8 疾風怒濤
第29話 アトラス
#日乃と情報屋。
「直接会いましょう」
画面の中のアバターは、若い男のようだった。
本当にあの人の知り合いだろうか。
情報屋、というのが怪しげだった。
「オンラインは」
「向きませんね」
「では、直接。何処で?」
「何処でも。そう大して変わらない。」
「じゃぁ」
「不意打ちで行きますよ。身構えといて下さい」
男のアバターは半月状に笑って消えた。
#般教の終わり
「何だよ」
リアンに接近されて思わず身をそらす。
「どうだった?」
「ああ、単位?」
「無事取れたか?」
「まぁ」
「こっちもだ」
リアンは満面の笑み。
二年の終わりは一般教養の終わり。
一定単位数取れていないと一般教養が終わらず専門に行け無い。
だから二年の後期は激戦だったのだが。
リアンも無事通過したらしい。
黒音はと言うと。
「あんた達じゃないのよ」
二年の前期には単位の殆どを取得していたらしい。
「それでは、今日は久々に飲み会、ということで」
#送別会
地下のライブハウス。
アコースティックの楽器に電子エフェクトを施したバンド演奏をやっている。
左隣にリアン、その隣に黒音とカウンターに陣取っていた。
「騒がしい、という感じではないが」
「品はいいでしょ?」
「話しにくい?」
「沈黙で気まずくなるよりはいいでしょ?」
「まぁいいけど」
大きな声で話さなきゃならないことを除けば、いつもと同じだった。
地下鉄駅。
椅子に座って電車を待つ。
「あの話、本当なんだ?」
「来週にはたつ」
「ここがさ、世界の全てだとは思ってないけどさ、此処に在る街がさ、何処までも何処までも広がってる。それで世界の全てだと思ってたんだけど、違うのかな」
「さぁ。未だ出て無いからよくわからない。」
「地図と地名は知ってるけど、何か俺ら、此処から出たことないな」
黒音は酔いが回ったのか眠っているようだった。
「行ってみればわかるだろ」
「俺ら学校教育学部で、分校のままだから」
「遊びに来いよ」
「ああ、その内な」
ライトで前方を照らしながら地下鉄が駅へ入って来る。
リアンが黒音をしょって車中へ入る。
続いて入るとドアが閉まった。
ゆっくりと電車が走り出す。
電車の座席に座る。
「やっぱ羽夢さん」
「うん」
******* *******
# 大陸循環リニアライン
列車は北東へと毎時800㎞で進んでいた。
”お掛けになった電話番号は……”
外しているか圏外らしい。
窓の外を見る。
景色が筆で線を引いたように通り過ぎていく。
リニアラインは此の大陸の各都市を結び、海路のフェリー等と共に此の大陸の流通の大動脈となっていた。
クロセを出て7時間強。
既に6000㎞を移動し4つの都市を通過した。
次の街はアントレという港町だった。
体に圧力がかかる。
カーブの苦手なリニアは粗直線を走る。
減速するリニア。
何時の間にかリニアは緩やかなカーブを走っていた。
小さな町なのかアントレの街はまだ遠くに見える。
時速百キロを下ってアントレの街に入り込んでいく。
ゆったりと街の中心部へと進んで行くリニア。
出発が午後一時。
現在は八時過ぎで、此の辺りで宿をとっても良いのだが、リニアの寝台個室をとっていた。
林立するビルの群の奥深く、アントの駅に着く。停車時間は10分。
アントレの駅の駅弁を買う事にした。
駅の売店でアントレ名産を謳う弁当を選んで買った。
若干の行列を抜け列車に戻る。
列車のドアをくぐると発車の音楽が鳴り始める。
「あ」
背中から突きとばされてお茶をこぼしかけた。
「すみません」
後ろから来た女が頭を下げた。
音楽が鳴り終わってドアが閉まる。
頭半分ほど低い背。肩までの黒髪。
薄赤のシャツに紺のカーディガン、薄青のスカート。
結構美形だった。
「別に大丈夫ですから」
距離50㎝程で対峙。
「……駆け込み乗車は―—」
「え?」
「駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめ下さい。」
じっとこちらを見つめていた女性は、冗談だと気付くのに一秒以上かかったらしい。
「はい」
そう言うともう一度頭を下げた。
# 情報
情報屋のくれた二枚の紙片の内、一枚は数式。もう一枚は文字の羅列だった。単純な暗号だったがパッと見で情報漏れしないためには十分な符号化だった。必ず暗算で、演算器を使用しないで、デコードしてくれ、と言われていた。なぜそこまで機密に拘るのか、と尋ねると、再開したいんだろ?とだけ言われた。
窓辺に立つ。
未だ慣れぬ街の夜の空気、
張り詰めたような冷たい空気。
同じ時期の故郷とは温度も湿度も異なる。
五階のベランダから見える夜の街。
遠くの喧騒が聞こえて来るような気がした。
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