3-4「涙の行く末」

 聞き慣れない爆音と悲鳴。

何かが起きたのは明白だ。

しかしその何かがどうにも嫌な想像しか浮かばない。

不安な気持ちを拭うようにルークは首を振って歩を進める。

きっとみんな大丈夫だ。

そう信じてボロボロになった木の間を抜け、ルークは目の当たりにした。

腹を貫かれ悶える魔女と────……胸に一本の金属が刺さったナイトを。


「ナイト!」


 ルークの声を聞くと気持ちの糸が切れたのかナイトは大きく口から血を吐いて倒れた。

すぐに近くにいたカイザーが走り寄る。


「……まずい。この位置は心臓に当たってるぞ…!」


 決してふざけていないのが分かる声色。

その声からは真実でしかないのだろうと理解できた。

すぐに走り寄ったルークはナイトに顔を近づける。


「ナイト! ナイト!」


 ナイトの瞳は細く閉じかけていて意識は曖昧なようだった。


「なんでこんな事に!?」


 動揺を隠し切れないルークはカイザーに視線を合わせる。

カイザーも複雑な表情のまま答えた。


「俺が隙を作ってコイツがトドメを指しに行ったんだ。目で追えないレベルのスピードでな。恐らくあまりの速さに相手の動きなんざ見えてなかったんだろう」


 少しだけルークより冷静なビショップにはよくわかった。

カイザーは錬成魔法が得意。

刺さっている材質からしてダイヤモンド並の硬度の武器で隙を作ったのだろう。

となればその破片を魔女が利用してカウンターをおこなった………といったところだろう。

しかしナイトの状況を見ても悠長にはしていられない。


「誰か“回復魔法”を使える人は……!」


 意味のない質問だ。

回復魔法は緻密な魔力のコントロールとその性質をそもそも持って生まれる才能が必要だ。

誰でも彼でも使えるものではない。

ましてやここにいるのは魔女狩りになったばかりの新人隊員のみ。

そこまで都合良くいる筈もないのだ。


 「このままじゃ……」


 ビショップは唇を噛み締めた。

去年から何も変わっていないじゃないか。

【神童】だなんだと騒がれても助けられない人がいる。

それじゃあ意味がない。

そう思っていた筈なのに、また目の前で人の命が散ってしまおうとしている。

しかも殆ど一人で魔女を撃退せんとする有望な少年がだ。

 ビショップはゆらりと立ち上がり、【新月の魔女】を守ろうと集まる使い魔に視線を向けた。


雷中級魔法ビリバチ…!」


 ビショップの右手に現れた黄色の魔法陣からは放射状の雷が指向性を持って使い魔を捉える。

鳴り響く雷鳴は正しく“神鳴り”と呼べる程の轟音を轟かせ、使い魔の悲鳴一つ聞こえない。

数秒と経たずに目前の使い魔達は塵と化した。

【神童】ビショップ・クリムゾン・クローバー。

本人は謙遜するが、その実力は確かに本物なのだ。


「流石……!」


 カイザーは息を切らしながらビショップの一瞬の戦いを称賛した。

 生物の音が少数になった森の一角でビショップはルークに視線を向ける。。

彼の今の心情は如何なものだろうか。

傍から見ても“親友”と、そう表せる程の友人が今、死に瀕しようとしている。

それも目前で苦しみ悶える【魔女】の手によってだ。

自分なら許せない。

ただ森に来ただけ・・・・・・の事で親友が殺されそうになったら何をするかは分からない。

ルークのように人を想う人間ならきっと尚更だろう。

ビショップは疑う事なくそう思っていた。

しかし、実際のルークの反応は全く想像していないものだった。


 「何で……」


 ルークの大きな瞳から一筋の涙が流れる。


「何で……私達は傷つけ合わなきゃならないの……?」


 その発言はビショップにとって衝撃だった。

ルークの口調・・が変わっている事に気づかない程に。

ルークは友を傷つけられた事を怒っているのでない。

友が魔女と傷つけ合った・・・・・・事に悲しんで・・・・いるのだ。

それは仕方のない事。事実優しい心を持つビショップでさえ気に留めた事もなかった。

しかしルークは……ルーシィにとっては違った。

例え【魔女】でも【魔女狩り】でも同じ人間なのだ。

ルーシィはその事に涙を流した。

ビショップの中の何か・・が崩れる音がした。

そして【新月の魔女】もその涙に言葉を失った。

唯一、ナイトだけがその光景を閉じかけた瞳から眺め、小さく笑う。

 瞬間。ルーシィの涙が一滴地に零れた。

一見普通の悲しき涙の光景。

しかしこの後起こった事を、その場にいた者達は決して忘れる事は無いだろう。


 「え?」


 零れた涙は金色の波紋を呼び、湧き出る泉のように広がった。


「こ…れは?」


 波紋はルーシィを中心に光を放ち、その中にいた者達の傷をたちまち癒やしてみせた。


「まさか…“純正の魔法”……“光の精霊魔法”か!?」


 ビショップは貫かれた筈の傷が塞がっていくナイトを見る。

つい先程まで顔は青ざめ、血の気の引いていたナイトの表情はみるみる内に生気を取り戻していくではないか。

近くにいたカイザーもその傷はまるで元々無かったかのように消えていた。

ビショップはルーシィに視線を戻す。


「君は……何者なんだ?」


 しかしこの状況にはルーシィでさえ驚いて言葉を失っていた。


「え? これ……何が起きてるの?」


 口調の戻らないルーシィの背中を優しい手が叩く。


ルーク・・・。集中しろ。まだ終わってねぇぞ」


 その言葉は少し離れたところでその身を起こそうとしていた【新月の魔女】の事。それとルーシィへのメッセージだった。

ルーク・・・は立ち上がった【新月の魔女】を見た。

魔女は何かを考えているように立ち尽くす。

ふと、目線を上げると【新月の魔女】は言った。


「……“光の精霊魔法”は本人の無意識と意識に直結した魔法だという………私を癒やしたのは貴様の無意識の本音・・なのだろう」


 死にかけた傷を癒やされた事を感謝するかのような口調。

しかし表情は鋭いものだった。


「貴様のような人間が幾人もいるならば魔女狩りは敵ではなくなるだろうな………だがそうはならない…! 我らの歴史の確執はそんな簡単に拭われない!」


 【新月の魔女】は傷と一緒に回復した魔力を一気に解放する。

その様は正しく“魔女”。異常な程の圧力がその場を支配する。

ふと、ナイトはルークの肩を叩いた。


「お前の………いや、ルークの優しい気持ちは伝わったよ。俺にもアイツにも」


 ナイトはゆらりと立ち上がりルークに背を向けて立つ。


「けどそう簡単にいくようなもんでもねぇ」


 もしルークの気持ちを一発で汲んでくれるなら今、魔女とこの国の確執はここまでのものではないだろうから。

ナイトは心でそう続けて力を込めた。


「待てスノードロップ! 君もそうなのかも知れないが敵は魔力が回復してるんだ! 勝てる訳がないだろ!」


 しかしナイトはニヤリと笑う。

分かってるのだそんな事。

だが今この場で可能性・・・がある者はナイトしかいない。

立ち向かう他ないのだ。

ナイトだけでなく誰もが心の中ではそう思っていた────……。


「まぁ……歴史ってのは根深いもんだからな」


 宙から聞こえたその声が耳に入るまでは。


「あんたは……【無敵】の……ヴェゼール?」


 森の更なる上空。ヴェゼールは冷徹な目で睨んだ。











 ほんの少し前。ラパは増え続ける使い魔の対応策が浮かばずに天を仰いだ。


「……え?」


 すると驚く事に宙には一人の人間がポツンと浮いていた。


「誰や…?」


 普通の人間は飛ぶ事などできない。

確定で魔女狩りだが、飛行魔法は使える者とそうでない者がいる。

選択肢は限られる筈だ。

そう思いラパは目を凝らした。


「………あ! もしかして総長の…!」


 その人間が誰か気づいた瞬間横から誰かに呼ばれている事に気づく。

あっけらかんと振り向くと目前に使い魔の一体が迫ってきていた。

 忘れていた。今は戦闘中だったのだ。

情けないながら死を直感した。

 カイがラパの名前を叫んで仲間の目前で悲惨な光景が起きる。

そう考えていた瞬間にはつい先程まで眼前で爪を立てていた使い魔は消えていた。


「………え?」


 驚きと同時に瞼を閉じて開ける一瞬の瞬き。

その瞬間にはあまりの量に対応策すら浮かばなかった程の量存在していた使い魔が跡形もなく消えていた。


「何が……起きてる?」


 仲間の死を目の当たりすると思った時には気づけば戦う相手は消失していた。なんていう訳もわからない状況にカイは辺りを見渡す。

すると次の瞬きの後には5人の中心位置に一人の男が立っていた。

反応などする事もできない。

そもそも移動した事を知る事もできなかった。

男はゆっくり振り向く。


「ここの敵はこんなものか?」


 その冷たく低い声と高い身長に的確な事のみを聞く言い回し。

忘れ難い圧倒感。

【無敵】の男、ヴェゼールは何事も無かったかのようにそこに立っていた。

あまりの衝撃に質問の答えを忘れていたカイはハッと気づく。


「あ…はい! 恐らくこの森のどこかに魔女が……」

「そうか。なら休んでろ」


 簡潔に会話を終わらせるとヴェゼールは再び空に飛び立った。

今起きた事を脳が説明できず全員ポカンと思考を停止させる。

ふと力が抜けたようにラパは砕けた足で地に尻をつけた。


「よう分からんけど………マジのバケモンやん……」


 ラパの言葉に各々の肩の力もストンと脱力される。

そしてそのすぐ後、森の奥の方から不思議な暖かい光が放たれた。


「今度はなんなん!?」












 空の上から眺めるようにヴェゼールは宙に立っていた。

しかしその存在を確認するや否や【新月の魔女】は雰囲気を変える。


「【無敵】のヴェゼール!」


 一瞬で整えられた臨戦態勢からすぐに攻撃は放たれた。

しかしその攻撃はヴェゼールに届く事なく空中で霧散する。

訳も分からず見ていると気づいた時にはヴェゼールはナイトと【新月の魔女】の間に立っていた。


「なっ…!?」


 次々と理解の及ばない事が起きる。

いやそもそもその光景を観測する事すら憚られる。

何が起きている? なぜここにヴェゼールが?

考えても答えの出ないナイトはただ次の展開を待った。


「………お前は【新月の魔女】か。名前は知らないが、どうだ?降参する気はあるのか?」


 ヴェゼールは冷徹な態度で敵を睨む。

しかし相手も怯む事なく答えた。


「降参……? する訳ないだろう…! 目の前に同胞殺しがいるというのに!」


 気圧されないよう立つ魔女を見てヴェゼールは冷たいため息を吐く。


「まぁそれもそうだ。降参した奴を見た事はないしな。そう簡単に平和にはならねぇ・・・・・・・・


 そう言って前に出された右手には味方でさえ身の毛のよだつような異常な力を感じた。

そしてその場の全員が理解した。

魔女は死ぬ。と。

 一番近い距離でヴェゼールの魔力の流れを感じていたナイトは思った。

この男はまるでオーケストラのようだと。

静かなる静寂の中、突然全身が毛羽立つように音が響いてくるような。

しかしその音には驚き以上の高揚感がある。

突然の事なのに止め処無く流れる音には聞けば分かる不思議な統一感があって、その音は音楽・・になる。

たった一人のオーケストラ。

たった一人の集大成。

そんな異常さをヴェゼールには感じたのだ。

 そしてルークも思った。

彼は天体そのものだ。

空のような広さとも、太陽のような明るさとも違う。

そこに輝き、異質を放つのは一つに限らない星星の群であり、全てを飲み込むブラックホールのよう。

彼は天体で、宇宙だ。

そんな未知の恐怖をヴェゼールには感じたのだ。


 「天体魔法 核熱球エ・シェック・エ・マット


 ヴェゼールの右手から放出された魔法はその先数百メートルを粉塵と化す程の熱を放ち、たちまち森はその姿を半分にした。

ここが国境で森を抜けた先が荒野だから成立している。

そんな恐怖そのものの力。

【無敵】の男は静かにその真新しい水平線を眺めていた。











 突如終わりを告げた魔女との初戦闘。

終結は【無敵】と恐れられる男の無慈悲で圧倒的なチェックメイト。

ルークやビショップは森にバラけた仲間と合流してそれぞれの怪我の具合を確認していた。


「じゃあみんな無事なんだね…! 良かったよ…!」


 仲間達と安全を確認して安堵するルーク。

ラパはケロッと答える。


「いやいや、聞いたでルー君。なんかケッタイな魔法使うてみんなの怪我治してくれたんやろ? 感謝感謝やん」


 ふざけているようできちんと感謝の意を示す。

理由の半分くらいは照れくさいからだろうか。

ルークもまた照れくさそうに笑った。


「僕自身もよく分かってないんだ。偶然の産物だよ」


 一見謙遜しているように見えなくもないが事実、ルークにはあの時の魔法の正体はいまいち分かっていなった。

しかしラパは戦いが終わった事に対してか、嬉しそうに話を続ける。


「ナイティも一回魔女倒してんねんやって? いやぁ凄すぎやわ二人共。俺なんか自分の事とちゃうのに嬉しいもん」


 楽しげに語るラパに続くようにコニーも話に入った。


「ホントだよぉ! 僕はルーの魔法見てたけどホントに凄かったんだからね!」


 キャピキャピとはしゃぐ二人。

カイは話に乗っかったつもりで空気の読まない事を言う。


「全くだ。二人がここまで強いと今後はウチのストロベリー班にも戦闘系の任務が増えそうだな」


 的確な未来予知にラパは嫌そうに肩を落とした。


「な…なんて事言うねん……俺寿命毎日縮むでそんなん……」


 しかし隣のコニーは気合いを入れたように自身の両手を強く握る。


「ぼ…僕らも強くならなきゃね!」


 三者は三様の想いで結末を語った。

 そんな中褒められている筈のナイトの顔は曇ったままだった。


「………」


 その表情の意味は実にシンプルな、悔恨の想い。

みんなは一度は勝ったと持て囃すがナイトにはそうは思えなかった。

何せナイトもルークと同じく戦っていた時の状態を説明できない。

あの時、何故か自分からは魔力が止め処無く溢れ出て自身の力の底を感じなかった。

何より溢れ出るその魔力は戦う為のもの・・・・・・とも言える程に異様な破壊力を持っていた。

あれは何だったのか。

それが分かり習得し得るまでは【新月の魔女】に勝ったとは口が裂けても言えない。

 ナイトは静かに下唇を噛み締めた。












 ナイトが頭の内を整理していた頃、ルークも同様に考え事をしていた。

 ヴェゼールにより消し飛ばされた森の半分。

実はそのすぐ後、ルークは一人で先に続いた水平線を進んでみた。

するとそこには辛うじて肉体を残している【新月の魔女】が息絶え絶えと倒れていた。


 「………大丈夫……ではないよね」


 ルークの言葉に【新月の魔女】は精一杯の強がりでニヤリと笑う。

ルークはしゃがみ込んで顔を近づけた。


「僕は………ルーク。誰が聞いてるか分からないから正体までは明かせないけど……貴女を助けたいと思ってる。もしさっきの僕の不思議な力について知ってるなら教えてくれないかな? 助けになると思うんだ」


 普通なら騙し討ちの罠の発言。

しかしルークの真っ直ぐな瞳がこの言葉が嘘でない事を裏付けていた。


「………何者なのか……知り…たかったがな……」


 【新月の魔女】は焼けた喉で続ける。


「貴様は………随分と変わって……る……魔女と魔女狩りは………恨み……憎しみ合っているもの……だぞ……」


 ルークは尚も真っ直ぐと気持ちを答えた。


「僕はそれが何故・・なのか知りたい。だから恨みのない貴女にも死んでほしくないんだ…!」


 可笑しな事を言うイカれた少年。素直にそう思った。

しかし何故か嫌いにはならない。

この少年の言う事を聞いてみようかと思ってしまいそうになる程に。

 しかし【新月の魔女】は力一杯不敵に嗤った。


「私は【新月の魔女】デュース・オスマンサス!例えこの命尽きようとも敵に気を許す事はない!魔女とは……そういう気高い存在なのだ!」


 死にかけの人間には思えない異様な威圧感。

ルークは言葉を出せずたじろいだ。

しかしふとデュースは笑う。


「魔女の気高さを忘れるんじゃないぞ………魔女狩りの少女・・よ……」

「え…!」


 その言葉を最後に、【新月の魔女】デュースの閉じた瞳が開く事は無かった。











 ルークは一人の魔女の最期を見た。

それは自らの死を嘆くのでも憂うのでもない。

ただ彼女はその死を受け入れて気高く散った。

手を差し伸べれば生き永らえたかも知れない。

けれども彼女にとってそれは敵に頭を垂れるという事になる。

それは【魔女】という存在の誇りを捨てるのと同義。

だから彼女は死を選んだ。

美しく、気高い心を持ってその命を燃やした。

理解はできない筈なんだ。

何故なら“死ぬ”とは“終わる”という事だから。

死んでしまえば愛する人と会う事はもうできない。

友人と笑い合う事もできない。

死ぬのは怖い事。

決して自分から選んではいけない事。

そう考えている筈なのに、あの時ルークは確かにその気高さを“美しい”と感じた。

価値観が変わった……のとは違う気がする。

ただ一つ言えるのはまだルークに分からない事、理解の及ばない事が多過ぎるという事。

彼女の誇りに思う気高さも。その最期を美しいと感じた自分の感性も。

まだ知らなきゃいけない事は山程ある。

今はただそれだけが言えるだろう。

 ルークは大きく息を吐いて瞬きをした。


「もっと強くなろう」


 小さな決意は仲間の耳にも入り、仲間達は頷く。

 ルークは一歩、真っ直ぐではない角度に歩を進めたのであった。










 そして後日。ルーク達ストロベリー班とビショップはヴェゼールに呼び出された。


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