第四話 私を残していくあなたへ

結婚できない少女達

 『花憑き』になったら結婚はできない。


 大昔から言われてきたことであり、ほとんどそれは、事実だった。

 一体どこの誰が、早死にする娘と結ばれたいというのだろうか。

 頭にある蕾は死神と言われ、不吉の象徴ともされているのに。


 『花憑き』は、誰かと添い遂げることはできない。

 ――故に、添い遂げの門出を祝う、美しいドレスを着ることもできない。


 けれども、その願いを叶えてくれる写真館が、ノーヴェの南にあるのだという。

 まるで『花憑き』達をからかうかのような噂で、でも確かに、その店は存在していた。


 『花憑き』も一人の少女。

 『花憑き』にも人生がある。


 そこは間違いなく『花憑き』が夢を見られる場所だった。

 彼女達に、王子様が来ることはない。しかし彼女達はこの写真館でお姫様になれるのだ。



 * * *



 『梟の目』。

 重々しく見える古風な扉。その上のこれまた古風な看板に、店名が刻まれていた。


 夕方前だった。学院からの帰り道、私はフィオリエと共についに噂の店に来たのだった。


「なんだか……よさそうなお店ね! お屋敷みたい!」


 フィオリエが腰まである黒髪を流しつつ、微笑む。爛々と輝く黒い瞳。向かって左目にある泣きボクロ。フィオリエの肌は白いのに、纏う黒色はどこまでも濃い。


 そして彼女の艶やかな黒髪にあるのは、細長くもよく膨らんだ、紫色の蕾。

 まるでフィオリエの喜びを示すかのように、その「死の象徴」はぴこぴこ揺れていた。


「シリアン、噂のお店は……ここで間違いないのね!」

「そのはず……」


 噂について調べたのは私であり、この店だと突き止めたのも私であるものの、未だ半信半疑だった。赤毛のポニーテールを揺らしながら、不安に首を傾げる。


「――あっ、ちょっと、フィオリエ……」


 が、対してフィオリエは、早速ドアを開けて中へ入っていく。ちりりん、とドアベルの音がして、私の制止の声をかき消した。

 容赦なく、おいていかれた――けれども、ここに来たがっていたのは彼女だ。仕方ないかと、私は一拍おいて続いた。


 フィオリエは、私と違って『花憑き』だもの。

 彼女はここに、夢を叶えに来た。


 意外に、と言うと失礼かもしれないが、店の中は整っていた。カウンターではすでにフィオリエと老人が何か話している。


「それじゃあここは、本当にウェディングドレスを着て写真を撮ってもらえる場所なんですね! 噂は、本当なんですねっ!」

「ああ、そうとも」


 老人が頷いたのを見て、ようやく私は噂が本当だったのだと思い知る。

 その店、写真館の中には、様々な写真が飾られていた。結婚記念の写真だろうもの、家族写真だろうもの、ペットの写真なんかも飾られている。風景写真もあって、まるで絵画のように美しく、綺麗に並べられた果物の写真なんかもあって、まるでポスターのようだった。


 並ぶ写真の中には『花憑き』の姿もあった。ドレスを着た、美しい少女の姿……。

 私には、彼女達の写真が新しいものなのか、古いものなのかは、わからない。


 でも思う。

 彼女達は、きっともう咲いたのだと。


 私がぼんやりそれらを見上げていると、不意に両手をまとめられぐいと引っ張られた。


「噂は本当だったのよシリアン! ここではウェディングドレスが着られるの! しかもドレスには種類がいっぱいあって、どれくらい悩んでもいいし……おまけにタダ! 魔法みたーい!」


 ホールで無邪気に回るフィオリエは、乙女そのもの。

 もっとも、これは魔法ではなく慈善活動的なものの一つであるし、こう言っては悪いがフィオリエが『花憑き』だからこそ受けられるサービスだと言えるだろう。


「ちょっとフィオリエ、なんか、はしたないわよ……落ち着きなさいよ」

「落ち着いてるよっ! 夢が叶うのよ、真剣よっ! 慎重よっ! 真面目よっ!」


 幸い、写真館には他の客の姿はなかった。もし他の客の姿があったのなら、フィオリエは奇異の目で見られていたかもしれない。


 私達は迎えてくれた老人――店主から説明を受けた。ドレスは数が多いため数日かけて悩んでもいいこと。事前に日時の合わせが必要であるものの、提携している美容院から美容師を呼べること。この撮影は無料であるものの、ドレスを汚したり破いたりしてしまったら、その時は弁償となること。撮影後、許可があれば店内に写真を飾らせてもらうが、もちろん断る権利はあることなど……。


「フィオリエ、ちゃんと話、聞いてた?」

「聞いてたわ、聞いていたわよ!」


 ついにドレス室に案内されるが、廊下で私はフィオリエを小突いた。

 フィオリエは私と同じで十四歳、ノーヴェ女学院の四年生だった。そうであるにもかかわらず、彼女はいつも、幼い子供のようだった。


「ねえ! シリアンは、どんなドレス着るー?」

「……本当にちゃんと話を聞いてた? 私は着ない。いい? あなたが着るの。あなたが主役なのよ……変なこと、間違ってもしないでね」

「――私が主役! 私が主役だって!」


 ころころ笑う彼女に、私の声は届いているのか、いないのか。


 ドレス室と店主が呼んだ扉が開かれる。その瞬間、眩しいほどの光が扉の隙間から溢れ出たように感じられた。それこそ、魔法のように。

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