第49話:優しく賢い

 ……ええ?

 死んどるん、って。それはつまり、気づいていなかった?


「あの、今は?」

「ごめん。たぶん池でって、ごまかすのもどうかと思うて言ってしもうた。そのことでヘイちゃんと話したいみたい」


 しゃがんだまま、よちよちと足を動かしたウイさんはこちらを向く。同時に脇の誰か——了を俺との間に立たせる。


「ほうか、知らんかったか。そういやあ俺も、ちやんと話さんかった気ぃするの」


 玲菜と話して、玲菜には了が見えなくて。むしろそれが演技のように、いまだに思う。

 おそらく信じたくないだけで、だから分かったフリをしたのかもしれない。


「悪かった。すまん」


 両膝をつき、頭を下げる。すぐにウイさんが「ううん」と否定を声に出す。


「なんでヘイちゃんが謝るん、て。お化けの格好にならんかったけえ、僕も分からんかったって」

「お化け?」


 ちょっと首を傾げ、すぐに思い至った。どこでだったか、そんな話をしたなと。

 お化けと友達になりたいようなことを言っていた。たぶん絵本に出てくる、白いシーツを被ったような可愛いアレだ。


「ほうか、お化けにはならんのんじゃの」


 残念だったなと言いかけて、口ごもる。ならなくていいと考えて、もう遅いと目を瞑る。


「池に落ちた時、痛かったけどママに叩かれるほうが痛かった。痛いっていうか——うん? しんどいん? じゃけえ、死んだの分からんかったって」


 通訳を果たしてくれるウイさんが、胸を押さえるのも了の真似か。たしかに又聞きの俺でも押さえたくなるけれど。


「じゃけえ、ごめんね。ヘイちゃんに——うぅっ。ヘイちゃんに、僕死んどるって言えんくて」


 俺を見ているようで見ていない、彼女の顔が悲痛に歪む。漏れた嗚咽をひと息で呑み込み、数秒遅れでその意味を教えてくれる。

 了も泣いているのだろうか。それともまだ、本当の意味では理解していないのか。

 見たい。

 知りたい。

 両手の爪を膝に食い込ませて堪える。


「ばっ、バカなこと言うなや。了が悪いわけないじゃろ」

「ずっと一緒って言うてくれたけど、無理じゃねえ。ヘイちゃん、死んだらいけんもんねえ」


 段々と、ウイさんの声が了そのものに思えてくる。こうしていると、すぐにも彼の声を忘れそうな気がした。

 それはダメだ、耐えられない。しかし話をしない選択もない。


「死ぬくらいなんでもないわ。じゃけど俺、了を捜すけえ。お前と一緒に海行って、ひまわり見て、色々してからのほうがええじゃろ?」


 大きな池だが、きっと見つける。墓も立てる、のは言わない。


「だってお前。なんかしてくれるいう約束、もう守ってくれたじゃろ。俺が先にするいう話じゃったのに」


 湯摺課長の家へ乗り込んで、どうなる計画だったか知らない。結果は最善に近く、この上に約束を破っては格好にもならなかった。


「ん? どしたん?」


 いつもの了なら素直に、すぐさま喜んでくれるところ。ウイさんは耳打ちを受ける風に、耳もとへ手を添える。


「ええと、なんか凄い申しわけなさそうにしとる。それで、一緒にってくれるん? って」

「当たり前よ。了のおかげでなんでもできるようになったけえ、思いつくだけやろうで。なくなっても、何か考えて。そうじゃ、了に字ぃ教えちゃるわ。筆談ならできるじゃろ」


 先ほど涙を堪えたウイさんが、グズッと鼻を鳴らす。今度は噴き出すように口角を上げて。

 けれど、答えはなかなか返らない。やがて困り顔の彼女が、何度か首を縦に動かしただけで。


「よっしゃ。ほしたら明日すぐ、じいちゃんとばあちゃんのとこ帰ろうで」


 祖父母に迷惑をかけたくない。だから帰れない。

 そう言った了がありありと思い浮かぶ。死んだから、ではないのだ。

 母親に捨てられるような孫が居てはいけない。とかそんなことを、この頭のいい子は考えたに違いなかった。


 そうしてふと、思う。

 了の言った「僕と同じ」とは何だったろうと。てっきり復讐と思い込んでいたけれど、本当にそうか?


「了。お前、母ちゃんのこと——」


 そこまで言って、今度は俺が黙ることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る