第19話

 六月の末に中間発表会は行われた。

瀰境町みさかちょうで発生しているストランディングの件数は、全国の港町と比較すれば非常に多いと言えます。それが環境によるものなのか、それとも別の理由があるのか……私たちはそれを調べることで、将来、クジラやイルカの保護に役立てることが出来るのではないかと考え、今回の研究テーマにしました。以上、三班の発表でした」

 ぱちぱちと教室に拍手が響く。やや顔を強ばらせた橋本が教壇から戻ってくるのを陸も拍手で迎えた。

「次、四班――」

 手元のバインダーでメモをとっていた小野寺が促す。はい、と四班の生徒が立ち上がった。


「やっぱこのテーマ、変だぜ」

 全グループの発表が終わって教室に漂っていた緊張が緩む中、平田の声が刺さった。それにいち早く反論したのはやはり熊谷である。

「あのねえ、もう発表したものにいちゃもんつけるのやめてくれる?」

「でもよ、もっと簡単なのにすればいいじゃん。面倒クセーよ、ゴミ問題とかでいいって」

「それじゃあ二班と被るじゃない。そもそも、テーマを決めるときに真剣にならなかったアンタに言われたくはないわ」

 ぴしゃりと言い放つ熊谷に平田は苦々しい顔で舌打ちをした。そのうちに授業終わりのチャイムが鳴り響けば、平田はいつものように鞄をひっつかみ、去って行った。

「なにあれ、今日ちょっとひどくない?」

「あっ……」

 二人の様子に困惑を露わにしていた橋本が何かに気がついたのか口元に指を寄せる。

「今日、練習試合のスタメン発表の日だった気がする……」

「え、それでイライラしてるの? ちっさ……」

 心底呆れたのか、熊谷が悪態を吐く。橋本はなんと言えばいいのか逡巡し、しかし気を取り直そうとプリントに視線を落としたので二人のそれを覗き込む。平田のことばかり気にしていられない。

 翌々日に小野寺先生が各班を呼び出した。評価のためだ。一班、二班と呼ばれるにつれて陸は落ち着かない気持ちになっていた。そして、ついに三班が呼び出された。

「このテーマを思いついたのは?」

「天貝君です」

「そうか。なにかきっかけが?」

「……小学校の時に瀰境町の資料館で企画展をやっていたんです。ストランディング……生き物の漂着について……それを思い出したので……」

 陸が答えれば、なるほど、と提出された資料を眺めつつ小野寺が頷く。そしてうん、とひとつ相づちをうち、口を開いた。

「このまま、このテーマで続けなさい。なかなか面白いテーマだ」

「本当ですか?」

 橋本が思わず上げた声には喜色が浮かんでいる。小野寺は笑って肯定した。

「資料館で企画展をやるほどの題材だ。資料も豊富にあるはずだよ。天貝君、君が小学生の時に見たものが、今ならまた別の見方も出来るかもしれない。きっとそこには瀰境町の地理や歴史があって、面白いことが分かるだろうね。やってみなさい」

 頑張るんだよ。小野寺の言葉に橋本がほっと息を吐く。三人は胸をなで下ろしたのだった。

「良い感じじゃない? いい成績貰えるかも」

「でもまだテーマを発表しただけだよ」

 教室に戻ればやや浮かれ気味の熊谷の言葉に陸がぽつりと指摘をすれば、それはそうだけどと熊谷が唇を尖らせる。

「とにかく、今のテーマでいいっていうのは確か。だから頑張ろうよ」

「それなら、皆で資料館に行ってみない? もうすぐテストが始まりそうだから、夏休みにでも」

「それ賛成!」

 橋本の提案に熊谷が同調する。陸も、たしかにと肯定した。黙って話を聞いていた平田は、つまらなさそうに手を揺らした。

「オレはパス」

「なんで」

「オレ、忙しいんだよ」

「サッカー部の練習? あんた結局レギュラーになれるの?」

「うるせーな!」

 熊谷の言葉に平田が怒鳴る。しん、と周囲が静まりかえり、視線が三班の面々に集まった。

「……」

「やめろよ」

 平田が張り上げた声に固まってしまった熊谷と橋本を見て、陸がたしなめる。ひく、と口元を引きつらせ、平田は暫く三人を睨んでいたが、鞄を持って乱暴に立ち上がった。

「平田くん!」

 陸の呼びかけに平田は応じず、そのまま立ち去ってしまった。しばらくかたまってしまった熊谷が橋本に視線を寄越せば、彼女は青ざめた顔をさせている。たまらず陸が口を開く。

「……大丈夫?」

「ごめん……私が余計なこと言った」

「私は大丈夫……ちょっとびっくりしただけで……」

 それ以上、三人とも何も言えず沈黙が下りる。今日はもう何も話し合う気になれず、そのまま解散になった。

 学校を出る時、横切る運動場に陸は視線を向けた。サッカー部が元気よく練習している。目をこらしてみたが、その中に平田はいないようだった。

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