【第四話】護衛騎士との関わり方
二人の騎士が聖教会に来て、三日が経った。
リスティアの行動自体は変わらず、変わったことは同じ室内や外では側に必ず護衛の姿があること。
今日も、リスティアが授業の復習をルキとしている傍ら、部屋の壁際にザイルとローウェンの姿がある。
「公務の際、その地に独自に作られた女神様の像がある地ではまず何より先に祈りを捧げます」
「はい、そうですね。では、公務の地に地方教会がある場合、必ず教会内に女神様の像があります。その場合どちらに先に祈りを捧げますか? リスティア様」
「教会が作ったものではなく、その地の住民によって作られた方です」
「はい、その通りです。ではどちらもない場合はどうでしょう?」
「……えぇと、どちらもない場合は、特別に請われれば行います。それ以外は、目的である儀式の際にのみ祈りを捧げます」
「はい、正解です。では、今度行くイザルカには像はありますか?」
「いいえ。像はなく、市長も特別に望んでいないため儀式のみの祈りになる予定です」
「あれ? 先生が『像はない』と言っていましたか?」
「はい」
ルキはおや?という顔をしてみせる。
「違いましたか……?」
「イザルカには女神様の像があるはずですね。先生が間違えていたのかもしれませんね。ほら、前にも間違えていたことありましたから。先生も人ですから、覚え違いもありますよ」
そのための復習ですから、とルキはリスティアの聞き間違いだったかもしれないと気にする隙を与えずフォローし、さっと流す。
「イザルカには像があるので、着いたら最初に祈りを捧げましょう。馬車はこの位置着くと聞いていますから……像はこの方向ですね。僕が誘導するので心配しないでください」
さらさらと簡易地図を描きながらも微笑みかけると、リスティアは真剣な様子で大きく頷いた。
リスティアが受ける授業の厄介な点がこれだ。
時折嘘を教えられ、リスティアが恥をかく。恥をかけば評判も落ち、ものによっては──今回のように女神像を無視したとあれば、軽視されたと街の住民に思われるだろう。
民に不用意に嫌われることは避けなれば、リスティアが生きにくくなる。
十歳になったリスティアは明後日、初の公務のためにイザルカという街に発つ。
教会内での治療とは違い、呪いの浄化の儀式のためだ。
この公務も迫っていたから、国王が王宮騎士を聖教会に派遣したのだ。
ルキは、自分の覚書を正しているリスティアをにこにこと見守る傍ら、一瞬壁際の騎士に意識を向けた。
三日経って分かったことは、ザイルは顔のいい女たらし野郎だということ。リスティアの世話人を始め、年頃の女に浮ついた言葉をかけまくっている。
というよりあれが自然体らしい。本当に息をするように会話の端で口説き始めるのだ。
ヘレナにもアプローチしたが、隙のない彼女には振られてしまったようだが。
ローウェンとはいうと、真面目一言に尽きる。
まさにザイルとは正反対。へらへらしているザイルとは対照的にいつでも真顔で、周囲とも必要な会話しかしない。
仕事中に無駄な話をする理由がないという性格は、すでに確立されているらしい。ルキもこの三日、ローウェンとは業務上の内容しか話していない。
余計な会話をせずに済むのはいいことだ。
……と思っていたら。
リスティアが公務のため発つ早朝。
ルキは庭でローウェンと植木鉢を運ぶはめになっていた。
*
ちら、とルキが見上げた右横には、白いシャツ一枚で身軽な恰好をしたローウェンがいる。腰には剣。髪は汗で湿っていた。
ローウェンは毎朝リスティアが起きる前、敷地の隅で剣を振っているらしい。さっき鉢合わせして、本人から得たばかりの情報だ。
一方のルキはといえば、同じ時間を花の世話に当てている。リスティアの部屋に飾る用の花だ。
そうして知らずに同じ時刻を外の別の場所で過ごしニアミスしていたようだが、本日とうとう遭遇したというわけだ。
もちろんルキの方は「おはようございます」と挨拶して、とっとと去りたかったが、ローウェンの方がルキの手には大きすぎる植木鉢を見て、「手伝おうか」と言ってきたのだった。
無下にするのも『神官ルキ』としてどうなのかと迷った結果、申し出を受けることにしたのだが……。
「……」
「……」
互いに無言で大変気まずい状況になっていた。
一応ルキは作り笑顔を張り付けているが、口の端がぷるぷるしている。
他の誰かなら、例えばリスティアの世話人や庭師、ザイルであっても適当な雑談を出来る自信があるのに、ローウェンに対してする雑談が思い浮かばない。
ローウェンの方も喋らない。ただただ無言で、不在中の保管場所に植木鉢を運んでいる。
一体どういう意図で、心境で、運んでいるのか。
そんなことを思って盗み見ても、無表情からはろくに考えも感情も読み取れやしない。
ローウェン・アスターは、今十八歳か。
自分の年齢から算出し、どうりで若いなどとルキは思う。人のことなんて言えないが。
ルキが本来ローウェンと出会うはずだったのは、今から五年後だ。
ルキが十八、ローウェンは二十三。
前回の生でルキは魔術師の師匠の推薦で、ローウェンと三年間ペアを組んで首都内外で起こる犯罪や事件に対処していた時期があったのだ。
そういえば、初めて会ったときも、こんな感じだったな。
ローウェンは馬鹿真面目で、融通が効かなくて、空気が読めない無口な奴だった。規則を絶対に守りながら、出自ゆえに出世できない彼はルキが出会ったときも今と同じ階級だった。
今回明らかに出世も望めない配属をされたというのに、真面目に剣の鍛錬まで欠かさない。
本当に、性根が変わらないとはこういうことだ。
「……なんだ」
いつの間にか、盗み見るどころか、ルキはそれは無遠慮にローウェンをじっと見ていたらしい。
ローウェンが心なしか居心地悪そうに、横目でルキを見ていた。
完全に無意識だったルキは、少し考えた結果、一言口にする。
「……僕も早く大きくなりたいなあ、と」
考えていたことではなかったが、嘘ではない。
土の詰まった植木鉢を軽々運ぶローウェンは、同年代の騎士と比べても筋肉が存在を主張する肉体だ。背が高く、骨格が太く、筋肉で分厚い体。
対して、ルキは細くひょろっとしている。背も年相応だ。
正直、今のルキは物理的に盾になるという意味では、リスティアを守れない。その点が実はすごく懸念点でもあって、それは衛兵たちに頼る他ないのだ。
「君は……今、何歳だ」
「十三です」
そんなに予想外ではないだろうに、ローウェンは十三、と真剣な顔で呟いた。
「それなら今から大きくなるだろう」
「まあ、それはそうなんですが」
背だって、ローウェンと同じくらいにはなるし、鍛えればひょろひょろがりがりは卒業できることも知っている。
「どうして、早く大きくなりたい?」
「……大きくなれば高いところのものも取れますし、もっと重いものも持てるようになります」
「……それだけか?」
「おかしいですか」
「いやおかしくはないが」
おかしくはないが、何だ。
大部分の本心ではないが、少しの本心ではある。日常生活の些細な部分でこの子供の姿の不便さときたら!!
「出来ないことを出来るようになりたい点では、ローウェン殿と変わりませんよ」
「俺と?」
「ローウェン殿が剣の鍛錬をするのも、まだ出来ないことを出来るようになりたいからでは?」
本当は、鍛錬でどうにもできないことを待っているルキと、ローウェンでは異なると分かっていたが、どうにも言い返したくなったのだ。
言いくるめられるか、違うと指摘してくるか。ローウェンはルキの予想に反して「どうだろう」と妙な言い方をした。
「どうだろう、とは」
ルキは意図を図りかねて聞き返す。
「俺は、騎士としての自分の在り方に迷っている。君と同じとは言えない」
「迷……? でも、剣の鍛錬を」
「剣の鍛錬は、精進するためと言うより雑念を払うための手段にしているだけだ」
騎士としての在り方に迷っている? あのローウェン・アスターが?
ルキは驚きで、作り笑いも吹き飛び、目を丸くする。
ローウェン・アスターといえば、曲がったことと弱者が傷つけられることが嫌いな清廉潔白の騎士だ。
この世の犯罪を許せず、無力な人が魔物に傷つけられることを許せず、人を守ることを信条とする。
ルキが出会ったときから、ソードマスターとなるときまで、その信条で事の解決の手段で揉めたことは数え切れなかった。それが揺らいだときなんてなかった。
そんなローウェン・アスターの騎士としての信条に、迷い?
「ルキ神官、君は何のために神官になった?」
「……へ?」
思わぬ告白に動揺していたため、随分と間抜けな声を出してしまった。
直後我に返り、ルキは空咳をして、表情を元に戻して冷静を装う。
「単に、孤児で、神聖力があったので」
「これからも、神官であり続けるつもりか?」
「はい」
ルキは、「そうか」と言って、前方に目を戻したローウェンを控えめにじろじろ見る。どうやら本気で悩んでいるらしい。
まさか前と違って教会に左遷された影響か? それとも単なる年頃の悩みというやつか?
後者なら勝手に悩んでくれと思うだけだが、前者であれば少し悪い気がする。
神官長の未来はまだしも、ローウェンにこれから待つ未来は輝かしいのだ。それを捻じ曲げたとなると、かつてペアを組んだ身として罪悪感を覚える。
ローウェンを王宮に戻す道を探すべきか?
「今日これから発つのに採っていくのか?」
植木鉢を運び終え、花を刈り取り始めたルキに、ローウェンが不思議そうにする。
「公務に持っていくんですよ。同じ環境があればあるだけリスティア様が落ち着くでしょう」
「現地調達できるのではないのか? 枯れないのか」
「神聖力で長持ちさせます」
またローウェンは、「そうか」とだけ言った。
「リスティア様といえば、少し気になっていたことがあるのだが」
「気になる点?」
背を向けて花を採っていたルキは、勢いよくローウェンを振り返った。
「教師の間違いが多くはないか」
「あぁ……」
何のことかと理解して、ルキは脱力して花に向き直った。
ローウェンは馬鹿真面目で、融通が効かなくて、空気が読めない奴。空気の読めない鈍感さを持ちながら、感覚は鋭いため仕事はできる。そんな奴。
だからこの短期間にリスティアの授業模様を見て、その後ルキとの復習で誤りが訂正される光景に違和感を持ったのだろう。
まあ、世話人も長く見ているとさすがに皆違和感を持つので気づいていないのはリスティアだけかもしれないが。
ローウェンはそれを流すことが出来ないのだろう。
「面倒なことになるので、本人の前では言わないでくださいね」
露骨なシシリアの意地悪と違って、自然に遠回しな教師の罠はリスティアにフォローをいれて誤魔化しているのだから。
「面倒なこと……ああ、『わざわざ言って摩擦を生むより、黙って処理した方がいいこともある』だな」
「あ、そうです」
面倒なことというのをどう説明して、言わないことがどう最善なのか説明するべく口を開きかけていたルキは少し面食らう。
こいつはもっと頭が固くなかっただろうか? もしかして本当はそんなに関わることのなかったザイルと関わっている影響か?
だとすればあの軽薄な騎士のことを見直してもいいかもしれなかった。
「……お待たせしました、そろそろリスティア様の起床のお時間ですから戻りましょう」
ルキは立ち上がり、花を手にローウェンと歩き始めた。
「……それにしても、ローウェン殿は意外と喋るんですね」
「今は業務外だからな」
「なるほど」
そういえば、『前』もそんなことを言っていたな。そこそこ雑談するようになってからも、任務中は無駄口を叩かなかった。
予想していた部分と異なる部分に調子を崩されたからか、変わっていない面を見つけて、ほんのわずかに安堵した。
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