幕間
冷たさが指先に触れた。そう感じた瞬間にはもう、陸は海中へと身を沈めていた。空気が泡のままで海面へと流れていく。手を伸ばし、水を掻き分け潜っていく。
まるで人魚みたいだね
耳元で笑う声がしたが、そばには誰もいない。足先で海水を蹴り、息の続くまで泳いだ。
「人魚はもっと泳げる」
上昇し海面に仰向けになる。ラッコのように漂いながら少年――陸は反論した。すると笑い声を伴って泡が弾けた。
ねえ、まだ待っているの
我慢強いねえ
「当たり前だろ!」
姿無き声のからかいに陸が叫べばぷかりと波が揺れた。
「……だってあともうすぐで、約束の五年だろ」
戻ってこないかも
「そんなことない」
きっぱりと言い放ち、もう一度海の中へ。眼下、海底で蠢く魚たちの影を眺めながらゆっくりと泳いでいく。何かを探すように視線をめぐらせたが陸の求めるものはどこにもいない。
今日もいなかったね
波が岩場を洗う。海からあがった身体をタオルで拭き、シャツを着た陸は水平線をじっと見つめている。遙か遠くに漁船が見えた。
本当にいるのかな?
あの子は、見つけられるのかな?
「さあ……でも約束したんだ。くじらもどきと……白いクジラを探しておくって」
そのおかげで随分と泳げるようになったね、リクは。
声の主――〝海〟と会話できるようになったのも、陸がくじらもどきと呼ぶ巨躯の人魚のお陰だった。四年前、この場所で出会った友人である。彼がしばらくの旅に出る際に陸に力を与えたのだった。
〝海〟に個はないとくじらもどきは語っていたのだが、話していくうちに陸はある一つの声と親しくなっていた。まるで、好き勝手に喋る彼らを代表するように語る彼を、陸もそちらのほうが分かりやすいと受け入れていた。
「じゃあ、行ってくるよ」
いってらっしゃい
朝早くに海を泳ぎ、一度家に帰ってシャワーを浴びた後は電車で隣町の高校へ。そういった毎日を陸は過ごしている。
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