第24話

 祭りの日、熊谷と橋本は浴衣を着てやってきた。

「屋台とかもあるんだね」

「まあ、一番大きいお祭りだしね」

 はしゃぐ二人と一緒に、屋台が並ぶ通りを歩く。すると、平田と鉢合わせた。

「あっ、平田君」

「……よう」

 平田は挨拶し、軽く手を上げた。瀰境と背に書かれた法被を着ている姿がどこか新鮮に見える。

「手伝い?」

「まーな。まだ神輿を担いだりとかはしねーけど」

「お神輿って町の人が担ぐの?」

 平田の言葉に橋本が問えば、おう、と平田は頷いた。

「港町の漁師が担ぐことになってんだ。海の神様に感謝する祭りだからな」

「へー……なんかいいね、地域密着型って感じ」

「ハハ、なんだそれ。……まあ楽しめよ」

 そう言って去る平田から、三人に向けた棘のようなものが和らいでいるように陸は思えた。二人もそう感じたらしく、彼の変化を受け入れたようである。

「もうすぐお神輿が担ぎ出されるよ。いたる浜に行こう」

 出立を告げる太鼓の音を聞いて、陸が神社の方をちらりと見た。


 いたる浜にクジラの神輿が辿り着く。

 柔らかい砂と波飛沫が担ぎ手のくるぶしを洗い、神輿は踊る。

 波の音、太鼓の音、担ぎ手たちのかけ声、砂を踏む音。虫たちの音。子ども達の声。闇の中で蝋燭の火が浮かび、いたる浜だけを浮かび上がらせている。港町に住む老婦人が手を合わせて拝んでいるのが見える。数珠を持ち、海に向かってただひたすら。

「すごい」

 浜辺で泳ぐように練り歩くクジラの神輿に、橋本がぽつりと呟く。担ぎ手たちのかけ声の迫力と、浜辺に灯された蝋燭たちに照らされたそれの姿に圧倒され、魅入ってしまったようだった。熊谷も同じく、波打ち際で泳ぐ神輿を眺め、呆然とした様子である。

「これが、二百年続いているんだね」

「うん、なんか……いいね」

 明確な言葉にするのが難しいと、熊谷と橋本の二人はぽつぽつと胸に浮かんだ言葉を交わしている。その隣で陸は、神輿を眺めていた。

 ――流れ着いてしまったものを慰める蝋燭の火が、夜の闇に滲んでいる。


 ねえ。


 ふと耳に、何者かの声が届いた。目を開きあたりを見渡すも、誰もいない。自分以外の誰も、声は聞こえていないようだった。つまり、海からの声だろう。


 こっち、こっち。


「なに……」

 思わず聞き返し、二人から離れて声のする方へと向かう。人の群れ、蝋燭の光が届かない、いたる浜の端へ、声は陸を誘っている。足下の暗さを不便に思いながら、陸は砂を踏みしめ進んでいく。


 ――こっち。


「あ……」


 波打ち際に、人が倒れている。それは闇の中で淡く輝いている――ように見えた。白髪だったからだ。老人が倒れている。そう思った瞬間、陸はその人影に駆け寄っていた。

「大丈夫ですか」

 倒れている人間の肩を揺する。老人ではない。若者だ。陸と同じぐらいの年頃に見える。死んでいる。一瞬、そう思った。しかし陸の予感を打ち消すように、若者の瞼がぴくりと震えた。

「――……誰か!」

 蝋燭の灯りに向かって叫ぶ。人々が、一斉にこちらを向いた。

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