第56話 ワンナイト人狼 2

「真壁さんって、絶対にシロだよね?」

 未来が同意を求めたように言ったが、誰もすぐに反応しなかった。

「え? あれ?」

「はぁ~」

 やがて、如月葉月が長い溜息をはいて、苛立たしげに頭をかいた。

「正直、誰が言い出すかと思っていたんだが…、馬鹿なのか、それとも思惑があるのか…」

「え? なに? 意味不明なんだけど!?」

「この中で誰が犯人か、って言われたら、真っ先に浮かんだのは、真壁。おまえなんだよ」

「え? そうなの!?」

 未来は驚いてみせるが、どこか白々しかった。


「悪いが、俺もだ」

 同意したのは篠田だった。

「…理由を聞いてもいいですか?」

「完璧すぎんだよ、あんたは」

 真壁の質問に、篠田が答える。

「みんなが混乱するなか、あんたは初めからすべてを知っていたように冷静だった。いつの間にか集団を動かしていて、決定権も、ほぼあんたが持っている感じだった」

「そんなん仕方ないじゃん! 真壁さんを頼ったのはみんなも同じじゃん!」

 未来が反論する。

「普通に考えたら、黒幕は運営側にいるはずなんだよ。これに反論できる奴はいねえだろ?」

 言ったのは葉月だ。

「そして運営がまったく機能しなくなって、てめえが代わりに集団を動かしはじめた。運営の役割をあんたが引き継いだ。怪しむなってほうが無理だろ?」


「それだけ聞くと確かに疑わしいですね。ですが、僕はできるだけみんなの意見を聞いて、よりベターな選択を選んできたつもりです。生き延びるのに必死でした」

「確かにあんたはみんなの意見を聞いていた。それが余裕ある態度だって言ってんだよ。あんたは頭の回転も速いし説得も上手い。話を聞いたフリして誘導するなんて、簡単だったろ?」

「褒められているはずなのに、貶されていますねぇ」

 真壁は冗談のつもりで言ったのだろうが、誰も反応しなかった。


「猿姫人形のゲームのとき、てめえは相手の女の顔をぶん殴って生き延びた。あれが、てめえの本性なんじゃねえのか?」

 ピシッと場が凍り付く。

 亜里斗も完全に同意だった。

 あのときの真壁は、まるで別人に思えた。

「私も、それやったよ」

 フォローしてきたのは未来だ。

「私も、大切な友達を蹴って、生き延びた。如月さんも、篠田さんも、あと梅宮さんだって、あのゲームに参加してないじゃん!! あのときの気持ちなんて、絶対にわかんないよ!! 当事者でもないのに分かったように言うな!!」

 未来が涙を流しながら抗議する。

 そうだ。と亜里斗は同情した。

 真壁のことを勝手に悪く思っていたが、あのときの自分を客観的に見られていたら、人が変わったみたい、と評されていたことだろう。

「あの、俺もそう思います。俺もゲームに参加していたから…。あのときのことを、その人の本性みたいに言うの、違うと思います」

 

「…悪かった」

 葉月はややあって、謝った。

「だけど、逆に気になったことがある。阿久津未来、てめえ、真壁とつながってんじゃねえのか?」

「え? どういう意味?」

「さっきから真壁をシロだと思わせようと動いている。そこの呪いは言ったよな? 犯人はふたりかもしれないって。真壁と阿久津、てめえらは他人のフリをしているが、実は同じ実行犯なんじゃねえのか?」

「はっ!? ふざけんな! だったら、そっちだってそうじゃん! 如月さんと篠田さん! 私ずっと気になってたんだけど、何度か唐突に、お互いを助けようとしてたよね? むしろふたりが実行犯で組んでるんじゃない!?」

「おいおい、図星だからってキレんなよ。俺と葉月が組んでるわけねえだろ?」

「ほら、それ!!」

 未来がビシッと指をさした。


「なんで如月さんのこと、下の名前で呼んでんの!? みんな、如月さんって苗字で呼んでんのに!!」

「……!!?」

 確かにそうだ。鋭い指摘だった。

 下の名前で呼ぶ。それは普通、親しい間柄を示す。


「…わかった。正直に言うよ」

「おい!」

 諦めたように言う葉月と、慌てて止めようとする篠田。

「こいつは私を口説いてきたんだよ。もちろん、断ったけどな」

 予想外の返事だった。

「くそっ、バラすなよ…」

 居心地が悪そうに、篠田が顔を背ける。

「よく分からないけど、男ってのは口説こうとする相手を下の名前で呼ぶんだろ? そういうことだ。断ったけどな」

 

 亜里斗は何も言えなかった。

 葉月の説明に納得してしまった。

 男の全員がそういうわけでないが、一部のオラオラな感じの人は、確かに狙った相手を下の名前で呼び、俺のものアピールをする。

 そして、篠田にはそんなイメージがあった。


「それじゃ、もっと客観的な事実から、確認してみましょうか?」

 言ったのは、真壁だった。

「僕も阿久津さんと同じく、あなたたちふたりの関係には、違和感を覚えていました。最初は、ワン・オールドメイドのとき。篠田さんは、最初に清明くんたち小学生3人を除外するように言い、次に如月さんを除外するよう言いました」

「それのどこがおかしんだよ? はづ…葉月は、霊媒師なんだから、当然の選択だろ?」

「順番が気になったんです。先に子供を出して除外する流れをつくり、次に如月さんを出しています。まるで、指摘されるのを恐れるように。篠田さんのいつもの感じなら、先に如月さんを優先するはず。子供よりも霊媒師のほうが、役に立ちますから」

 微妙だと亜里斗は思った。

 確かに言われてみると、篠田の行動としては違和感があるが、疑うまではいかない。


「イメージで俺を決めつけんな。そこまで計算して言ってねえよ」

「次に、こっくりさんのとき。4人で行う必要があると言って、急遽、向井さんと梅宮さん、そして篠田さんをゲームから除外しました。どうしてその3人なんでしょう? あれは唐突に思えました」

「私もそう思った! だって向井さんならともかく、篠田さんも梅宮さんも霊能力高いイメージなかったから!」

「私の霊媒師としての感性だよ。ほかに理由はねえ。実際、梅宮の霊能力はずば抜けている」


「最後、テリトリーのとき、如月さんは車で逃げる際、また向井さんと、梅宮さんと篠田さんを助けようとしました。確か霊能力が高い人を連れて行きたいと言って。ですが、あの場面で、霊能力の高さがどう必要だったのか不明です。実際、何か役に立ったんですか?」

「結果的にはそう見えたかもしれない。だが何が役に立つかなんて分かんねえだろ? 念のために連れて行きたかったんだよ」


「真壁さんの言うことは、ふわっとしています。証拠じゃないです!」

 抗議したのは、愛だった。

 なんとなく怒っている気がする。

 おそらく、と亜里斗は想像した。

 今の話だと、篠田だけじゃなく愛にも当てはまってしまう。自然なかたちで犯人扱いされていることに、警戒心を覚えているのだろう。


「そうです。確かに、根拠のある話じゃないです。ただ、気になるのは、全部にきちんと理由が説明されている点です。人間ってもう少し愚かで判断を誤る生き物なんですよ。でも、さっき僕が指摘した動きの際は、必ず理由をつけて、誰かに指摘されないよう配慮がなされていました。如月さんたちは僕が完璧すぎるから怪しいと言っていましたが、僕としても誰かに指摘されないよう常に予防線を張っている点が、怪しいと思うんです」


 その後も議論が白熱するが、犯人は確定しなかった。

 だが、真壁と未来、葉月と篠田。

 このふたりがペアとなっている構図が見えてきた。

 人狼ゲームでいえば、狼同士で庇い合って、相手を貶めている構図だ。

 要は、どちらかのペアが犯人だと思われる。


「あっ!」

 そのときだ。愛が何かを思い出したような声をあげた。

「なんだよ?」

 葉月が訝しげに尋ねる。

「黒幕は運営。そうでしたよね? そして、運営は力を失って、真壁さんがリーダーとなって集団を動かしはじめた。…子供たちが言っていたことを思い出しました。YoutuberのH乳牛さん。彼が偽物だって。誰かと入れ替わってるって。ヒガン髑髏が発動して騒ぎになれば、必ず運営が疑われます。こうは考えられませんか? H乳牛が黒幕でこの企画を立ち上げ、当日は参加者として潜入し、集団を思うままにコントロールする」

 荒唐無稽な話だが、黒幕の動きとしては充分にあり得ると、亜里斗は思った。

「そして、真壁さん。子供たちは、あなたに相談したそうですよね? この事実を。でもあなたは、『誰にも言うな』と言った。それはどうしてです?」


「決まりだな! めちゃくちゃ怪しいぜ!」

 篠田が勝ち誇ったように言う。

「清明くんたちにも言いましたが、もしもそれが本当だった場合、黒幕がいることになり、命の危険があったからです。事実だからこそ、闇雲に言うべきではないと思いました」

「でも、そのときはまだ、呪蓋は降りてなかったし、黒幕が居るなんて可能性、普通考えつきますか!?」

 真壁は、黙り込んでしまった。

 あの真壁が論破されるところを初めて見た気がする。


「あっ!」

 亜里斗もまた、思い出しの声をあげてしまった。

「なんだよ? 何を思い出した?」

 篠田が興奮気味に尋ねてくる。

「あ、いや。今の話とは全然関係ないんですけど…」

「真壁さんの話か?」

 亜里斗はコクンと頷いた。

「言え!」

「…実はテリトリーで、真壁さんが朝礼台に触れてゲームを終わらせたんですけど、姿を見られて名前を呼ばれたはずなのに、死ななかったんです。で、山下さんが『なんだ。そういうことか』って呟いて…」

「どういう意味?」

 葉月が質問してきたが、亜里斗は首を横に振った。

「そのあと、しおりちゃん日記は出てきませんでしたし、わからないです」


 全員の視線が、真壁に集中する。

 いったい、どんな反論をしてくるのか。


 しかし、真壁は、

「くくくくくく。あっはっはっは!」

 さも可笑しそうに笑いだした。

 真壁ではない何かが、そこには居た。


「どうやら、僕が不利な流れですね。なので、特殊能力を使わせてもらいます」

 真壁が意味不明なことを言った。


「実は僕、占い師だったんです」

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