第17話
「それで、考えたんだけど」
翌日、グループ――陸たちは三班に割り振られた。三班が話し合っている中で陸が切り出せば橋本が促す。熊谷は軽く身を乗り出し、平田はふんぞり返るように椅子の背もたれに身体を預けている。
「瀰境町ってよく流れ着くんだ。イルカとか、クジラとか……他のところよりもずっと多い。昨日もイルカが流れ着いた。平田くんも知っているよね」
「まーな」
陸の問いに平田が同意する。それがどうした、と言いたげである。
「これ……テーマにならないかな」
「ンなもん調べてどーすんだよ」
平田の言葉に熊谷がじろりとそちらを睨み、口を開いた。
「あんた、何でもいいんでしょ? 黙っててよ」
「他のグループとは被らないと思う。だって、クジラやイルカがしょっちゅう瀰境町に流れ着くだなんて知っているの、町の漁師ぐらいだ。それに町にある資料館の企画展になるぐらいの題材だよ」
陸の言葉に平田は黙り込む。熊谷に釘を刺された手前、これ以上口を挟んでも自分の利にはならないと踏んだようだった。
「私はそのテーマ、いいと思うな。もし調べてみて何か分かったら大発見じゃない? テーマとしても充分立派だよ」
橋本は賛成、と軽く手をあげる。熊谷も同じらしく、いくつかのテーマ案が書かれたルーズリーフに書き込む。
「他には?」
熊谷が問えばこれ以上はもう出ないようだった。決まりね、熊谷が赤ペンで丸をつける。平田はわざとらしい大きなため息を吐いた。
「イルカが流れ着いたって」
岩場に腰掛け、陸はつま先で海面を撫でた。打ち寄せる波が足の甲を撫でる。
また沢山いってしまったね
あれらはそっちにいってしまったね。そうなれば這うことしかできないのに
〝海〟もイルカが
「なあ、どうしてイルカはこっちに流れ着いちゃうんだ?」
どうしてだろ
おまえ、しってる?
おかしくなっちゃうんだよ、あいつら
へえ!
ちがうよ、うっかりだよ
〝海〟が口々に喋り始めて、陸は顔をしかめた。わかった、わかったよとなだめれば彼らは悪戯っぽく笑う。
でも人間もこちら側に来るよ
浮かぶのにせいいっぱいなのにね
へんなの
まだ喋りやまない〝海〟の声を聞き流して、陸は波間に飛び込んだ。まだ冷たさの残る海中をゆっくりと泳げば、空気の粒が少年の肌を撫でる。
ねえ、そっちってたのしい?
〝海〟の声が陸の背中を撫でた、気がした。
――どうだろう。
陸は答えないまま、揺れる海水を蹴る。陸にとって楽しいと思えることは、海にあることが多かった。こうして一人で泳ぎ、海の中を眺めるのが好きだ。ひとしきり泳いで、岩場で陽の光を浴びながら飛んでゆく飛行機を眺め、遠くの船がどこかへ向かうのを見送るのも好ましい。この海のどこか、地平線よりも遠いどこかでくじらもどきが泳いでいる。今はどこで友人である白いクジラを探しているのだろうかと考えたりもする。家出母親の影を感じながら本に没頭するよりはずっと心が安らぐのだ。
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