第27話 ねえ、今辛くない?

ようやく状況の整理が追い付いてきた頭が告げる、次は行動を起こす番だと。何となく格好つけて、扉の奥側に向かうべく立ち上がってみたが、腰を上げると思いの外ふらついてしまう。傍から見ると酷く滑稽に映るのだろう。


寝起きだから、家主に会うまでに本当は身だしなみチェックの為に鏡でもあったらいいんだけど、知らない間取りでウロチョロするのはマナー的に終わっている。だから、最低限目に見える範囲を気を付けるまでにした。


まあいい。これは身から出た錆だ。

気を取り直し、賑やかな音が聞こえてくる音源に向かって歩みを進める。


ガチャリ。

まずは部屋のドアを開けると廊下が見えた。特筆すべきものはなく、そのまま音の鳴る方へと歩みを進める。

恐らくリビングへと繋がるドアの先に家主がいるのだろう。



そして、そこには・・・



「・・・・・・」


ニッコニコの笑顔で無言でテレビを観るヒカリさんと、隣には美鈴がいたという訳だ。ゆるーい音楽がテレビから流れている。


「あ、慶次くんおはよー!早いね」

「ケイ君、体調大丈夫ー?」


美鈴、ヒカリさんがそれぞれ続けて声を掛けてきた。


「あ、おはようございます。はい、何とか大丈夫ですよ。それにしても、泊まらせていただいてすいません」


「それは全然大丈夫。私の方が強引に休んでいくように伝えたからね」

ヒカリさんがそう言いながらフェイスタオルを僕に手渡す。


「良かったら顔でも洗ってくる?スッキリすると思うよ。洗面所とお手洗いはすぐそこにあるからね」


断る理由もなく受け取り、洗面所へと向かう。冷たい水をたっぷりと救い顔を洗うと確かにスッキリとした。

と、同時に鏡には所々髪が跳ねた自分の姿を確認し慌てて手で整える。多少はマシになった髪型と、自分の顔をぼんやりと眺めるが、今日ばかりは疲れが表情にも出ているようだ。しかし泊めてもらった身でこんな表情をしていると申し訳ないな。そう思い、笑顔の練習を少しだけ行ってからリビングに戻る。


「ありがとうございました」


「ん。じゃあこれどうぞ」

差し出された未開封のミネラルウォーター。またまた「ありがとうございます」と感謝の言葉を告げ、受け取った後すぐに口に含む。

只の水のはずだけど、物凄く美味しく感じられる。体内に綺麗な水が行き渡るような感覚が気持ちよかった。


なんだかいたせりつくせりだな。


普段はもてなすことが多かったからなのか、他者からの好意が面映おもはゆいような。

ニッコニコの2人を見るのがなんだか恥ずかしかったりする。


ふとこの部屋に流れるテレビを観ると、先ほどまで居た部屋のポスターと同じキャラクターが動いていた。


・・・そういえば、うちのマスターの趣味は朝早くにゆるキャラの番組を観ることだったんだっけ?

随分と前に聞いた情報を思い出して1人納得した。ああ、マスターと言えば勿論ヒカリさんのことだ。クールな外見からは想像が付かないが、ゆるキャラとか可愛いものが大好きなのである。


ちょうど終わりかけの頃だったのか、エンディングが流れ、やがてそれも終わった。


「スッゴく可愛かったです!」

美鈴がそう興奮気味に語る。ヒカリさんはというと、うんうんとただ頷くのみで、多くは語らない。それでも喜びようが滲み出ているようで、幸せな一幕であった。

なんとも平和な朝の時間がここには流れていたようだ。


時刻はと言うと、ちょうど8時を告げる頃。

普通の平日であるので、講義があるだろう美鈴に話しかける。


「美鈴は学校?」


「そうだねー。今日はお昼くらいから学校って感じだよ!慶次くんはー?」


「こっちも一緒の感じだわ」

2限は出席確認も無く、必修がある3限からが本番というイージーな日。いや、こんな楽観的でいいのか。いつか焦ったりするのだろうか。おおよそ義務教育の頃からは考えられないカリキュラムの選択、想定以上に持て余す時間につい堕落してしまいそうになる大学生である自分を律するのが大変だ。


「じゃあ2人とも、朝ごはんだけ食べておうちに帰れば?」


「えー。本当ですか!そうしよっかなー」

目をキラキラさせて答える美鈴。


「いや、さすがにお世話になり過ぎだと思うので僕は・・・」

そうして一刻も早く帰ろうとする僕。ヒカリさんに凄く申し訳なく感じるからね。


「まあまあ、ついでだし食べていきなよ。昨日はお酒沢山飲んだんだし、直ぐに動くとしんどいでしょ?」


「・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

「うん!それじゃあ2人とも待っててねー」


そんな訳でまたもやヒカリさんに甘えてしまう結果となった訳だ。無論、普段からキッチンをほぼ一人で捌き切るヒカリさんの手に掛かれば朝ごはんの用意は容易なことなのだろう。それでもその心遣いが沁みる。


10分程で出てきたパンと卵スープに舌鼓を打ち、優しさ溢れる料理と空間に心が落ち着いてくる。朝ごはんを食べている時間は、特に言葉を発することも無かったが、気まずいなんてことはなく、心地良い時間が過ぎていった。


2人して「ごちそうさまでした」と揃ってお礼を言った後は、美鈴と2人で洗い物をして、最後は温かいお茶まで頂戴してから帰ることになった。


「また一緒に飲みに行こうね」


「ええ、ぜひまたお願いします」

「私も超!楽しみにしてますね!」


「それじゃあ、またお店でね!」


姿が見えなくなるまで手を振って送り出してくれたヒカリさんに、こちらも手を振り返しながら美鈴と歩いて帰る。どこか新鮮な感じだ。


バイトが終われば、帰り道が同じところまでは一緒に歩くが、日中にこのように2人で歩くことは滅多になかったか。


そんなことを考えたりしている自分に遠慮なく美鈴が話し掛けてくる。


「昨日は超楽しかったね!」

覗き込むように問いかける表情がもう楽しげだ。


「うん、ほんと想像以上に楽しめたよ。美鈴もセッティングしてくれてありがとうね」


記憶が曖昧になる程飲んだにも関わらず、不思議と次回を楽しみにしている自分がいる。居心地が良かった。昨日のことを思い返して、思わず吹き出してしまいそうになる。


「いえいえ!楽しそうな慶次くんを見れたから私も誘った甲斐があったよ」


次はどうしようかなー、とか、慶次くんいつ暇なの?なんて、その後もエンドレスで話し掛けてくる美鈴を適当にいなすように返事をしているとあっという間に家に着いた。ちなみに自分の家。美鈴の家はもう少しだけ離れている。


「あ、家着いたわ」

その言葉を聞き露骨に寂しそうにする美鈴。


「あー、えっと・・・あのね、もう少し話したいかなって」

あまり見られない彼女の表情に、発言に、自分までが困惑してしまう。こんな姿を拝んだことがなかったのだ。


「わかった、ちょっとだけ待ってな」

「うん?」


アパートの駐輪場から自転車を持ち出す。自転車の鍵は家の鍵と一緒にカバンに入っているからちょうど良かった。


「あれだ、家まで送るよ」

少し照れくさい。が、随分としおらしい姿を見せた美鈴に応えないといけない気がした。


「え、いいの?」

「ん。ただ二人乗りはしないからな、ちゃんと自分で歩けよ?」

「やった!」


そんな訳で美鈴の家まで向かう。何だか1人で帰らせるのもどうかと思ったし、俺も何となくもう少し話を続けたかったということもある。面と向かっては言い合いばかりのコイツも、素直になればいい奴だと思うし。



・・・と、思ってたんだが、話は全く弾まなかった。


「・・・」


「・・・」


もう少し話したい。珍しいことに美鈴の方からそう言っていた割には、全然会話は弾んでいない。お互いが言葉を選ぶような、ぎこちない会話が途切れ途切れ続いたが、それでも遂に、お互いが全く言葉を発さなくなった。


2人の足音、自ら押す自転車の車輪の音、辺りをさえずる小鳥の声が妙に静かな空間に響く。

いつまでこの沈黙が続くのかと思案していると、突然殻を破ったように美鈴が言葉を発した。



「ねえ、今辛くない?」


「・・・俺が?別に辛くないよ」


唐突に何だよ、なんて思ったけど、美鈴は随分と真剣な表情をしている。


「私ね、はっきり言って慶次くんの事を裏切った元カノが凄く憎いと思ってる。

だって慶次くん、これまでその子に本当に尽くしてきたよね?高校時代から付き合ってて、進学してちょっと遠距離になって・・・それでも彼女を不安にさせないように時間を作って会いに行ったりサプライズとかイベント毎のプレゼントの用意とか、見えないところでも一生懸命やってきたじゃん!

・・・側から見てると、ちょっと頑張り過ぎだと思うくらいだったよ。

でもそれなのに・・・。なのにこんなに尽くしてきた慶次くんに対して、あんまりだと思うの」


「・・・」

情けないことに、驚いた僕は何も言葉が出ない。


「慶次くんってば、少しも傷ついていないって言うし、普段から大変なことがあってもあまり態度に出さないようにしているのが分かるから。

・・・私は心配なの!ヒカリさんだって同じだよ?

慶次くんの心が壊れちゃわないか怖い。もっともっと私たちに対して、遠慮なく態度に出してほしいと思うし」


「美鈴・・・」


目に涙を溜めながら一生懸命に話す姿は初めて見る。だからこそ本気で心配してくれていることが伝わるし、情けないような嬉しい気持ちにもなる。

気がつけばあの飲み会が終わってからというもの、一番に俺の様子がオカシイことを見抜き、それからずっと俺のことを気にかけてくれた2人だ。


他人事なのに自分のことのように考え、サポートをしてくれた。昨日のフリーを祝す飲み会は、まさに僕のことを精一杯考えてのものだったのだろう。

つい先日涼介と海までドライブした時にも思った。クソッタレで最低な出来事が起こり、それでも自分の心が壊れなかった要因は、隣で支え続けてくれる底無しの明るさを持つ親友の存在と、この2人の支えがあったからなんだろう。


実際、未だ自分の感情の整理は追いついていない。めぐみと直接話したわけでもなく、誠一と話したわけもなく。ただ一方的に別れを選んだだけ。

頭の中から追い出そうとしているだけ。

周りの人達がずっと気に掛けて側にいてくれるから、俺は俺のままで居られるのかも知れない。


・・・そして僕が考え込まないように、皆が意図的に構ってくれてたんだろうか。

今、ようやく確信する。


「ありがとう。美鈴もヒカリさんも、俺にとっては欠かせない存在で、すごく心の支えになっているよ。落ち込まずにいられるのも、きっと2人の存在が大きいんだと思う。

だから、ありがとう。お陰で辛いなんて思わないよ」


「・・・そっか!じゃあ良かった!」

ニコッと、それは眩しいくらいの笑顔で美鈴は頷く。やはり思い詰めた表情じゃなく、コイツには笑顔が似合う。振り回されてばかりの俺だけど、実際かなり救われているようだ。


真剣な話ができた後からコイツの家に辿り着くまでは、重苦しい空気は晴れてエンジン全開の美鈴の話をただ聞いていた。相変わらず無軌道で無遠慮で、小生意気なコイツに随分と元気を貰った気がする。



「到着!私の家だよ!」


モダンでありながら品のある外観、核家族で住むには大きいであろう家の前で止まる。表札には橘という文字が刻まれている。


「じゃあまたバイトでな」

「ちゃんと学校に行って授業に出席するんだよー!バイバーイ!」


来た道を引き返し、ようやく帰路に着く。

帰りは自転車なのであっという間に帰宅し、そのまま早々にシャワー浴び、学校に向かう準備を進めた。


ふと携帯を見るとメッセージが幾つか。涼介も学校に来るようで、『うっす。喫煙所で待ってるわ』と早くもTALKでそんな報告があった。了解とだけ返事をし、残っている準備を続ける。このペースであれば講義は十分間に合うだろう。



そうそう、美鈴からのメッセージも届いていた。その場の勢いで作った陽だまりメンバーのグループトーク。メンバーは俺含めて3人だけ。他のスタッフは入っていない。


メッセージを開くと主にヒカリさんへの感謝の言葉と、2軒目のバーで撮った3人の写真。

皆が皆クシャッと良すぎる笑顔でポーズを取っていた。思わず吹き出してしまう。全員変な顔だよって。


最高に楽しかったんだ。思わず飲み過ぎて曖昧な記憶になってしまったことも、まあいいやと思う。


自らもお礼の連絡を送り、届いた写真をいっそ待ち受けの画面にでもしてみようか。なんてことを考えながら、部屋を出る。


「行って来ます!!」


誰もいないアパートだと言うのに、つい大きな声を出して学校に向かった。


普段よりもずっと軽い足取りで進んでいく。これからの期待感で頭がいっぱいだった。


皆とどうやって楽しんでいこうか。


帰り際に見せた、大輪の花が咲いたように笑う美鈴。

多くを語らずに全て肯定してくれる、クールで過保護なヒカリさん。

そしてこれから向かう学校には、相変わらず気の抜けた顔で僕を待っているであろう涼介。


今の自分を構成する大切な存在だ。確かな期待感を胸に前に進んで行く。


憂鬱な講義だって今なら退屈じゃないかもな。

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