第50話 テリトリー 4

(くそ! なぜこの場所が分かった!!?)

 如月葉月(霊媒師)は、内心で毒づいていた。

 廃村のほぼ中心にある廃校から離れ、トンネルの反対方向に逃げた。

 それはある意味、単純な動きだったかもしれないが、それにしてはあっさりと見つかり過ぎている。

 近くまで音をできるだけ消して近づき、一気に突進。

 まるで、事前にここにいることを知っていたかのような動きだった。


「中は駄目だ! 出せ!!」

 篠田武光(金髪)が助手席に乗り込んできた。

 躊躇う理由はない。葉月はアクセルを踏む。

 

 左にハンドルを切って、庭に出た。

 と、そこへ山下朋子(しおりちゃん日記)が飛びだしてくる。

 目が合った。

 葉月は咄嗟に、ライトをハイビームにする。

「きゃははは! 如月さん、みっけ!!」

 声が聞こえた。


 だが、無事だった。

「何ともないのか!?」

 篠田が驚いたように言う。

「ライトで目を潰した。見えている状態で名前を言わないと意味がないからな!」

 イチかバチかの賭けだったが、葉月は生き延びることができた。


「左に曲がれ!!」

 葉月は咄嗟に篠田の意図を察した。

 平屋の庭の入り口を出ると、左右に道路が伸びている。

 右に曲がれば、運転席に乗る葉月の姿が、朋子から見えてしまうだろう。

 それは死を意味していた。


「おまえはどうする!?」

 しかし、左に曲がれば、今度は篠田が死ぬ危険があった。

 篠田は答える代わりに、服を脱いで、窓ガラスを覆った。

「チャンスだと思わねえか? 葉月! このままゲームを終わらせる!」


******


 智美(オカメン)は絶望を覚えた。

 葉月たちの車は走り去ってしまった。

 いつもそうだ。

 自分は人生の暗い場所にいて、誰からも見つけてもらえない。


 ブォオオン!!

 

 再びエンジン音が鳴った。

 平屋の中の車。朋子が乗ってきた車だ。

 運転席には岡森麗奈(オカメン)、助手席には、御船美保(オカメン)が乗っていた。

「待って!」

 しかし、智美の声を掻き消すように、車はバックで急発進する。

 バックでは逃げ切れないと思ったのか、向きを変えようとした瞬間、

「きゃははは!! 御船さん、みっけ!」

 朋子の目の前を通ってしまい、御船美保の頭が車内を血で染めた。


 動揺した麗奈が、思いっきりアクセルを踏んでしまったのだろう。

「私も乗せて!!」と叫んで、平屋から飛び出してきた梅宮愛(小学生の母)に向かって車が突進する。

 愛と共に、平屋の壁をぶち破って、車は停止した。

「岡森さん、みっけ」

 車内を覗き込んできた朋子に、麗奈も殺された。


 智美はガタガタと震えながら、台所の隅に隠れていた。

 みんなみんな殺されてしまった。

 無事に逃げおおせたのは、葉月と篠田、そしてたまたま車の後部座席に乗っていた小学生のふたりだけだ。

 だが、智美には一縷の望みがあった。

 もしかしたら朋子は、自分がここにいることに気づいていないかもしれない。


 不気味な静寂のおりた廃墟と化した民家の台所。

 智美はじっと息をひそめる。

 朋子がまる居るかどうか、まるで分からなかった。

 気配はしている。ずっと何かがいる気配。

 恐ろしかった。

 こんなところで死ぬのは嫌だと思った。

 やっと復讐を果たせた。

 まだまだ殺したい相手がいる。

 今まで不幸だったのだ。これから幸せになって何が悪い。


 どれだけ時間が経っただろうか?

 一瞬、眠ってしまっていたのかもしれない。

 人が動くような気配はない。

 おそらく朋子は、もうここにはいないだろう。

 普通に考えれば、車で逃げた葉月たちが、本体を触りに行っているはずだ。

 朋子は急いで戻る必要がある。


 けれど、智美は用心した。

 安心して外に出た途端、敵と遭遇して死ぬなんて王道のパターンだ。

 葉月たちが上手くやってくれれば、そろそろゲームは終わるはず。

 智美はずっと、人生の暗い場所にいた。

 こんな状況は慣れっこだ。


 ふと、何の気はなしに、智美は顔を上げた。

 にやりと不気味に笑う朋子の顔がこっちを見ていた。

「野木さん、……みっけ」

 今まで暗いところにいた智美を、誰一人として見つけてくれなかったが、最期に一番見つけてほしくない相手に見つかってしまった。

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