パパ、久しぶり!

 あやめの家に着くと、孝典が洗車をしていた。夏の午後の刺すような日差しの中に浮かぶ虹を見つけたイリスは、しばらく目が離せなかった。


(きれいだな…空じゃなくても、虹があるなんて…。人間の世界って、不思議だな)


「お父さん、ただいま。この子、イリス!ね!私に似てるでしょう」

「本当だ。こんにちは、イリスちゃん。確かに似ているけど、イリスちゃんの方が、可愛いかなぁ」


そう言われて、イリスは、あいさつもできなかった。イリスは、人間の大人と話をすることが苦手だった。特に『お世辞』とういうものには、なかなか慣れない。


「もう!二人とも、可愛いって言ってよ!ねぇ、イリス」

「ハハハ、悪い悪い。二人とも、可愛い可愛い。イリスちゃん、ゆっくりしていってね」


 家の中に入ると、今日も甘い匂いがした。


「お母さん、ただいま!イリスも、一緒だよ」

「お帰り!今、ちょうどバナナケーキが焼きあがったところ。良いタイミングだわ。手を洗って、こっちにいらっしゃい」


キッチンから顔だけ出した智花が、笑顔で迎えてくれた。


 孝典も加わって、4人でティータイムが始まった。


「へぇ、誕生日まで一緒なんて、奇跡みたいだね。いや、奇跡というより、前世は双子だったりして。いや、もしかして、お母さん、本当は双子を産んだのか?ハハハ…」


孝典の冗談に、イリスは何と返事をしていいのかわからない。


「もう、お父さん。そんな冗談、イリスちゃんが困ってるよ。ごめんなさいね。イリスちゃんのお父さんは、きっとこんなくだらない冗談は言わないよね」

「パパは、庭を設計する仕事で、ほとんどこの世界にいない。だから、最近はおしゃべりもできないんだ」

「この世界?ああ、世界中を飛び回ってるってことかな?凄いなぁ」


孝典が、目を丸くした。


「ちっとも凄くなんかないよ。全然帰って来ないんだから、顔も忘れちゃうよ。アタイの誕生日だって、一緒に祝ったこと何年もないんだ。いいなぁ、あやめんちは、いつも楽しそうで」


イリスは、口をとがらせて不満を漏らした。


「そう、イリスちゃんさえ良かったら、いつでも遊びにおいでね」

「本当か?いつでも良いのか?」

「もちろん。あやめも、まだ新しい学校に慣れないから、仲良くしてあげて。そうだ、ケーキお土産に持って帰る?お母さん、食べてくださるかしら」

「良いのか?ママ、きっと喜ぶぞ!」



 楽しい時間を経て、帰宅したイリスを迎えたのは、パパのアイビーだった。


「うそ!信じらんない!パパ、いつ帰って来たんだ!」

「お帰り、イリス。長い間、留守にして悪かったね。ママから、聞いたぞ。人間の子と、仲良くなったって」

「そうなんだ。これ、その子のお母さんが作ったケーキだ。ママと一緒に食べようよ」


 久しぶりの親子3人のティータイムで、イリスは、誕生日会にあやめも呼ぶことを、アイビーに話した。


「そうか、それは良いことだ。イリスが、人間の子と仲良くなれないことが、パパにはちょっと悩みだった。魔界だけでは、生活しにくい世の中で、人間の社会でも、生きていく術を身につけないとな。でも、気を付けるんだよ。イリスも、十分わかっていると思うけど、魔族だと言うことが、絶対にばれないように」

「うん、わかってる。パパ、ありがとう」


イリスは、そう言うとアイビーに抱きついた。そのイリスの頭を、優しく撫でながらアイビーは言った。


「そこでだな。今日、帰ってきた理由はもう一つ。新しい魔エキを開発した」


そう聞くと、イリスはアイビーから、慌てて離れた。


「ママから、聞いたぞ。ここ最近は、吐き出すことが多いそうだな。今回の新しい魔エキは、かなり良くなったと思う。ママ、グラスを持ってきてくれないか」


アイビーが、大きな黒いカバンから、大きなボトルを取り出すと、イリスの顔が、大きくゆがんだ。


「何も、そんな顔をしなくても良いじゃないか」

「だって、酷いじゃないか!せっかく誕生日会のOKをもらって喜んでいたのに、一気に突き落とされた気分だ」


それを聞いたアイビーが、大きく笑った。その声は、家じゅうに大きく響き渡った。


 アイビーが注いだ魔エキのグラスを持ちあげたイリスは、鼻に近づけ匂いをかいだ。


「色は変わらないけど、匂いは、ちょっとだけ良くなった気がする」

「ちょっとだけか?まぁいい。飲んでごらん」


いつも通り、鼻をつまんで一気にのどの奥に流し込んだ。今日は、パパがいるからと、噴き出さないように努力したイリスだったが、やはり噴き出してしまった。


 慌ててタオルを差し出したカンナが、ため息をつくと、アイビーは、


「仕方がないなぁ。パパの力不足ってことか。また、研究所に戻って改良するよ。でも、今週はゆっくりイリスと過ごせるよ。イリスの誕生日を祝うために、休みを取ってきたから」


そう言って、イリスの頭を撫でた。


「ごめん、パパ。明日は、もう少し頑張って飲むよ。パパがいる間に、魔エキが飲めるようにしたい」

「本当にそうしてもらいたいよ」


カンナが、魔エキが飛び散った床を拭きながら、またため息をついた。

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