第20話

 中間発表会が終われば、七月の期末試験はすぐだった。生徒達も夏休みの気配を感じながら、試験勉強に勤しむ。試験が終わるとほどなくして、夏休みが始まった。予定をつきあわせて、資料館へ見学に行くのはお盆休みになってから、ということになった。


「天貝君は資料館にはよく行くの?」

「小学生のころはそれこそよく行ってたけど……久しぶりだよ」

「あそこって古くさいわりには人が入ってるよね。遠足で行ったけど、小さい水槽があったぐらいしか覚えてないよ」

 三人が駅で待ち合わせ、資料館への道を歩いて行く。海から吹く風に、橋本は気持ちよさげに目を細め、遠くに見える港町に、わあと声を上げた。

「天貝くんたちが住んでるとこって、あそこ?」

「うん、平田くんもね」

「丹恵和市の海沿いっていうと海水浴場だから新鮮に見えるよ」

「たしかにそっちは観光地って感じ。イルカが流れ着くとか、あるの?」

「うーん、あんまり聞いたことないな。おじいちゃんに聞いてみたんだけど……一回あったかもなあって言ってた。それぐらいは珍しいよ。よく流木とか、ゴミは流れ着いてるらしいけど」

 二十分ほど歩けば、資料館についた。中に入ると相変わらずチケット売り場の横に、小さな水槽が置かれている。

「ねえ、熊谷さんが言っていたのって、これ?」

「そうそう! 流石に中身は変わってるでしょ。……あ、ヒトデ」

「学生料金でいいんだよな。……一人三百円だって」

「やっす……」

 二人から三百円ずつを受け取り、チケット売り場で支払う。本の栞のようなチケットを三枚、手渡された。

「変わらないなあ」

 思わず笑いながら二人にチケットを手渡し、入り口をくぐる。橋本が、子どものように声をあげる。玄関ホールに展示されているザトウクジラの骨格標本に目を奪われている。

「思い出した、こんなのもあったわ」

「こっちじゃなくて、水槽だけ覚えてるのもすごいよ」

「ふふ、熊谷さんらしいかも。このクジラの骨って、捕まえたの?」

 橋本が骨格標本の真下まで歩き、まじまじと見上げながら聞いてきた。

「これも流れ着いたんだって……たしか、江戸時代に」

「大昔じゃん。よく残ってたね」

「ここが出来る前は神社に奉納されてたって書いてる。すごいね、こんな大きなクジラの骨が、今も残っているなんて……」

 目を輝かせる橋本と熊谷を常設展へと連れて行く。ここはいつ来てもほとんど変わっていない。

「瀰境町の近海は潮の流れが他とは少し違うんだって」

「海の底の地形が変わるぐらいで、そんなに変わるものなの?」

 壁に展示されたパネルを読みながら、熊谷と橋本は喋っている。

「ねえ、これ見て。五年前に漂着した軽石なんだって!」

 展示室の隅に置かれたケースの中には、白い石がいくつか保管されていた。それを指さし、熊谷が二人を呼ぶ。どうやら今日は三人以外、誰もいないらしい。

「軽石ラフト?」

「五年前の海底火山が噴火したときに流れ着いた石なんだって。ほら、この写真……石が集まって海に浮いてる」

 所々に小さな穴があいている石に、陸は見覚えがあった。

 くじらもどきと別れる前に起きた海底火山の噴火。あの一ヶ月後に流れ着いた、手負いの人魚。彼の傍にも、こんな軽石が浮かんでいた。

「瀰境町近海から離れた場所にある海底火山は、一定の周期で小規模な噴火を繰り返しており、時折このような軽石が流れ着きます。その名の通り、筏のように海を漂流し、浜辺に流れ着く軽石は漁業だけでなく浜辺の生態系にも影響を及ぼします。……だって。海底火山が噴火したのはニュースで見たかも。結構大きな噴火だったって」

「そういえば父さん……魚市場で働いているんだけど、文句言ってたな。魚が少ない! って」

 熊谷がこれも資料になりそうだとメモをとる。持ってきたらしい小さなデジタルカメラで、その写真を撮った。

「海底火山が噴火した時は、軽石が流れ着いた。……昔も同じようなことがあったってことか」

「見て見て、ここにあるの、全部流れ着いたものなんだって!」

 橋本が興奮したように二人を手招きする。硝子ケースに飾られていたのは、淡く輝く大きな貝殻や、木製の舟の残骸、鉱石、獣の骨――海が運んできた様々なものだった。

「これらは至神社いたるじんじゃに奉納されていたものの一部です。瀰境町は古くからは至浜いたるはまに流れ着いたものを神のものとして崇める風習があり、時には漂着した人を海神の化身として神社に住まわせ、手厚くもてなしました……風習は今も残り、至浜に漂着したものを供養するために、八月の終わりごろに祭りを行います。祭りは二百年以上の歴史があり……へえ、あの、祭りって結構古いんだ」

 熊谷が説明を読み上げる。橋本がその隣で興味深そうに聞いている。陸はガラスケースの中の品物をまじまじと眺め、その美しさに目を奪われていた。

「お祭りかあ……それって、どんなの?」

「至神社からおみこし……クジラの形をしてるんだけど、それをいたる浜に運ぶんだ。それで、浜辺を練り歩く。夜にするから浜辺にたくさんの蝋燭を立てて……」

「すごい、それって町の人しか参加出来ないとか?」

「ううん。結構有名らしくて、他の町からも見にくるよ。たぶん、瀰境町が一番賑やかな日だと思う」

「それならさ、研究ってことで今年のお祭り、来てみる?」

 熊谷が橋本に聞けば、彼女はぱっと顔を明るくさせた。是非、と頷けば熊谷も嬉しそうに笑う。

「じゃあ、これから神社に下見に行ってみよっか!」

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