第15話

 地域探究発表会。

 白いチョークがこつこつと快活な音を響かせる。黒板に書いた文字に背を向け、クラスの担任教師である小野寺は生徒達をぐるりと見渡した。

丹恵和にえお高校の地域探究コースを履修している二年生は、グループで共通のテーマを一年かけて研究し、三学期の終わりに発表会を開いてもらいます。一学期と二学期は皆さんが決めた研究の途中経過発表や、レポートで成績を決めます」

 生徒達は小野寺の言葉に興味深げに耳を傾けるか、または反対の態度をとっている。まずはグループを決めましょうと教卓に出した箱を見て、一人の生徒が手を上げた。

「せんせー! どうしてくじ引きでグループを決めるんですか?」

「仲の良い学友とだけ交流するのではなく、今まで積極的に交流しなかったクラスメイトと協力して自分たちの研究を進めていくことは、きっと皆さんの将来に役立ちます」

 小野寺の言葉に皆はもう何も言わなかった。彼らが納得したと受け取り、小野寺は名簿に書かれた名前を呼び始める。全員が引き終われば、グループが発表された。


「なんだよ、半分は見た顔じゃねえか」

 集まった生徒の中で最初に口を開いたのは陸と同じ港町に住む平田だった。うんざりしたような顔で集まった面々を眺めている。

「橋本さんは違うでしょ。こっちに住んでるんだし」

 そう平田に言ったのは、熊谷有紀くまがいゆきだ。瀰境町みさかちょうの山沿いにある住宅地に住んでいる彼女は、はっきりとした物言いをする女子生徒であった。陸と平田とも小学校からの仲といってもいいが、港近くに住む陸と平田の二人と特別馴染みが深いわけではない。

「みんな、よろしくね」

 グループ内で唯一、瀰境町出身ではないのが、橋本紗江はしもとさえだった。この高校がある丹恵和市生まれで学年の噂では地元の有力者の孫娘であるという。しかし彼女はそういったものを感じさせることなく、いつも己の席で静かに本を読んでいる。

 平田がちらちらと橋本の様子を窺うような、落ち着かない素振りをみせている。その姿に小さくため息を吐いて、熊谷はひとつ手を叩いた。

「で、テーマ! どうするの!」

 小野寺からはテーマも自分たちで決めるようにと指示されていた。それだけでは心許ないだろうと今までの生徒達が取り組んできた研究例や、全国の同じような授業で取りあげられるものが記されたプリントを渡されている。

「えー……なんでもいいぜ、オレ」

 渡されたプリントに一瞥もくれずに投げやりに言う平田を熊谷はじろりと睨む。

「まじめに考えて」

「だって興味ねーし……」

 単位さえ貰えればそれでいい、と言いたげな平田の態度を見た熊谷の眼差しがささやかな軽蔑に染まる。憮然とした態度を隠さないまま、熊谷は陸をきっ、と見つめた。

「天貝君は?」

「えっと……急には思いつかないかな……プリントに書かれたテーマ例を見ても真似できるものと出来なさそうなものがあるし……」

 彼女の圧にたじろぎながら答える陸に助け船をと橋本が身を乗り出す。

「地域探究ってことは、自分たちの住んでいる町のことが一番やりやすいと思わない? この地域には海があるんだから、そこから良いアイデアってないかな」

「たしかに。うーん……自分の住んでいる町のこととか、あんまり考えたことないかも」

「丹恵和市は……夏は海に遊びに来る観光客で賑わうよ。でも他のグループと被るかもしれないね……ビーチのゴミ問題とか、新聞にのったりするから」

「別に被ってもいいじゃん」

「平田くん、被っていたら逆にやりづらいと思うよ。資料集めとか……だから、瀰境町のことに絞ってみたら? 丹恵和市とは別のことで良いテーマが見つかると思う。私以外はみんな、瀰境町に住んでいるでしょ? 見つけやすいんじゃないかな」

 橋本の言葉に熊谷が頷きかける。良いの? と念を押すように聞けば橋本は頷いた。

「テーマを決めるのは今日じゃなくても良いですからね。よくよく考えてくださいよ」

 小野寺の声が届く。ふと陸が周囲を見渡せば、どのグループも話し合いは難航しているように見えた。時計に視線を移せば、授業の終わりが近づいている。

「じゃあ決めるのは次にしよ。というわけで、みんなは次までに何かテーマになりそうなものを見つけてきて、その中から決める。どう?」

「なんでお前が仕切ってんだよ」

「やる気がゼロのあんたに言われたくない」

 熊谷に言い返され、平田がフンと鼻を鳴らす。見計らったかのように授業終わりのチャイムが鳴った。小野寺がいったん締めようと手を叩くと、二人は不機嫌そうな顔で席に着いた。

「今日の授業はここまでですが、まだテーマについて話し合いたいグループはそのまま続けてよろしい。下校時間は守ること!」

 起立、礼、と日直が号令する。小野寺がそのまま教室を出て行けばそれを合図に怪腕して帰る準備をはじめる生徒も、議論に戻る生徒もいた。

「あと頼むわ。オレ忙しいんだよ、サッカー部があるからな」

 そう言い残し出て行った平田の背中を睨む熊谷の表情は苦々しい。

「なにあいつ」

「レギュラー狙ってるって。だから練習が忙しいんじゃないかな」

「ふうん……」

 陸の言葉にさして興味がなさそうに熊谷が相づちをうつ。天貝君は部活をしていないの、と聞いてきた橋本に、陸は首を振った。

「帰宅部。スポーツ得意じゃないから」

「それなら、テーマをきちんと考えてきてくれるよね?」

 すかさず釘を刺したのは熊谷だ。

「分かってるよ、いい案が浮かぶかどうかはともかく」

「たぶん、しばらくはこの三人でやらないといけなくなるかも。今のところは……」

 ぽつりと橋本が呟けば熊谷はようやく表情を和らげ、肩を竦めた。

「どっかで埋め合わせしてくれればね」

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