大切な時を
「おめでとうございます、赤ちゃんは二人とも女の子です。二人目の赤ちゃんの呼吸が安定しないので、色々処置していますが大丈夫ですよ。
奥さんはこの後このまま処置をして分娩台で何時間か休みますので…お父さんはご帰宅されますか?」
「えぇ、そうですね。ただ前回の出血のこともあるので、しばらく待ってます。ただこの子もいるので…でも、一回妻の顔見てから、会えますかね。」
「わかりました。お待ちくださいね。」
顔を見て一言伝えたいのはもちろん、出血のことも気になっていた。
里美と娘たちの無事を祈る。
出産というもの、本当に命懸けだ。
妹の出産時に実母を弛緩出血で亡くし、一年前は同じ理由で妻まで失うところだった。
新たな生命と引き換えに最愛の人を失う事など考えたくもなかった。
今回は前回のこともあり、病院へ到着後すぐに子宮収縮のためのあらゆる処置が準備されていた。
医師が呟く。
「…んー、やっぱり戻りが良くないんだよなぁ…」
「あぁー!!痛いっ。痛いー!あーーー!もう押さないでー!痛いんだってば!」
収縮を促すためにお腹をガンガン押され痛みに叫ぶ里美は身をよじるが、姿勢を戻されて泣きながら耐えていた。
その声は修二と息子の待つ廊下にも響いていた。
「やっぱりまたダメか…?」
おしゃぶりを咥えながらウトウトしている亮二を抱っこ紐の中に抱きながら、修二は気になって仕方なかった。
…
二十分ほどすると看護師があらわれ、処置も終えて止血も終えたことを伝えられた。
「会えますか?家に戻る前に一度会っておきたくて…」
「ええ、こちらにどうぞ。」
「桃瀬お疲れ様、ありがとうな…本当頑張ってくれて感謝するよ。赤ちゃん、二人とも大丈夫だって聞いたか?俺は亮二もいるし一度家に戻るよ。ゆっくり休んで…また明日来るよ。本当ありがとうな…」
中に入ると、里美の意識があることに一安心した。
疲労困憊で言葉を発しない里美だが、相槌を打ち弱々しく手を伸ばす。
そして修二は手を握り愛する妻の頭を撫でた。
…
翌日面会時間
「よっ、調子はどうだ?」
「しゅ…ぅじ…」
弱々しい表情で疲れ果てている里美の頭を撫でると、安心したかのように微笑んだ。
すっかり顔色も戻っているようだが、まだまだ疲労感が残っているように見えた。
修二に抱かれている亮二は里美の元へ行きたいと身を乗り出す。
「ママの所行くのか?…桃瀬大丈夫か?抱けるか?」
「うん、大丈夫。おいで亮二亮くん、ママも会いたかったよ。おっぱい欲しかったよね…」
子どもはやはりママなのだろう。
パジャマのボタンを開けようとする亮二だが、一歳前の乳児には流石にムリだ。
乳首を咥えながら安心した顔をする息子に愛おしさを感じた修二と里美。
何時間にも渡って吸われていなかった胸は堅く張り痛みを伴いそろそろ限界だった。
座れると反対側からは母乳が数秒ごとに滴り、パジャマのズボンを濡らしてゆく。
「赤ちゃんたち、まだおっぱい飲んでないんだけどね…亮くんが先飲んじゃったわね。」
「まぁ、いいんじゃないか?産まれた子どもは会ったか?」
「まだ、昨日産まれた後だけよ。」
「まぁ、色々驚いたが…急にあんなになるとは思わなかったよ。貴重な経験をさせてもらった。」
「何かビックリしたわよね。本当一人じゃなくて良かったわ。絶対パニックになってたもの…」
「そうだよなぁ…もうずっと痛かったのか?」
「前駆陣痛だと思ってたんだけどね、耐えてたんだけどそのまま痛みが強くなってきちゃってさ。その後に出血があって、本当に産まれるかもって思ったの。あとは、その…帰ってきてあんたとしたアレよ。」
修二が急遽日本に帰宅して陣痛中にしたあのこと。
「妊娠中の奥さんを放っておいた俺へのバツかな。悪かったな…次は本当ちゃんと立ち会うから。」
「ねぇ…昨日産んだばっかりなの。…もう次はないわよ?」
産後間もない妻に次の子どもの話をする修二にあきれつつ、過去にも同様のことがあったことを思い出していた。
実際、産後数ヶ月後には妊娠して双子を授かり出産したことを思うと、しっかりと避妊をしようと里美は心に決めた。
「本当次は続けて妊娠はムリよ?ちゃんと避妊しなきゃ。協力してよね。年子三人とか、もうやっていけるのかしら。不安しかないもの。」
…
長男亮二、一歳の誕生日まであと一ヶ月、そして賀城家には二名の新しい家族が加わった。
あの時、里美たちが病院へ向かった後、家には歩美が帰宅していた。
誰もいない家と片付けのされていない浴室、そして周囲のタオルを見て理解した。
まさかとは思ったが、恐らく状況的にそうだ。
「え…お姉ちゃん…?ウソでしょ、ここで?たぶんお姉ちゃん一人で産んだのよ…ここで。」
歩美は自ら片付けを始めた。
姉の里美が今朝病院と連絡をとっていたこともあり大丈夫だと思っていたのだが、間に合わず浴室で出産してしまったのだと察し歩美は後悔していた。
今日だけでも自分がついていたら、きっとこんなことにはならなかったのではないか。
昼間、自分から連絡をこまめに入れていれば。
事情を話して仕事を切り上げてきていれば。
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