来たところで、ようやく俺は立ち上がる事が出来た。ドラゴンに気付かれないように周辺を歩いて全体的な観察に入る。スマホで撮影しても良かったものの、シャッター音が刺激になるかも知れないとジックリ肉眼だけで観察。
周囲を何度も歩き回って分かった事と言えば、このドラゴンがゲームなどでお馴染みの姿をしていると言う事。背中に大きな羽が生えていて、恐竜のような体型。頭には短めの角が一対。今はふせっているけど、多分後ろ足で立ち上がる事が出来る。口から炎も吐きそうだ。
「マジかよ……」
このドラゴンに遭遇してから、俺は何度同じ言葉をつぶやいたか分からない。て言うか、「マジかよ」以外の言葉を発せられる訳がなかった。いや絶対おかしいだろ。ドラゴンなんて実在するはずがないんだから。
頭は否定しても目の前にいるものは否定出来ない。壮大な催眠術にかかっているとでも言うのだろうか。俺は逃げ出す事も出来ず、ただただこの巨大な異形の獣を見つめていた。
ずっとお見合いをし続けていても埒が明かない。確かドラゴンは人語を解するはずだと、俺は話しかけてみる。
「お、おーい。大丈夫ですかー?」
しかし返事はない。やはり死んでいるのだろうか。しばらく反応を待ってみたものの、無反応だったので少しずつこのドラゴンに近付く。好奇心半分心配半分と言ったところだろうか。
触れるところまで距離を縮めると、新たな事実が判明した。
「あ、熱くない?」
ドラゴンはその体に弱い炎を纏わせていたものの、全く熱さを感じなかったのだ。もしかしたらこの炎は熱を持っていないのかも知れない。
そこで確証を得た俺は、更に一歩踏み出す。そうして手を伸ばしてみた。
「やっぱりだ……」
ドラゴンの肌に直接触れると、そこで指が感じ取ったのは人肌の温度。熱いどころかどこか優しい温かさだった。
安全が確認出来たところで、今度は両手でドラゴンの肌を触る。確認するようにじっくりと。ベタベタと触りまくっていたところで、ドラゴンの炎が爆発した。
「うわっ!」
この爆発に驚いた俺はすぐに距離を取る。幸いこの現象で熱を感じる事はなく、俺は全くの無傷で済んだ。まぶしさにまぶたを閉じながら、俺はこの状況について分析する。
この急激な炎の暴走はつまり、ドラゴンにはまだ意識があり、俺が触った事でしっかり反応したと言う事を意味してのだろう。
そう、このドラゴンはまだ生きている。
炎の暴発は一時的なものであり、体感1秒程度で視界は戻ってきた。まぶたを上げるとそこには巨大な異形の動物はおらず、代わりにいたのが赤髪の女の子。うつ伏せで倒れており、髪は腰まで長く、お約束のように全裸だった。
「ちょ……」
この後の展開を想像した俺は、悪い予感が現実化する前にと山を降りる。何かしらの厄介事に巻き込まれる気がしたのだ。今なら見なかった事にすればいつもの生活は守られると。
そうして見慣れた景色まで戻ったところで、突然強い罪悪感が襲ってくる。
「いや、あのままにして良かったのか?」
人の姿になったと言う事は、能力も人レベルに弱体化しているのかも知れない。それを放置して逃げてしまった。あの山にヤバい動物はいないはずだけど、もし何かあったとしたら――。
俺は勇気を振り絞ると、もう一度あの少女の元へと向かう。
「の、乗りかかった船だ!」
しかし、戻ってみるとそこには少女の姿はなかった。当然、ドラゴンの姿も。俺は狐につままれたような気がして、そのまま山を降りる。
「一体何だったんだ?」
家に着く頃には、流れ星を見た事すらすっかり記憶から抜け落ちていたのだった。
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