少年と契約

             1


非情豪雨ルースレス

 次の瞬間だった。菜花高校上空に展開していたドス黒い雨雲から、槍のような形をした雨粒が降り注いできたのだ。

「うわっ!?何だこの雨!?」

『あれはルイ大佐の十八番の一つ、「非情豪雨ルースレス」だ。あの槍型の雨粒には絶対に当たるなよ。あの雨粒はな、人間にのみ絶大な破壊力を持つ。少しかすりでもしたら、致命傷だ』

 まだ朝なのもあり、昇降口や校門付近には多くの生徒がいる。そんなとこに鋼鉄の雨が降ってくるのだから、悲惨な事態になるのは必然。当然の如く、あちこちから悲鳴が聞こえ、安全な校舎になだれ込んでいく。

「てか雨だったら窓から飛び降りたらだめじゃね!?」

『心配無用。俺の能力は先程示したように、”雷”と”電気”だ。雷の神速でここから逃げる。アイツが近くにいちゃあ、普通に捉えられる可能性があるからな』

「じゃあ早くっ!!ここから離れてくれッ!!痛いのはヤダ!!」

『オッケー任せとけ。しっかりつかまってろよ』

 次の瞬間、ユロの小さき身体に電気らしきものが纏い始め、やがて目では視認することが困難になるぐらいに輝き始めた。そして。

『神速』

 あまりの輝きにおもわず瞼を閉じた玲が次に見た光景は、学校から数キロ離れた河川敷だった。

「す、すげえ…!いまの1秒もかかってないぞ!?」

『まあ伊達に黒土にいた時代、最強のプラッシュドールって言われてたからな』

「いいなー俺もそんな異能力欲しいわ。特にその電気。その能力があれば一生金に困らないだろうし」

『金儲けのために異能力を手に入れようとするな。……てか俺はお前と契約するために今お前の前にいるのだから、なんならすぐに電気の能力は使えるのだが』

「あっ…そうじゃん!!じゃあしようぜ!契約!」

『まあその代わりお前には黒土こっちに来てもらうけどな』

「大丈夫だって。俺、浩介がいないこの地球に未練はないから」

『両親より友人の方が大事なのか…?―まあ良いか。えーっと、ここのボタンを押してっと…よし、ほら、手を出せ』

「わかった。っしゃあ、これで俺も異能力者だ!」

 ユロの手と玲の手が交わり、晴れて二人目の地球出身の異能力者が誕生する。

「さすがに見逃せないわッ!!」

「珠子ぉ!?」

『しまった油断したッ!?』

 …はずもなく、難なくどこからともなく現れた珠子によって、二人は大きく吹き飛ばされた。

「ななな、なんでここに…!?」

「私はね、あんたに言ってもわかんないだろうけど、”青の怪物”の遺伝子を体内に有してる。その青の怪物の遺伝子が与える力は水系の操作。自分の体が水になったり川と融合するなんて簡単なことよ」

『…玲。ここは河川敷だ。当然のことながら、近くに川がある。このままでは一方的に蹂躙されるだけだ。一旦ここから離れるぞ』

「た、頼む!」

 そう言いつつ、ユロは再び神速の構えを取る。

「二度も許すとでも?”氷壁アイスウォール”!」

『「いっっっったぁぁぁ!?」』

 しかし、神速で逃げられる前に、硬い氷の壁を展開されたため、見事二人は目に止まらぬ速さで壁に激突。あれだけの速さで激突された氷の壁は壊れていない。なんという硬度だ。

「まだ契約していない以上、私の優位は変わらないし、逃げても無駄よ。だからさっさとやられてほしいんだけど」

「いててて……お前、俺が死んで、もし、それが浩介にでも知られでもしたら、アイツ…今のままでも助けてくれる人が一人しかいないのに、誰も助けてくれない孤独の状態になるじゃねぇかよ!?」

「あんた、その助けてくれる一人なのかもしれないけどさ、実際あんた助けれてないじゃない。巨人から。むしろ浩介があんたを助けようとしていたのよ」

「なっ…浩介が!?」

「そう。浩介はそこにいるプラッシュドールと似た奴と契約を交わし、能力者となり巨人を倒した。そして、今、彼は黒土にいる」

 珠子は呆れたかのような冷めた目線で、玲に淡々と告げる。

「浩介には、今仲間がいる。孤独でひとりぼっちなのはあんたの方よ。玲」

「なっ!?」

「…もういいでしょう?さっさとやられて!―氷塊弾頭ミサイル!」

『ちぃッ!神速ッ!』

「小賢しいわねプラッシュドール…!」

 間一髪で即座に放たれたミサイルを神速で避ける。氷の壁を壊さない限り、苦戦を強いられる状況だ。

「そうね。玲はいつでも始末できるし……プラッシュドールから処理した方が楽ね」

「っ!!やばいッ!ユロッ!」

『くそッ!』

 次に玲が目の当たりにした光景は、アニメや漫画、映画でしか見たことがないような激しい戦闘風景だった。

 互いの攻撃が交差し、片方が傷ついたと思ったら、即座にもう片方が反撃し、良い分に持っていく。到底自分が介入できるものではないと本能で理解ができた。

 しかし、所詮は人間とぬいぐるみ(のようなロボット)。人はそれなりの傷を負っても動けるのに対し、ロボットは、当たりどころが悪ければ、それだけで停止してしまう。

「このっ!氷塊塔タワー!」

『ぐっ…あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!』

 そして、珠子の放った氷塊塔タワーにより、地上から、直方体の氷が勢いよく突き上げ、ちょうどユロの片腕にヒット。片腕は粉々に粉砕され、その突き上げられた衝撃でユロは宙に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「ユロォッ!!」

「あんたはそこにいなさい。氷塊鍵ロック

「て、手足がっ、動かない!」

 咄嗟に助けようとするも、四肢に手錠をかけられ、どうすることもできない。

 この状況下で二人が逆転する要素がないと確信したからか、珠子はこの上なく高らかに笑い、うつ伏せに倒れているユロを踏みつける。

「ねえ、スワームのゆうぅぅぅぅぅっしゅうなプラッシュドール君さあ。たかだか、あのオリバとか言うバカと互角って言われたこの私にタイマンで負けた今の気持ち、どうよ?」

『ち、地球にいた間は…何も動いていなかったから、な』

「敵に言い訳するの、意味ないと思うけど?」

『ちっ…』

「そして玲」

 ユロを踏みつけて行動を抑えつつ、玲に振る。

「た、珠子ぉぉぉ…!」

「あんたはここでおしまい。死んでもらうわ」

 無常にも玲の額に携帯されたピストルの銃口を突きつける。必死に足掻こうにも、軍人が持つピストルがおもちゃなわけなく本物なため何もできない。

「お、俺を殺して…何か良いことがあるのかよッ!」

「あるわよ。あんたはプラッシュドールと契約できる人材…。芽を今のうちに摘んでおくことで、後々のロンリー大帝国わたしたちの勝利に貢献できるのよ。あと、私の私情もあるけど…それは別にどうでもいいわ…」

「このぉぉぉぉ…!」

 人差し指が引き金に触れる。もう、そう命は長くない。そういえば、自分が死んだら家族はどうなるのだろうか。姉さんや母さん、単身赴任中の父さんは死んだことを知らないで今も仕事をしているのだろう。と、玲は家族に思いを馳せ、瞼を閉じた。

「じゃあ、そういうことで。―永遠にさよなrあぐぅ!?」

 だが、玲は死ななかった。閉じた瞼を開け辺りを見渡すと、そこには、一般家庭によくある冷蔵庫と、仰向けに吹っ飛ばされ、遠くで倒れている珠子がいた。

 玲に掛けられていた、珠子が能力で作った手錠は、珠子が吹っ飛ばされた衝撃で解除され、玲は自由の身となった。

『…ルイ大佐。テメェ舐めすぎなんだわ。この俺を』

「ユロ、お前今何したんだよ!?動けないはずじゃッ」

『俺の電気の能力はな、ただ電気を出すだけの能力じゃない。”電気、および電気を使用するものの全面的な操作”が俺の能力の全貌だ。そこの冷蔵庫は、いわゆる電化製品だろ?電化製品ならば電気を使うのも当然。だから操作ができるんだよ』

「つ、強い…!」

『それより、やっと隙ができたんだ。さっきの続き、今するぞ』

「さっきの?」

『馬鹿野郎、契約だよ。今やらないけりゃあ、いつやるだよ』

「そ、そうか」

 そう言いつつ、ユロは再び自身の身体に仕込まれているボタンを押し、契約をする準備をする。

「ま、まだかかりそうか?」

『ああ。さっき中断しちまったからか、回線がちとおかしくなってる。その間に奴が復活しなきゃいいんだがよ』

「お前そんなこと言うとマジで復活してくるからな…」

「その…通りよ…」

「うわあッ!?やっぱり復活しがったこの野郎!」

「あんたたち…生かしてはおけないわ絶対にぃッ!」

「やばいこっちに来るッ!は、早くしろユロ!」

『これでも早くしてんだようるせえな!あとちょっとなんだよ!』

 そうこう言っている内に、血眼になっている珠子が眼中に迫る。殺気なのか、はたまた冷気なのか、場の空気がぐっと冷たくなるのを玲は肌で感じた。

「さあ!死になさいッッ!そして玲!あんたは地獄で反省しなさいッ!」

『―よしできたッ!間に合えッ!!』

「ダメだッもう無理ぃっ来る!」

非情豪雨ルースレスアンド氷塊弾頭ミサイルッッッッ!!!!」

 槍形の雨粒と氷のミサイルが、同時に玲とユロに牙を剥く。契約の準備が間に合ってはいたものの、僅差で玲とユロの被弾が速かったようで、土煙を巻き上げながら爆音が響き渡る。

「―やったわ…これで帝国の勝利に一歩近づいた…。浩介も一人じゃないし、あとは死体と残骸を回収して本国に戻らないと…」

 土煙の中を掻き分けながら、珠子は死体と残骸の捜索をする。

 しかし、ここであることに気づくのだ。

「アイツらはたしかここに…っていない、いない!?おかしいじゃない!たしかに私は始末したはずよッ!そのはずなのに、どうしてどこにもいないのよッ!!」

 そう、いないのだ。どこにも。

 土煙がなくなり、視界が見えやすくなったうえでもう一度周りを見渡しても、いない。

「死体と残骸が動くなんて心霊現象じゃあるまいし、となるとアイツらは生きてるとしか…!でもどうやって…」

「『簡単なことさ』」

「ッ!?い、いつの間に背後に!?」

 いるはずもない珠子の背後から、突如として玲とユロが姿を現す。

「契約が間に合ったんだよ…あのときあの瞬間に」

「いや、ありえないッ!たとえ契約ができたとしてもッ…!」

『あの攻撃を瞬時に避けることはできないってか?』

「そ、そうよ!一体絶対どうして!?」

「『神速』」

 二人が告げた直後、一瞬にして珠子の背後に移動する。

「契約をしたことによって、俺もコイツの能力を使えるようになった。雷もとい稲妻の秒速は約200キロから10万キロ…。そんくらい避けれて当然だろ?」

「そんな…バカな…」

『バカな…じゃねぇよ実際起きてんだよ。―てか、さっきはよくもこの俺をコケにしてくれたなこの野郎』

「ひいっ」

『さっきお前言ってたよなぁ?「まだ契約していない以上、私の優位は変わらない」ってな。でも、それってよ。お前、契約されでもしたら敵わないって自覚してるってわけだよなぁ!?』

「珠子。さっきの分、今返すぜ」

 玲が手を天に掲げる。すると一瞬にして玲の周りに「バリィッ!バリバリバリバリィィィ!!」と超高圧の電気が纏う。その先程とは全く異なる勇ましい姿に、珠子は直感でこう思った。

「(無理よ…これ。どうやって玲にダメージを与えられるのよッ!?氷塊弾頭ミサイルで攻撃しようにも、非情豪雨ルースレスで攻撃しようにも、結局は避けられる。…ははっ。異世界の地で戦死って、笑えないわね…)」

「くらえこのクソ野郎ッッッッ!!神雷撃ゴッドールッッッッッッ!!!!」

 最初の威勢はどこへ行ったのか、完全に弱腰な考えになってしまった珠子をよそに、玲から極太の電撃ビームが放たれる。

 その瞬間、珠子は何を考えていたのか。ロンリー大帝国への言い訳か…いや違う。自身の両親への親孝行についてか…それも違う。

 解はこうだ。

「(なんで私、巨人に襲われてた浩介を助けなかったのだろう…。玲はあんな状況で助かるなんてことは考えれないし、彼を好きならば、恥の思いなんか張り切って助けなきゃ、もしかしたらあそこで彼は死んでしまったのかもしれないのに…)」

 想い人への後悔の思い。死が目前になっているのにも関わらず、過去の自分への行動を嘆く。

 そして、後悔と浩介への想いを自覚し、軍人としてではなく、一人の女として、ルイ大佐ではなく、片瀬珠子として、死を受け入れ、極太のビームが珠子を身を包むように、直撃した。


              2


 ……ここは、地獄。

 普通そこは天国やろ、と思うかもしれないが、軍人は所詮、天国へのチケットを手に入れることなど不可能なのだ。

「ん……んぅ…。地獄にしては、やけに好待遇ね…」

 珠子は、到底地獄にあるとは思えない、保健室にありそうなベッドから足を下ろす。……………………保健室?

「そういえば、やけに匂いも保健室まんまなような…」

「よう、珠子。具合はどうだ?」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ!?!?!?!?!?!?!?」

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?!?!?!?」

『うるっっっっっせぇなテメェらぁぁぁ!!!!!!』

 地獄にいるはずがないであろう、玲と、ユロがなぜかおり、その事実に驚愕する。

「なななな、なんでここにいるのよッ!?ここは地獄よッ!?」

「お前…何言ってんだ?目覚めたばっかりで混乱してんのか、はたまた頭が逝ったのか?」

「んなわけないじゃないバカッ!!」

「いやテストの順位は俺の方が上だが」

「テストマウントはどうでもいいのッ!なんでっ、あんたた

ちも死んでんのよアホッ!!」

『ハッ…バカ言え。あんたたち”も”って、それはつまり、玲がお前を殺したって言いたいのか?』

「そうじゃないわけ?」

「ここは日本だ。たとえ地球であるまじき能力を持っている者でも、人を殺したら皆平等に囚人だ。そんなことをするわけないだろ?」

「じゃ、じゃあここは…」

『”菜花高校の保健室”だよ、やっと理解できたか』

 そう、ここは地獄ではない。菜花高校保健室だ。つまり…。

「私は…―死んでないッ!?」

『だからそうだって言ってんだろうが』

「でもっ!たしかにビームは私に当たって…!」

「殺すつもりがなかったら、そのビームで死なせるわけにもいかないからな。手加減してた。…まあでも、初めて能力使ったし、あんましうまく制御できなかったんだけどな。そのせいで珠子を気絶させてしまった…すまん」

「あ、別に謝んなくても…てか謝るべきなのは私で…。あんたはあんな緊迫した状況で、巨人に捕えられたあの状況で、浩介を助かるなんて無理だった。…それなのに私はあんな酷い事を……本当にごめんなさいっ」

『―これにて一件落着…ってか?』

「まだまだまだ。…それで珠子。折入って頼みがある」

「なに?」

 玲はベッドにドンッと手を置き、今までにないぐらいの真剣な眼差しで珠子を見つめ、内容を語る。


「お前、黒土の人間なんだろ?”黒土への行き方”知ってんだろ?」


「ええ…まあ…」

「なら良かった!俺とッ、ユロを黒土に行かせてくれないかっ!?」

「いいわよ」

「はやっ」

「でも…そこのプラッシュ…いや、ユロも行けるじゃないの?」

『いや、俺は行けない。俺らが、ここと黒土を行き来するときに使うワープホールは、あいにく持ち合わせていないんだなこれが』

 ユロは手でまんまるを作り、ワープホールを、そしてバッテンを作り、ワープホールを持っていないことを示す。

「でも、それだと、私が使うワープホールの転移先は勿論ロンリー大帝国。浩介は契約プラッシュドールの使うワープホールを使ったはずだから、つまりは浩介はスワーム大共和国側…。つまりは敵対するのよ?それでもいいのなら別に構わないんだけど……」

「『構わねえ、頼む』」

「そ、即答……。―なるほど、浩介に対する気持ちは同じって事ね…。分かったわ!準備が出来次第行きましょう!」


 ―こうして、もう一人のプラッシュドールの契約者が誕生した…。

 そして……場面は移る。

 

              3


「っっっっっあぁぁぁ疲れたー!」

 あまりの長期の戦闘がひとまず落ち着き、浩介は羽を休める。戦闘の結果としは、互角。そもそも浩介一行が介入しなかった時点では、戦況は壊滅的だったため、ここまで互角に持っていけたのは非常に素晴らしい戦果だ。

『おい大佐。弾の補充、刃の研ぎ澄ましはしたか?』

「当たり前だろ?一つの忘れが戦況を負に導くからな」

『さすが大佐と言ったとこだな…。―おい浩介。お前も準備手伝え』

「断る。疲れt

「生首ィ…城の一番目立つとこに晒してやろうか…?」

「すんません今やりますッ!」

 怠惰な態度を取った瞬間、とんでもない形相をしたオリバが、浩介の首筋に刀を向ける。味方に刃を向けるなんて、なんてクソ野郎だこの大佐は。

「―ん?」

「どうした?ハヤクヤレヨ…」

「怖いって!半分怪物になってたって!―なんか、旧友がさ、プラッシュドールと契約したような気がしてさ」

『んなわけなかろう。地球にプラッシュドールなど誰一人も……いや、いたが………まさかな…?』

「なんだよお前らだけ盛り上がりやがってッ?!俺にも教えてくれよ!」

「『黙れミスター裏口入学大佐』」

「だ・か・らッ!!違うッてッ言ってんだろうがよぉぉぉぉぉ!!!!!!!!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界戦争 鯖の味噌煮缶 @sabamiso333

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ