第12話

 ドアを開けるとむんとした熱気があふれ出してきた。

 整備ヤードには、エアコンといった冷却装置は存在していない。


 大抵の時は高さ10メートル以上ある巨大な搬入出用の扉を開けっぱなしにしているのだが、今日に限ってはその扉は閉め切った状態にされていた。

 ヤードの奥に見えるのは、カバーの掛けられた高さ4メートル弱の鉄の塊だった。操縦式人型ロボット、機人きじん。その中でも、このヤードに置かれているのは装甲機人そうこうきじんと呼ばれる特殊な機人である。機人には、重工機人じゅうこうきじんと呼ばれる作業用の機人と装甲機人と呼ばれる警察や自衛隊、国が定めた特定の警備会社だけが使用できる特殊な機人の二種類が存在している。ここ東儀警備保障は、その装甲機人を扱うことのできる国が定めた特定の警備会社のひとつである。


「なんで閉め切っているわけ」


 ヤードの中の何とも言えぬ暑さに顔をしかめながら、麻生あそう琉衣るいは先にヤード内に入っていた藤間ふじまこうに声をかけた。


 藤間は上下つなぎのパイロット用スーツの上半身部分を脱いでタンクトップ一枚という姿になっていたが、そのタンクトップも汗に濡れていた。


「機密情報の保持だってさ」

「何それ」

「わたしに言われても知らないよ」


 藤間は不機嫌そうに言うと、プリントの入ったクリアファイルをパタパタと団扇代わりに動かしてみせた。ただ、あおいでみても来るのは熱風である。


 装甲機人の前には、整備班の人間と一緒にスーツ姿の男が数人いた。こんなに暑い中でスーツを着て真剣な表情を作るなどご苦労様なものだ。琉衣はそんなことを思いながら、みんなが見上げているカバーの掛かった機人へと目を向けた。

 KIOIとロゴの書かれた白地の大きなカバー。その中に入っているのは、大手機人メーカー紀尾井きおい重工の装甲機人である。整備班と一緒にいるスーツ組は東儀警備保障の重役たちと紀尾井重工の人間で、今日は紀尾井重工の最新型装甲機人が東儀警備保障へと搬入される日だった。


 整備ヤードの扉を閉じている理由、それはマスコミ対策であった。紀尾井重工の最新モデルをスクープしようとマスコミが東儀警備保障の敷地外から望遠レンズのついたカメラで狙っているそうだ。別に最新機種が表に漏れたとしても問題は無いのではないかと琉衣は思ってしまうところだが、上層部の考えはそうではないらしい。


 そして、装甲機人のパイロットである琉衣と藤間が呼ばれたのは、最新機種の試運転をするためでもあった。


 重役たちへのひと通りの説明が終わったらしく、藤間と琉衣は課長である瀬島に呼ばれた。いつもはネクタイなどをしていない瀬島も今日ばかりは、ビシッとスーツで決めており、なんだか別人のように見えた。


 新機種は二体搬入されていた。そのため、藤間と琉衣はそれぞれの機体に乗り込む。


「新しい匂いがする」

「麻生、余計なことを言うな」


 パイロット用のヘッドギアに接続されている無線を通して瀬島の声が聞こえてくる。苦笑いする瀬島の顔が無線を通して琉衣には想像が出来た。


 最新機種といっても、積んでいるOSなどは他の機種と同じであるため、免許認証、パスワード認証、指紋認証、網膜認証など装甲機人を起動するための手順は同じだった。


「起動します」


 琉衣は無線でそう声を掛けてから最後の認証をクリアして、装甲機人を起動させる。


 装着しているヘッドギアから見える世界。それは機人の見ている世界であった。自分を見上げているスーツを着た人たちと整備班。最新機種だけあって、その映像は鮮明であり、まるで自分の目で見ていると錯覚させられるほどだった。


「すごいな、これ」

「おい、麻生。何がすごいのか、もうちょっと説明してくれなきゃわからん」


 琉衣のつぶやきに瀬島がツッコミを入れてくる。

 なんか色々と面倒くさい人だな。琉衣は心の中で瀬島に対して、そう呟いた。


「あ、すいません。ヘッドギアから見える世界は、まるで肉眼で見ているかのようです」


 その琉衣の言葉に、紀尾井重工の人たちがニコニコと笑いながら握手を交わしている。


 琉衣は整備ハンガーの中を機人で歩いてみた。一歩、また一歩と歩くたびにくる振動は他の機人とはあまり代わりは無い。別にこの点については琉衣は文句は無かった。人によっては機人の乗り心地を求める人もいるようだが、琉衣はもっと揺れてもいいと思っているほどだ。


「琉衣、指の動きがすごい滑らかだよ。動かしてみ」


 藤間から無線が入ってくる。この無線はパイロット同士のみに聞こえるものであり、瀬島には聞こえない通信であった。


「本当だ。なにこれ、すごい」

「でもさ、こんなに滑らかに指動かす意味、無くない?」

「確かにそれは言えてるかも。別に機人で細かい作業をするわけでもないしね」

「技術力の無駄遣い」


 藤間はそう言うとケラケラと笑って見せた。


 こんな風に笑う藤間を見せるのは琉衣にだけだった。藤間は普段はショートカットでボーイッシュという見た目もあり、どこかクールな装いをしている。同僚たちはそんな藤間のことをクールビューティーなどと呼んでいるが、実はそんなことは無いのだということを琉衣だけは知っていた。


 整備ハンガーの中でひと通りの稼働テストを行い、紀尾井重工の最新機種は問題無いことが確認された。


 この機人は、ポインターという通称が付けられていた。東儀警備保障の3機種目の装甲機人となる。ブルドッグ、ボクサー、そしてポインター。3機種とも、警視庁や神奈川県警の機人部隊には配備されていない機種である。警察が使用している装甲機人は、武装が認められた特殊な装甲機人ということもあるが、実は一世代前のものだったりもする。そこには国が定める予算の問題があるようだ。


 近年は機人による暴走事件や事故、また機人を使用した犯罪なども多発している。警察だけでは手に負えない。そんな事件や事故を対処するのが、東儀警備保障であり、琉衣や藤間の仕事であった。

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