第29話

「陸くんが見つけた人、どうなったの?」

 居残り中、橋本が問えば、陸はうーん、と唸った。あの漂着者を友人達に説明するには、些か骨が折れる。

「一緒に住むことになった……神社で」

「えっ、なんで?」

「町の人が決めたんだよ。俺が見つけたんだから俺が世話人になれって……昔からの風習だって」

「ふうん……」

 大変ねえ、と熊谷が頷く。その手元には図書館から借りた資料が開かれている。

「運ばれてるところを見たけど、不思議な雰囲気の人だよね……髪の毛が真っ白で……どこの人なんだろう?」

「それが分かってたら苦労しないなあ……ヘンなヤツだよ。なんも覚えてないなんて」

「思い出せたらいいのにね」

 橋本の言葉に三人は頷く。研究のほうはやや難航していた。何故、瀰境町に漂着物が多いのか、まだ決定的な理由を見つけられずにいる。

「クジラやイルカがストランディングする主な理由はいくつかある……病気による衰弱、外敵……サメとかシャチとか……あとは船とかね、そういったものから追い立てられたり、怪我をしたりして漂着してしまう。あとは潮の流れの見誤り。複雑な潮の流れについていけなくて、陸地へと泳いでしまう。理由は一個だけじゃなくて、色んなものが重なる時もある……」

「瀰境町の近海は潮の流れが複雑なことは分かっている。沖合の海底火山の活動が、海底の形を複雑にしてきたから……でも、それだけなのかな」

「おい」

 悩む三人に、声をかけたのは平田だった。部活から戻ってきたのか、ジャージ姿である。

「あれ、どうしたの?」

 熊谷が驚いて目を見開いて聞けば、平田は仏頂面でそこに立っている。何か言いたげな顔をさせたが、数秒逡巡したあと、ようやく口を開いた。

「……なんか手伝うこと、あるかよ」

 平田の言葉に橋本がはっとした顔をする。なんと言えばいいのか迷った素振りを見せ、しかしそのまま陸を見た。

「あの、平田くん、部活は……?」

「もうこっちにも顔……だせるぜ。……レギュラー、なれなかったからな」

 ふん、と鼻を鳴らす平田を三人が見つめる。皆が思っているより、平田は落ち着いていた。適当な椅子を引き寄せ、座る。

「それならね」

 切り出したのは橋本だった。鞄から今までの研究をまとめたノートを取り出す。

「気分転換に今までのぶんの振り返りをしちゃおう」

 一学期の時よりも、平田は真剣にノートを読み込んでいた。何か彼の中で心変わりがあったのかもしれない。

「まあ、潮の流れが原因のほとんどだろうな」

 平田は冷静に呟いたあと、ノートを閉じて橋本に返した。それを受け取り、橋本が問う。

「平田君はストランディング、見たことある?」

「あるぜ。それこそ、いたる浜でのストランディングだ。ちっせークジラの……お前、知らないのかよ。ああいうのが漂着したら、資料館に電話をかけるんだ」

「え、どうして?」

 熊谷が聞けば平田はそれが当たり前だというふうに肩を揺らす。三人は平田の言葉を聞こうと、居住まいを正した。

「資料館に電話をかけるだろ。そしたら資料館がクジラだかイルカだかを研究している偉い先生を呼ぶんだよ。血相変えてやってくるぜ。それで、その場でクジラの死体を調べる。すげー匂いがするんだ、クジラの死体って」

「やだぁ」

 熊谷と橋本が顔をしかめ、平田はにやりと笑った。

「偉い先生たちはクジラの死体を浜辺に埋めたがるんだ。あらかた肉をとったあとに浜辺に埋めて何年かあとに掘り出せばきれいに骨だけが残る。それを骨格標本にするらしい」

「平田くん、詳しいね」

「親父がよく手伝うんだ。お前の親父もだぜ? だってあんなデカブツ、偉い先生だけじゃあ運べないだろ」

「じゃあ、いたる浜にはクジラやイルカの骨が埋まってるってこと?」

 橋本の疑問に、平田はにやりと笑う。

「お前らの言うとおり、うちの町の浜辺にはやたらクジラやイルカが流れ着く。でもよ、それをいちいち浜辺に埋めてたら、どうなると思う?」

「そこらじゅう骨だらけになるよ。あの浜辺だけじゃ、面積が足りない」

「そう、だから全部は埋められない。そういうときは、海に沈めるってわけだ。そのまま海に戻して浮いたままだと危ねえったらありゃしねえからな。下手したら爆発しちまうし」

「爆発!」

 熊谷が思わず声をあげた。陸はクジラが爆発するさまを想像し、眉を寄せる。ぱん、と弾けるクジラ。奇妙な光景だが実際に出くわすと、厄介だろう。

「だから瀰境町はやつらにとっちゃ、ちょっとした墓場ってわけだ。でも悪いことばかりじゃないぜ。そのぶん、魚がよく集まるんだからな。でけークジラでも、死ねばなんでも餌になる」

 平田の語りはそこで止まった。三人の眼差しは、今までとは違って彼に感心の意を向けている。

「そういうのって、やっぱり家族から聞いたりするの?」

「言ったろ。親父がよく手伝うんだよ。つーか、親父がおふくろと結婚したのもそれがきっかけ。おふくろ、昔は学者先生の手伝いやってた」

 平田の母の姿を思い浮かべる。快活な雰囲気をした人だ。

「それじゃあ、平田くんの家に瀰境町の海に関する資料とかあったりして」

「あー、わかった。聞いてくる。家の押し入れに何かありそうだしな」

 平田が了承すればちょうど、下校時間のチャイムが鳴った。ねえ、と橋本が呼びかけてくる。

「皆でコンビニ寄らない? 頭使ったら甘い物食べたくなるよね」

 賛成! と熊谷が同意した。

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