第八話
八
撮影は午後七時前には無事に終了し、俺たちは午後十時には東京の浅草にある「ネバーランド ガールズ」の専用劇場に到着した。
劇場の会議室には、今回の撮影には参加しなかったメンバーも含め、総勢五十二人が集結している。いよいよシングルCDの表題曲の歌唱メンバーが発表される瞬間を迎えた。
俺は演台の前に立ち、それぞれに思いつめた表情で座るメンバーたちと向き合った。百四の真摯な瞳から放たれる強烈な視線に息もつまりそうなほどの圧迫を感じる。何度となく経験しても決して慣れるものではない。
俺は唇を舌で湿らし唾をのみ込んでから、おもむろに口を開いた。
「みんな。夜の遅い時間、集まってくれてありがとう。
余計な前置きは抜きにして、今からシングルの表題曲の歌唱メンバーを発表する・・・」
誰一人としてその場に存在していないかのように静まり返る室内。
「まず、センターから…」
そのとき静寂を破って、がたっと椅子の立てる音が響き渡った。最前列の中央の席を陣取っていた神希がいきなり立ち上がり、後ろに座るメンバーを振り向きながら大きくその両手を振って演台に近づいてくる。
「はい、は~い!」
「今回のセンターは・・・」
「は~い、わたしで~す」
「
「ズコ~ッ!」
思いっきり体をのけぞらして、後方に派手にぶっ倒れる神希。
「続いて、夏ノ園!
「それでは、最後だ。十六人目は・・・」
この頃にはノロノロと立ち上がっていた神希は、両手を胸の前で組み合わせて祈るような目で俺を見つめていた。
「月城!」
「ズコ~ッ!」
再び、後方にぶっ倒れる神希。だが、今度はすぐに立ち上がると俺の両肩にがっしとつかみかかり、
「神希、神希の名前がないじゃないですか!」
「うん、ないよ。だって、お前は選ばれてないからな」と俺はいたって冷静に応じる。
「そんなあ~ そんなはずないですよ~ だって、うっかりさん、わたしがセンターだって言ったじゃないですか~」
「お前がセンターって? そんなこと一言も言ってないぞ、俺は」
「言いましたよ~ さっき別荘の控え室で、『センターはシゲに決まってる』って言ってたじゃないですか~ わたし、ちゃんとこの耳で聞きましたからっ!」
「ん? 別荘の控室で? 俺が?」
俺はさきほどまでの出来事の記憶を手繰らせていった。シゲ? ああ、あのことか。
「なんだ、あのとき聞いてたのか。あれは俺の趣味の話だ。仕事中だし後ろめたくて小声で話していたつもりだったんだが、つい熱が入って大声になっちまったんだな。
シゲ、村重っていう奴なんだけどな、そいつをセンターに起用するって監督の俺が指示を出したんだ。野球の守備位置のセンターをな」
「ズコ~ッ!」
三度、後方にぶっ倒れた神希。そんな神希を見下ろしながら、俺は憐みと呆れの入り混じった声を投げかけた。
「あのな、俺がメンバーを下の名前で呼ぶなんてことを絶対にしないことは、お前だってよく知っているだろうに・・・」
床に仰向けになったまま、神希はぴくりとも動かない。さすがに心配になったのか、他のメンバーも神希の周りに集まってくる。
神希はようやく気だるそうにゆっくりと立ち上がったが、両肩をしょんぼりと落とし、すっかり打ちひしがれて悄然とした姿である。
神希の一方的な勘違いとはいえ、俺にも責任の一端があるような気がしてきて、少し心苦しい気持ちになった。
神希の生気の失せた虚ろな表情を目の当たりにすると、さすがに気の毒になると同時に、ある不吉な考えがよぎった。
今回ばかりはかなりショックが大きかったようだ。二度と立ち直れないくらいに。
ってことは、もしかして・・・、もしかして、いっそのこと、「ネバーランド ガールズ」を脱退する、いわゆる「卒業する」なんて考えてるのか?
うつむいていた神希は、何事かを決心したようにその顔をやおら上げると、ひとりごとを呟くようにぽつりと言葉を発した。
「わたし、こう思ったんです・・・」
おいおい、まさかほんとに卒業するのか。それはダメだ、困る。なんだかんだ言っても、俺、おまえのことキライじゃないぜ。待て、早まるな。
全員の注視を浴びる中、充分な間合いをとって、これ以上にない真剣な面持ちで神希がついに一言。
「やっぱり、わたしが一番かわいい!」
「・・・」 し~~~ん。突然、宇宙空間に迷い込んだかのような静寂。
開いた口が塞がらない。この、かつてないほどのどんよりとした重苦しい空気。これを打ち破るには、もう、俺がこうするしかねえじゃねえか。
俺は思いっきり体をのけぞらして後ろに倒れこみながら、
「ズコーッ」
(了)
かりんとう!2 鮎崎浪人 @ayusaki_namihito
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