第23話
「あんた、それなんや!」
案の定、濡れ鼠のような姿の陸を見て開口一番、母は息子を問い詰めた。今にも拳を振り上げそうな母を一瞥し、陸は首を振った。
「子どもが溺れてて……間に合わないって思ったからこのまま泳いだだけ」
「なんでそんな嘘つくん! あんたにそんなこと出来るわけないやろ!」
「嘘じゃない」
「なんでいつもそうやって誤魔化すんや! ほんまの事言い!」
「いいかげんにしろよ!」
噛み合わない会話に苛立ち、思わず陸が声を荒げれば、母の肩がびくりと跳ねた。真っ赤な顔で唇を震わせ、わなわなと肩を震わせている。
「……あんた……親に向かって……」
「……」
濡れたシャツの不快さに耐えきれなくなり、陸は無言で浴室へと向かった。無意識に閉めた扉が乱暴な音を立てたと同時、その向こうで泣き叫ぶような母の声が聞こえた。
翌日。
昼頃にインターホンが鳴り、休みなのにとぼやきながら天貝祥子は玄関に出れば、見知らぬ親子が立っていた。
「……はい?」
「天貝陸さんのお宅はこちらでしょうか……」
「陸は…………息子ですが」
「まあ、お母様でいらっしゃいますか!? この度は本当にありがとうございました!」
年若い女性が深々と頭を下げ、それにならって子どもも頭を下げる。事情が飲み込めない祥子が瞬きをさせていると女はきょとんとした顔で首を傾げた。
「あの、陸さんからお話を聞いていない……?」
「え、あの……息子が何か……?」
母が上擦った声で聞けば、女は戸惑った顔で、彼女の幼い息子――聡を見た。
「あのね、陸お兄ちゃんが溺れた僕を助けてくれたの」
「えっ……」
そういえば、息子がそんなことを言っていた気がする。誤魔化しのための真っ赤な嘘だと思っていたのに。
「そ、そうなんですか……? あの、人違いでは……?」
「いえ! 間違いなく、陸さんですよ! 港の方が言ってらっしゃいました!」
「あっ、陸お兄ちゃん!」
聡が道の向こうから帰ってきた陸を見つけ、手を振る。大人二人がそちらを見ればどこか散歩にでも行っていたのだろうか、己の息子の命を救った少年がやってきたのを見て女はハッと目を見開いた。
「あ、昨日の……もう大丈夫なの?」
「うん! だからありがとうって言いに来たの! ありがとう、お兄ちゃん!」
「陸さんですか? 本当にありがとうございました! あなたが助けてくれなかったら息子は……!」
聡の母親が陸に駆け寄り、再び深く頭を下げる。いえ、無事でよかったです、と陸が笑えば、彼女は手に持っていた紙袋を陸に差し出した。
「心ばかりの品ではありますが……」
「えっ……そんな、別に……」
「いえ、いえ、受け取ってください」
圧に押されて陸が紙袋を受け取る。隣の市まで買いに行ったのだろうか、洋菓子の詰め合わせと思わしき箱が、二つほど入っている。
「……」
「お休みのところ失礼しました、それでは……」
「あっ、あの……」
もう一度頭を下げる親子にまごつき、流石に己の母親の方に視線を向ける。しかしそこに居たはずの母は、家に引っ込んだのかいなくなっていた。
「お兄ちゃん、またね!」
聡の元気な声に手を振り、暫く立ち竦む。家に戻れば、しん、と居間は静まりかえっている。
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