第4話
3日後、私は自分を脅した男性、ユリウス・ゼンナーシュタットと待ち合わせることになった。一人で。何故だろう。
ユリウスは私の向かいの席でケーキを食べている。ばくばくと。一般的に身分差のある人間が集まる場合は身分が上のものがお代を持つことになっているので、どうやら平民であるらしいユリウスは人のお金で遠慮なく食べているということになる。ものすごい度量だ。いや度量のない人間はそもそも人を脅したりしないのだけれど。
3種類のケーキを食べ終えたユリウスは満足したのか、さて、と口を開いた。
「で、前世の恋人探しってことはエミリアも前世の記憶持ちか?」
「ちょ、」
私はあわててユリウスの口を塞ぐように立ち上がり周りを見渡す。周囲には聞こえていなかったようで安堵の息をつく。椅子に戻るときにカランとカトラリーを落とし、注目を浴びた。ユリウスは何やってんだと呆れ顔だ。
「……あんまりそういうことを言わないでちょうだい。その話題は」
「未だタブー、ってか? 安心しろ、こういう平民しかこないような店じゃ誰も聞き耳立てちゃいないし、例の件があってから少なくとも平民たちの間じゃ貴族に一切ばれないように協力し合ってんだ」
「あの、一応私、子爵家の娘なんだけれど」
「お前の話が聞こえてたとしても末端貴族の顔や名前なんて覚えちゃいねーんだから、この店に来ていたどっかの貴族が記憶持ってます、なんて平民がばらすメリットねえだろ。つーかそういうのをなくしていこうって政権交代したんだから、言ったところで大っぴらに何か起きたりしねーよ」
「そ、そう……」
「んで、お前の探し人はどんなやつなんだ? 名前や顔、ほかに覚えてることは?」
紅茶を飲みながらユリウスは言った。一応この間言った通り協力してくれるつもりはあるようだ。だが、正直彼に伝えられることはほとんどない。私は罵倒も覚悟しながらぐっとこぶしを握り、口を開く。
「……覚えてないの」
はあ? と大きな声が店内に響く。
「何言ってんだお前。そんなの探しようがないじゃねえか。ていうかお前もそんな情報ない中どうやって探すつもりだったんだよ」
「情報がないから、資料を図書館で探してたのよ。資料をみて何か思い出すかもしれないでしょ」
「んで、収穫は?」
私は唇を尖らせ黙り込む。なかった。図書館の資料には前世で事故死した、という記載がある人はいなかった。もちろん全員が覚えているわけではないようで、そもそも亡くなった時の記載がない人も何人かいた。だが、その人たちの他の記憶や研究内容から時代や世界が違うことから別人と判断した。使えねえな、という言葉が聞こえてきてさすがに私も反論する。
「しょうがないでしょ、思い出したのが2か月前なんだから」
「あ?」
「思い出したばっかりなのよ、よく資料に残っているような生まれながら記憶があったとか覚えてたわけではなくって……わたしが覚えているのは」
覚えているのは、彼の声。ずきずきと激しい痛みが走る。それから塗りつぶされた彼の顔に真っ赤な血が血が血が血が血が血が血が血血血血血血血血血────「おいっ大丈夫か⁉ くそっ」わたしは意識を手放した。
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