第48話
「お前が?」
人魚が訝しげにくじらもどきを睨めつける。もしそうするとして、この偉躯の人魚が連行の途中で暴れて逃げ出さないかを疑っていると言いたげだった。
「君たちのワダツミがおかしくなった原因を作ったのだから、道理はあるだろう。僕は神妙に君たちの言う慰めになろうじゃないか。海の底でさらし者にするなり、八つ裂きにするなり好きにするといい。僕は暴れも逃げもしない。だから、この子どもを赦してやってくれ」
くじらもどきの言葉に、人魚達は互いに視線を交わした。何事かを喋る彼らを最初の人魚は宥め、それからくじらもどきを睨んだ。
「誓うか?」
「誓って」
「駄目だ、くじらもどき! お前、友だちを探してるんだろ! こいつらに連れて行かれたら、探せなくなるじゃん! 俺はいい、俺が、……海の底に……」
「りく」
くじらもどきはゆるゆると首を振った。行かせまいと己の手に縋る子どもを、怪我のないように遠ざければ陸はよろめき、尻餅をついた。
「もう、いいんだ。これは諦めきれなかった僕の因果応報でもあるんだよ。すまなかったね、りく、五年前……僕と出会ってしまったばっかりに」
「なんでそんなこと言うんだ! なあ、頼むよ、くじらもどきを連れていかないでくれ、俺の友だちなんだ……!」
「違うよ」
子どもが駄々をこねるように叫ぶ陸のすぐそばに、どしん、とくじらもどきは手をついた。少しでもずれていたら、きっと押し潰されていただろう。思わず息を呑んで黙ってしまった陸を、くじらもどきは見つめた。その眼差しは無感情で、冷たかった。
「だって僕にとっては……瞬きほどのことでしかなかったんだから」
くじらもどきの尾に銛が刺さった。人魚の一人が彼に向かって投げつけたものだった。深々と刺さったそこから赤い血が流れ、思わずくじらもどきは呻いた。
「連れて行け」
またひとつ、銛が刺さる。それには縄のようなものが括り付けられていた。くじらもどきの巨躯がゆっくりと海へと引きずり込まれる。岩肌に、赤黒い血の痕。
「待って、だめ、くじらもどきに酷いことをするな!」
我に返った陸が彼らを止めようと叫び、くじらもどきの身体に穿たれた銛に触れようとする。ひゅん、と何かが手を掠め、手の甲から血が溢れた。
「おねがい、連れて行かないで……!」
喉が裂けるほど、懇願した。しかし人魚達は無慈悲に、ぐったりとしたくじらもどきを海へと引きずり込む。手の空いている者は陸に向かって石や貝殻を投げ、それが少年の額をしたたかに打った。明滅した視界の中で、くじらもどきの影が、海の下へと消えていった。
「……うああ……」
呻く。呻きは徐々に獣のような、慟哭に変わっていく。何も出来なかった悔しさと、友を失った悲しみが少年を狂わせようとした。額から血を滴らせながら陸はのろのろと立ち上がり、そのまま海へと歩んでいく。置いていくな、俺を、もう独りにしないでくれ。
「リク」
呼び止められ、振り向く。そこには、数日前に何も告げることなく姿を消した漂着者――イタルの姿があった。
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