第4話

 大学の最寄り駅から電車で二十分。

 東京の郊外にあるこの駅は、おれとこいつの地元でもある。見慣れ過ぎた景色に、ふと高校時代、こいつのチャリで駅まで一緒に帰った日々を思いだした。部活が終わった後も、こいつだけが自主練に付き合ってくれたんだっけ。

 こんな見た目にもかかわらず、阿久津はかなりの箱入り息子のようで、少しでも帰りが遅くなると鬼電がかかってきていたらしい。それを知ったのは、大会が終わって、おれが引退したときだった。おれは見直した。毎日親に家で説教されても、おれの気が済むまで、居残り錬にすすんで付きあってくれたこいつの気概を。うれしかったし、可愛いやつだと思った。もう戻らない、十七の夏だ。

 高校は北口を出た先にあったが、おれがそんなノスタルジーに浸っているとも知らず、阿久津はすたすたと南口を出た。さらに十五分ほど歩いたところだろうか。見慣れない景色が増えてきたあたりで、阿久津はようやく足を止めた。

「小学校……?」

 そこは聞いたことはあるが、よくは知らない小学校の前だった。たしか中学では、ここの小学校出身のやつが三分の一くらいを占めていたはずだ。とはいえ直接の関わりはないので、おれにとっては見知らぬ場所。ソワソワしながら辺りを伺っていると、下校の時刻なのか、色とりどりのランドセルを背負った子どもたちが校門から出てきた。

「……」

「おい。だれか知り合いの子でもいるのか?」

「ああ。ちょっとな」

 阿久津は鋭い表情で、出てくる子供たちを眺めている。おれはボーッととなりに突っ立っていたが、ふと、大の男が二人そろって子供たちの下校を監視しているというこの状況にはっとする。

 いや、これまずくね? 明らかに不自然じゃねえか。しかも片方は、目つきの悪い大男。不審者のなかの不審者だ。ほら、子供も怯えた表情をしてる。

 そこまで考えて、ふと、といやな想像が頭をもたげた。いやまさか、阿久津に限って、そんな。

 だけど、もしそうだったら。

 気付けばおれは阿久津の腕を、両手でガっと掴んでいた。

「まさか、おまえ……」

「は?」

「お前、マジでやめろよ!」

「なにがだよ」

 阿久津は迷惑そうな顔で、およそ先輩に取るべきではない態度で(これは出会ったときから変わらないが)ようやく子供たちから視線を剥がし、こちらを向いた。おれはデカい声で、

「おれはな、子供に手を出すやつが、世界でいちばん許せないんだよ!」

 阿久津は数秒間怪訝な顔をしていたが、その言葉の意味を理解したのか、目を見開いておれに詰め寄った。

「ちげーよバカ!」

「はあ⁉ じゃあなんなんだよ!」

「ふざけんなテメエ、おれは根っからの年上派だ!」

「そういうこと聞いてるんじゃねえ!」

 小競り合いをしているうちに、帰宅ピークは過ぎ当たようで、子供たちの姿もまばらになる。阿久津はおれの手を振り払い、「ったく」と吐き捨てた。

「もういい。次行くぞ」

「はあー? なんなんだよもう……」

 阿久津はまた、さっさと歩き出した。こうなったらグチグチ言ってもしょうがない。素直に従うのが結局、問題解決の一番の近道なのだ。

 それからさらに歩くこと十分ほど。この周辺は緑も多い。公園や商店街を抜けた先に、都営住宅の連なるエリアがある。そのうち第二アパートの一階が、学童保育施設となっていた。元気そうな子供たちの、明るい声がそこかしこから聞こえてくる。

「や、やっぱりお前……」

 だがもう、阿久津は完全におれを無視した。学童の脇を曲がると、学童の施設と繋がる形で、一階部分がにょき、と奥に突き出している。そこには改めて入口が設けられており、その扉の前で阿久津は足を止めた。小綺麗に手入れされた花壇の花の前に小さな看板があり、そこには「かがやき塾」と書いてある。

「かがやき……塾?」

「ああ。あんた、ボランティアで子供に勉強教えてくれないか」

「え?」

 唐突にもほどがある。ぽかんとしたおれの背中を押して、阿久津はさっさと建物の中に入っていった。

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