第4話 忘れられた記憶

 ランブトンは、体中に付けられた傷から黒い血を流し、地べたに転がり苦痛に耐えていた。さらにその魔法による傷は剣による斬撃とは違い直ぐに治癒することなく激痛が続いている。


「エルフよ。お前は何者なのだ?」

 ランブトンは苦痛に耐えながら聞いてきた。


「魔法使い」


(いや、一応、剣も使うから魔法剣士とかになるのかな?)


「魔法使い? 嘘を言うな。エルフとはいえ、炎の息を魔力だけで防ぎきり、直後にこれだけの魔法を使える魔法使いなぞそうそうおらん。お前はエルフではあるまい。正体はなんだ?」

 ランブトンの声は恐怖に怯えているようだった。


「言った通りよ。私はエルフの魔法使い」


ランブトンまで私がエルフではないと?)


 そこにレンニが右肩を抑えながらリーシャの所に歩いてきた。


「俺は魔術しか見たことはないが、ここまでとは驚きだよ」

 そう声をかけた。


「これは風の妖精エアリエルの力ですよ。私はお願いしただけです。怪我は大丈夫ですか?」


「暫く右手は使えないな。少し休息が欲しいところだ。それより風の妖精エアリエル?」


「理由は判らないけど、助けてくれました。そうじゃなければ今頃はどうなっていたことか……」


「ふふふ。いい子ね。判ってるじゃない。さっさととどめを刺しちゃいましょう。アレだって生き物なんだから頭を割ってしまえば終わりよ」

 風の妖精エアリエルは得意げに言いながらレンニにも判るように姿を見せた。


「おっ!? これが風の妖精エアリエル。初めて見たが美しい……な」

 レンニがそう言うと風の妖精エアリエルはまるで人間の女性が行うようにお辞儀して見せた。


 リーシャはランブトンの正面に立つと剣を向けた。


「このまま立ち去るなら何もしない。もしまだ攻撃してくるなら容赦はしない」


「なーんだ。見逃すの? つまらないわねぇ」

 風の妖精エアリエルは少し不満そうだ。


「見逃す? お前達はあの魔術師の手先ではないのか?」


「あいつの手先なんて一度も言ってないわ。偶然ここで一緒になっただけ」


「それにしてはその男から激しい敵意と憎悪を感じたのだが……」


「それは、あいつの術……にかかっていただけだと思う。あなたランブトンレンニがね」


「!?」「えっ!?」

 ランブトンとレンニは殆ど同時に驚きの声をあげた。


「いや、まてリーシャ。それはどうゆう……」

 レンニが言葉を発した時、いつの間にか近くに戻ってきていた全てを知る者アルヴィスが会話に割って入ってきた。


「お嬢ちゃんは気が付いておったか。さて、いい感じじゃな。此奴は貰っていこう」

 そう言うと杖を構えて詠唱を始めた。


「縛れ茨のつる

「力が溢れ出ぬように」

縛めいましめとなり」

「足枷となり」

「地に束縛し自由を奪え」


 詠唱が終わるとランブトンの周囲から黒い棘の生えた蔓が幾つも伸びて体に巻き付きそのまま地面に縛り付けた。ランブトンは苦悶の表情を浮かべている。


「お前……」

「あなたは……」


「ご苦労じゃったな。なかなか楽しい見世物じゃった。そうじゃな。礼と言ってはなんだが、お前達には見物料をくれてやろう」

 全てを知る者アルヴィスはリーシャ達の話を全く聞こうとしないまま独りで喋り続けている。


「そっちの騎士よ。レンニと言ったな。 このままお嬢ちゃんと関わりをもつと寿命を縮めることになるぞ。まぁ、どうするかは自由じゃがな」


「どういうことだ? 力不足だからということか?」


「さぁ、どうじゃろう。その頭は飾りではないだろう。よく考えることじゃ。さて、お嬢ちゃん。熟れた実は美味いでの。刈り取られぬようにすることだ。それと、これは儂からの特別な贈り物じゃ。少しは自分が何者か判るじゃろう」

 そう言うと全てを知る者アルヴィスは、杖をコンと地面を軽く突いた。


 リーシャとレンニの足元から黒い茨が伸び二人を拘束した。


「うっ、動けん」

「拘束の術?」


「無理に動かぬほうがよいぞ。棘は痛いでの。別に危害は加えん。せっかくの贈り物を台無しにされると悲しいのでな」

 全てを知る者アルヴィスはリーシャのおでこに杖を当てた。


「言うておくが抗っても無駄じゃよ。その程度の力ではな」

 言い終えると詠唱を始めた。そう言われながらもリーシャは精神を集中し抵抗を試みたが、その行為は言われた通り全く意味が無く次第に視界が暗くなっていった。


(あっ、そうだ。風の妖精エアリエル……)

 そう思ったがその姿は何処にも無かった。


 やがて足元に穴が開き落ちていくような感覚がした瞬間、リーシャは真っ暗な世界にいた。其処には、さっきまで居たはずのレンニや全てを知る者アルヴィスの姿は無かった。


(一体何が?)


 何も無い真っ暗な空間、自分が上を向いているのか下を向いているのかも判らなかった。途方に暮れてきた頃、正面の真っ暗な空間にこちらを覗き込むエルフ女性二人の姿が映し出され、声が聞こえてきた。

 彼女達は「目があいている」「可愛いわね」と話している。


(これはなんだろう?)


 すぐに暗転したかと思うと再び似たような光景が見えてきた。

 白い装いのエルフ二人が誰かと話をしている。


「どう? 問題はない?」

「順調です。障害も出ていないようです」

「そう。良かった。教育のほうは?」

「予定通り進めています。剣の扱いはなかなかですが、槍のほうは苦手のようです」

「意外ね。この身体の時は逆だったのにね」

「個性という事かもしれませんね」

「魔力は?」

「十分と思います。魔法の才能は実際のところは判りませんが……」

「まぁ、大丈夫でしょう。そこだけは今まで問題にはならなかったし。それだけは昔から安定してるわね」

「これを考えた貴女を尊敬しますよ」

「元は創造者が使っていたのだけどね。悪魔の技と術。こんなのを使って我ながら最低最悪だと思わ」

「これは……仕方ないですよ。あんな時代でしたから」

「今も対して変わらない気がするけどね。さて、私はそろそろ行くわね」

「次はいつですか?」

「ちょっと先……かな。まだ暫くは保つだろうからそれまで彼女を宜しくね」

「判りました。ご武運をお祈りしております」

「ありがとう。ここは大丈夫だと思うけどあなた達も気をつけて。何かあれば手はず通りにお願いね」

「お留守はお任せください」


(この会話は……。姿は見えないけど、話をしている人の声は何となく覚えがあるような気がする)

 次に見えてきたのは赤い光が点滅し何かの音が鳴り響いている光景だった。


「なぜ奴等が? ここにどうやって入ったの?」

「判りません。結界も破られ隣の区画まで来ています。セキュリティ達が防いでいますが時間の問題でしょう」

「そう……もうここは駄目ね。リーシャの状態は?」

「体は問題ありませんがまだ意識が……。奴等はそこまで来ています。もう時間がありませんよ」

「仕方ないわね。本当は付いて行くように言われてたけど、私達も時間稼ぎするしかないかな」

「そうですね。でも、このまま独り放り出して大丈夫でしょうか?」

「祈るしかないわ。何も知らない人間から見ればエルフだし、きっと助けてくれるわよ。セキュリティを呼んでリーシャを非常用昇降機に。リーシャを預けたら私達も戦うわよ。留守は守れなかったけど、リーシャだけは何とかね」

「そうですね。この子だけでも助けましょう」

「リーシャ。死なないでね」

「元気でね」

 そう言うと女性のエルフ二人は部屋を出ていった。

 その後、何かに抱えられながら移動し、小さな部屋のような所でそのまま置かれた。目の前にはリーシャが身につけている鎧や剣と同じ物が見えた。


(これは私の記憶なの? でも一体何が? 彼女達は?)

 そう思った時、周囲が暗闇に包まれると、その後、ガラスが砕けるかのように割れ光が溢れ出した。


「……シャ、リーシャ、どうした? 大丈夫か?」

 リーシャはレンニの声で我に返った。


 目の前には心配そうな顔のレンニがあった。既に全てを知る者アルヴィスランブトンの姿は無く自身への拘束の術も解かれていた。


「何が……」


「判らん。全てを知る者アルヴィスがお前に術をかけると直に意識を失ったように見えた。そして、時期に目覚めると言って拘束を解き、ランブトンと共に消えてしまった」


「そう……」


「顔色が悪いが大丈夫か?」


「ええ、大丈夫。ありがとう。ちょっと変な夢を見ていただけ」


「それならいいんだが。あっ、良い夢は見れたか?」


「……私、『』と言いましたよね? その後にそう聞くのですか?」


「すっすまん。全てを知る者アルヴィスから目覚めたらそう聞けと」


(『良い夢』か……。アイツは何を知っているのだろう?)


「はぁ。まぁ、別にいいです。それより、怪我の具合はどうですか?」

 リーシャは少し呆れながらもレンニの怪我を心配していた。


「あっあぁ、暫くは休養が必要かな。そんな感じだ。よく判らんが、なんかすまない」


「気にしないでいいですよ。それにその返事なら大丈夫そうですね」


「言うほど大丈夫ではないのだが。変な魔術師は現れるし、ランブトンは消えるし。突然やってきた天災というか災害に見舞われた感じだ。レアペニア家の連中とは会えていなが全てを知る者アルヴィスの話だと帰り道で会えそうな気がするし、まずは戻るか。なんとなくここには居たくないしな」


「そうですね。私も疲れましたし、戻りましょう」

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