第48話 テリトリー 2
向井慎太郎(オカメン)は廃校の中で、息をひそめて隠れていた。
廃校の中には、向井のほかにも、荒木望(大学生)が居る。
最初に廃校に戻ると言い出したのは彼だった。
****
「引き返すんですか!?」
アスファルトの道路を走りながら、真壁浩人(イケメン)が驚いたように言った。
「ああ、要は缶蹴りだろ? 鬼が離れた隙に缶を蹴るってのは王道の戦略だ。危険は承知のうえだが、できるだけ早くクリアしたほうがいい」
確かに「本体」である朝礼台に一番近い遮蔽物は、廃校だった。
「ちょっと待って!」
阿久津未来(ギャル)が声をあげた。
「クリアしてしまっていいの? だって、負けたらモコが死んで…」
モコ(山下朋子)の部分で、未来の声が少しばかり湿った。
「中身がほかの人に移っちゃうんでしょ? ヤバくない?」
「じゃあ、どうすんだよ? ずっと隠れているわけにはいかないだろ!?」
「いや、僕は正直のそっちの可能性を考えていました」
真壁の科白に、周囲が軽くざわついた。
「ヒガン髑髏の試練は7日です。それまでにゲームが終わらなければ、どうなるんでしょう?」
やはり真壁は鋭いな、と向井は思った。
なんとなくだが、呪いに対する素養のようなものを感じる。
「おそらく強制終了になると思います。しおりちゃん日記があれだけの力を発揮できるのは、ヒガン髑髏の呪蓋の中にいるからです」
「あと3日もあるんだぞ?」
「鬼はひとりです。車を使用できる可能性はさっき知りましたが、それでも捜せる範囲には限界がありますし、向こうとしては本体から離れたくないはずです」
「モコは車持ってないから大丈夫だよ」
「いや、置いてある車使えばいいだろ?」
荒木がつっこみを入れる。
「ですが、車のキーを持っていないはずです。如月さんは自分の車でしたし、もう1台だけ残っている車の持ち主を、山下さんが把握しているとは思えません」
「幽霊だし、ワープしてきたりしないかな?」
再び未来が疑問を投げかけた。
「肉体があるからそれは無理だよ。さすがに聞いたことがない」
向井はそれをすぐに否定した。
強力な呪いに操られているとはいえ、肉体ができる以上の事を成すことはできない。
「そっちの作戦も有りだが、奴が離れた際のカウンター要員も必要だと思うぜ。やっぱり3日間隠れ続けるなんて、現実的とは思えない」
「だから、ゲームに勝ったら駄目って言ってるじゃん!」
「正直なところ半々かなって思ってる」
向井は未来の指摘をやんわりと否定した。
「見つかったらおそらく死にます。だけと、ゲームに関しては『終了』という表現だったし、そもそも負けたら絶対に死ぬっていう決まりもないんです」
「決まりだな。時間がない。俺は行くぜ」
荒木が踵を返した。
向井はどうしようか迷って、荒木の後を追った。
「向井さん!?」
真壁の驚く声が背後から投げかけられた。
「僕は体力に自信がないので! それにカウンターのほうが性に合っています!」
*****
そうして今、荒木とふたりで廃校に潜んでいた。
序盤であるためか、山下朋子(しおりちゃん日記)はなかなか朝礼台から離れようとしなかった。
ほんの数分離れることもあったが、やはりすぐに戻ってくる。
明らかに、本体を狙っているプライヤーを狩る動きだった。
もしかして、廃校に潜んでいることがバレているのでは? と向井は気が気ではなかった。
時間だけが悪戯に経過していく。
じっと待っているのは、想像以上に辛かった。
周囲はすっかり夜になり、濃くなった呪蓋のせいで、星すらも見えなくなっている。
けれど夜目が利いて、逆に視界は良好だった。
山下朋子も同じなのだろうか?
さらに時間が経過する。
朋子はやはり、本体から本気で離れようとはしていない。
痺れを切らしたプレイヤーが来るのを待っている。
真壁が提言した、3日間隠れる作戦のほうが正解だったのかもしれない。
人が生きている限り、これは仕方ないのことだろう。
向井は尿意を催してしまった。
こんなときに、という恥ずかしい気持ちと、深夜の廃校でトイレに行くのが怖いという感情が交差する。
霊感があっても怖いものは怖い。
向井は正直、幽霊のたぐいが苦手だった。
特にトイレという場所は、心理的にも無防備になるためか、恐怖が倍増する。
と、そのときだ。
水の流れるような音が響いた。
何の音だ? と思うまでもなかった。
トイレで用を足す音だ。
この廃校には自分と荒木しかない。
用心のため、ふたりは距離を取って、お互いに姿を隠していた。
彼がいま、どこにいるかは分からない。
この音を耳にするまでは…。
音が聞こえているぞ!!
そう叫びたかったが出来なかった。
自分の居場所がバレるというのもあるが、もしもこの音が朋子に聞こえていなかった場合、藪蛇になる。それだけは避けたかった。
「うぁわああああああ!!」
甲高い悲鳴が聞こえた。荒木の声だ。
声を出して無事なはずがない。
おそらく荒木はもう…。
全身を熱い血が駆け巡るのを感じた。
荒木がやられたとなれば、朋子は校内に居るはず。
本体は無防備のはずだった。
飛び出してタッチすれば、ゲームは終了だ。
いや、違う!
向井は咄嗟に推しとどまった。
向こうもその動きは読んでいるはず。
すぐに本体が見える場所へ移動すれば、向井を殺すことができるだろう。
このムーブは罠だ!
向井はじっと我慢した。
本体の近くに、朋子が現れる様子はない。
もしかしたら、千載一遇のチャンスを棒に振ったのかも、そんな後悔が湧き出てきた。
ぞわりとなった。
背後に気配を感じた。
慌てて振り返る。
思わず悲鳴を上げそうになったが、なんとか必死に耐えた。
背後に立っていたのは、雛原乙希(ヒロイン)だった。
正確には彼女の幽霊だ。
面影は色濃くあるものの、綺麗だった顔は悍ましい怨霊のそれに変貌していた。
呪蓋の影響が強くなったせいで現れた霊障だろう。
すぐそこに無念の死を遂げた遺体が置いてあるのだ。
黒幕は誰か?
その話題が出たとき、向井はあえて考えないようにしていた。
なんとなく、乙希がそうなのでは?と疑っていたからだ。
目黒圭祐(幽霊)の魂魄を見つけた際、やけに必死にいろいろと質問してきた。
彼女に頼られるのが嬉しかったから、疑問に思っても、あえて探ろうとはしなかった。
いや、違う。
探ろうとしなかったのはない。できなかったのだ。
向井は乙希を恐れていた。
陽キャの象徴のような彼女。
そして自分はイジメられた過去を持つ陰キャ。
彼女が不機嫌になったり、訊かないでオーラを出してくると、どうしても気後れしてしまう。
過去を克服したと思っていたが違う。
単に無視して生きれるようになっただけだ。
だから、薄々彼女が目黒圭祐を殺した犯人だと気づいても、気づかない振りをしていた。考えないようにしていた。
性格的に相性が良くないはずの彼女が、圭祐を誰よりも視認できたのは、単に殺しをしたことで縁ができたからだ。
「…………」
乙希が何事か囁いている。
そうして向井を指差してきた。いったい、どういう意図だろう?
「やっぱり、反対方向にいるじゃん! きゃははははは!」
妙に明るい声が聞こえてきた。
驚いて声の方を見る。
山下朋子の姿があった。右手には髪の毛を掴んだ、荒木の生首を持っていた。
「雛原さん、ありがとね~」
朋子が言うと、乙希の霊はすぅ~と姿を消してしまった。
まさか!? という最悪の想像が、向井の頭の中を駆ける。
朋子はこれを狙っていたのか!?
夜になれば霊障は強くなっていく。
そして霊能力があれば、霊とコンタクトを取ることも可能だ。
朋子自身も霊能力があり、呪憑物の力でそれは強化されている。
ズルいと思った。卑怯だと思った。
朋子はこの夜闇を漂うすべての霊と交信し、自分たちの位置を把握しようとしているのだ!
向井はこの事実を誰かに伝えようと思った。
早くこの場から逃げ出さねば、と思った。
だが──。
「無駄だよ。向井さん、みっけ!」
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