第21話

 漁に出ていない船のへりに、ウミネコがとまり羽根を繕っている。資料館で見たものを話し合いながら、三人は港町を歩いていた。

「クジラやイルカがストランディングする理由は何種類かあって……病気だったり、潮の流れを見誤ったり、外敵に追い立てられたりが主な原因。じゃあ瀰境町が特にストランディングが多いのはどうして? っていう話になるよね」

「そう。その三つのうちだと潮の流れが一番可能性がある……資料館で見たあの漂着物もいたる浜に流れ着いたものだ。海に漂っているものを引き寄せる潮の流れがあるのかな」

 話し込んでいると、不意に子どもの叫び声が聞こえた。悲鳴に近い声に驚いて波止場を見れば、海に向かって子供達が騒いでいる。

「どうしたの、今は盆休みだから泳ぐのは禁止だよ」

「サトルが落ちたんだ! きっちゃんの帽子、取ろうとして……!」

「どうしよう、見えないよ!」

「あたし、大人呼んでくる!」

 熊谷が弾かれたように走り去る。小さな女の子が泣きながらごめんなさい、と繰り返していた。

 子どもが指さす方向を見れば、岸からかなり離れたところで小さな頭が見える。潮の流れが速いのか、どんどん流されていくのが分かった。

「あんなところまで流されたら……」

 泣きそうな声で橋本が呟く。子供達は友だちの名を呼び続けるが、藻掻いているらしい手の動きも、だんだん鈍くなってきた。

 大人を待っていたら、間に合わない。

「橋本さん、皆を見てて!」

「えっ、天貝君!?」

 えっ、天貝君!?」

 シャツを脱ぎ捨てる。靴下も靴もそこに転がしたまま、橋本が止める間もなく波止場の先へ陸が走る。そのまま海に飛び込み、海水を蹴った。

 波は穏やかだが流れが速い。濁った視界の中で海面で藻掻く子どもめがけて泳ぐ。ようやくその手に触れれば、腕をぐっとひっぱった。


 あっ、リクだ。久しぶり。


「たのむよ、少し助けて」

 くすくすと笑う〝海〟に乞えば、水流は少し穏やかになった。子どもを抱きかかえながら、陸地へと泳いでいこうとする。


 でも、みんなはこっちに来いっていっているよ。


「皆?」

 その瞬間。足を何かに掴まれた。ひとつだけではない、ふたつ、みっつ、と何かが己の足を掴もうと、腿を撫で回している。

「うわっ」

 驚いて足をばたつかせる。この時期に海に入ってはいけない。そうくじらもどきも言っていたことが頭をよぎった。しつこく縋り付いてくる淡い輪郭の手を振り払い、必死に岸辺へと泳ぐ。なんとか波止場の段差へと辿り着けば、誰かが手を伸ばしてきた。――平田である。

「陸! こっちだ!」

「この子……っ……!」

 助けた子どもを支えあげれば、平田がその身体を引っ張り上げる。その姿に安堵した瞬間、がくん、と後ろから強く引っ張られ視界が青く染まる。子どもの悲鳴が、遠い。

 どうにか海面へと浮かび上がろうと手足をばたつかせる。ふと、己の腕を見れば、うっすらと白く輝く手が、逃がさないとばかりに掴んできているのが見えて、血の気が引いた。

 ごぼ、と口の端から空気が漏れる。あと何分持つのか。


 助けてほしい?


 〝海〟が問いかけてくる。口から泡を吐きながら、陸は頷いた。


 いいよ、友だちだものね。


 〝海〟が笑う。一瞬のうちに大きな波がうねり、陸を押し出していく。陸の足を掴んでいた手が、泡となって霧散していく。

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