第39話 犯人

 野木智美(オカメン)と雛原乙希(ヒロイン)は、中学時代の同級生だった。

 陽キャの中心にいるような乙希と、陰キャのさらに奥にいるような智美は、決して交わることがない存在のように思えていた。

 けれども陽の連中はどこにでもやってくる。

 まるで世界は自分たちの物と言わんばかりに、陰キャのテリトリーにまで侵入してくる。

 こっちは関わりたくないから距離を取っているに、まるで構わない事、それ自体が悪かのように、向こうから近寄ってきた。

 からかい、中傷、マウント、暴力…。

 何もしていなのに、居るだけでムカつくと攻撃を受ける。

 それなら無視すれば良いのに、向こうは陰キャのために、ほんの少しでも我慢や妥協をすることが嫌いらしい。

 

 それでも智美は我慢できていた。

 あの出来事が起こるまでは。

 どうして、その秘密をバラしてしまったのだろう?

 自分でもあまり覚えていないが、陽キャに絡まれているときに、自分には霊感があると言ってしまった。

 自慢するつもりもマウントを取るつもりもなく、事実として、自分の能力を話した。

 

 いや、違う。

 本当は、少しばかり自慢だった。

 陽キャは敏感に智美のその感情を読み取ったのだろう。

 他人を下に見て自尊心を守るタイプの人間は、自分よりも下の人間が、少しでも上に行こうとする行為を絶対に許さない。

 対等になろうとする行為は、彼女らにとって攻撃と同じなのだ。


 智美の霊感の話は、悪意を持って陽キャのボスに伝えられた。

 雛原乙希に。

 今まで乙希は、道端の雑草のように智美に興味を示していなかったが、霊感の話を聞いた途端、態度を一変させた。

 乙希の中で智美は、乙希を嘘つき呼ばわりして、自分こそが本物だと主張している人間になっていた。


 違うの! 誤解なの!!


 智美の悲鳴のような弁明は、一切受け入れられなかった。

 乙希は決して自分から弱者をイジメるような人物ではなかったが、自分に仇なす者は、徹底して排除する恐ろしい存在だった。

 彼女は決して人の話は聞かない。

 火のないところに煙は立たない。噂が出た時点で、すべて嘘の言い訳。

 乙希は徹底的に、熾烈に智美を攻撃した。

 

 智美は学校を中退した。

 身も心もボロボロだった。

 人生を潰され、未来を閉ざされ、父親は蒸発して家族は崩壊し、リストカットをするのが日課となっていた。

 

 もはや生きる気力すらなかったが、何もしないというのも、人にとっては最大の苦痛だった。

 いつしか智美はネットに依存するようになり、自分の唯一の才能を生かせる、オカルト版に入り浸るようになった。

 最初は眺めているだけだったが、あるとき、ふと書いてみようと思い、その内容がバカ受けした。

 

 嬉しかった。

 指先が震えた。

 初めて、誰かに認められた気がした。

 初めて他人に見つけてもらえた気がした。


 智美がオカルト版にハマるのは当然の流れだった。

 特に、イジメが原因で引き籠って、オカルト版に居場所を見つけたという、向井(オカメン)という管理人に好感を持った。

 彼は自分と同じだ。

 痛みを知り、ここに生き甲斐を見つけ、人生を取り戻そうとしている。

 

 そんなある日、向井が主催するオフ会の話があった。

 引きこもりを脱却して、前向きに生きようとしていた智美は、オフ会に参加したいという気持ちになっていた。

 ネットでは普通に喋れる相手。

 ここなら大丈夫。

 そんなふうに思っていた。


 ──そこに雛原乙希の姿を見る前では。


 何故あの女がここに!?

 頭が混乱する。

 過去の辛かった記憶がフラッシュバックする。

 智美は路地裏にゲロを吐いた。

 肺の奥から苦しみが襲ってくる。


 向井からSNSが来た。

「今どこですか? もうみんな来ていますよ?」

 ビルの影から、集合場所を覗き見る。

 そこには、オカメンのみんなと楽しそうに談笑する乙希の姿があった。

 私の居場所を奪おうとする、憎き悪魔の存在があった。


「気分が悪くなったので家にいます。すみません」

 家に居ると言ったのは嘘だ。

 だが、気分が悪いのは本当だった。

 

 楽しみにしてたのに!

 ここからやり直せると思ったのに!!

 だんだんと腹が立ってきた。

 どうして被害者である自分が逃げかえって、加害者である乙希が我が物顔で、あの場所にいるのか?


 暗い殺意を覚えたのは、そのときだ。

 智美はさっそく乙希のことを調べた。

 ネットで何度か会話したことのある、「うさぎ乳牛」の正体が乙希だった。

 互いに顔を知らなくとも会話できるネットの怖さを思い知る。

 憎い相手と知らずに談笑していたなんて、冗談じゃない!


 智美は乙希のストーカーとなった。

 もちろん愛なんてない。あるのは純粋な殺意だけだ。

 彼女のコメントはすべてチェックしたし、SNSなども小まめにチェックした。

 念のため顔を整形し、乙希の跡を尾行した。

 通っている学校も家の場所も突き止めた。

 そしてH乳牛の彼女として、ネットで話題になった人物の正体が、乙希であることも知った。

 バラして炎上させようかとも思ったが、自慢にしかならない空気を感じたのでやめた。


 オカルトコミュニティ内で、ヒガン髑髏の話題が出たのは、そんなときだ。

 智美もその日のうちに動画を確認し、数日後にウィスパーの啓示を受けた。

 どんな才能がほしい?

 答えは決まっていた。

 

 そんなおり、乙希が参加することを知った。

 ふと、智美は閃いた。

 呪いで死ぬかもしれないイベント。

 そこでなら、乙希を殺してもバレないかもしれない。

 仮に殺人がバレても、「人を殺しても捕まらない才能」があれば、なんとかなるのではないか?

 冷静に考えれば、穴のある考えだったが、復讐に酔いしれた智美には、素晴らしい考えに思えた。


 ある程度、乙希に近づく必要があるため、智美はデスゲーム直前のオフ会に参加した。

 顔は変えたし、離婚のおかげで苗字も変わっている。

 智美なんて名前は、よくある名前だ。さすがにバレないだろう。

 そう考えて、乙希に近づいた。


 いや、本心ではどこか気づいて欲しいと思っていたのかもしれない。

 ごめんなさい。

 その言葉が聴けたのなら、思い止まる何かがあったかもしれない。

 だけど案の定、乙希は智美に気づかなかった。

 殺意は確立した。


 デスゲーム初日。

 智美は乙希の宿泊ポイントへ向かった。

 正直、このときは殺すつもりはなかった。

 念のためナイフは持ち歩いていたが、初日に殺したのでは後々大変だ。

 あくまで、いつでも殺せるよう、仲良くなるための訪問だった。


 乙希のテントから黒い影が出て行くのが見えた。

 智美はぎょっとなる。

 だがすぐに、乙希に憑りついていた霊だと気づいた。

 

 テントへ近づく。

 中から乙希の話し声が聞こえた。

 まだ中に誰かいるのだろうか?

 少し観察して、誰かに電話しているのだと気づく。

 スマホは使えないはずでは? と智美は疑問に思った。


「発動するか分からない!? なんで? 必要なのは彼のプネウマなんでしょ? 頑張って連れて来たのに!」

 よく分からない会話をしていた。

「駄目よ! 計画は慎重に! ここまでして失敗なんて出来ない! 近くに『袋』を置いたんでしょ? 彼がそれに惹かれて目覚めるまで待とうよ。呪憑物を作るのに失敗──待って」

 唐突に会話が切れた。

 次にテントから乙希が顔を出す。

 目が合った。

「の、野木さんじゃない。どうしたの?」

 白々しい態度だった。


「あ、なんだか緊張しちゃって。お邪魔でした?」

「う、ううん。…よかったら、入って」

 なんとなく、ここで断るのは悪手だと思った。先ほどの会話は聞いてはいけないものだ。

 逃げるように立ち去れば、最悪な状況に陥ってしまうだろう。


 テントの中に入る。

 さっきは気づかなかったが、乙希は上半身はブラだけだった。脱いだ服で前を隠して、テントから顔を出していたのだ。

「なんで裸なんですか!?」

「え? ああ、着替えている途中だったから」

 乙希は、あはははと笑った。

「もしかして、今の聞いていた?」

 やはり来たか。

 智美は一世一代の演技で答えた。

「よく聞こえませんでしたけど、何かぼそぼそ話してましたよね? 例の憑りついている幽霊さんですか?」

「え? ああ、まぁ。実はちょっと喧嘩しちゃって…。たった今、そっちから外に出て行ったんだけどね」

 乙希が指さしたのは、テントの壁側だった。先ほど黒い影が出て行ったのとは、反対の方向。

 嘘をつかれた。


「あの幽霊はなんなんです?」

「うん。もうちょいしたら、話すかな…。あ、そうだ!」

 乙希が急に大声を出した。

「野木さんってもしかして、前に私と会ったことない?」

 心臓がドン、と跳ねた。

 次にトクトクトクっと速くなる。

「え? いや…。わからないですけど…」

「そうだよね。なんか、声に聞き覚えがあって。中学のときに、野木さんと同じ智美って名前の友達がいたんだけど…。あ、でも、やっぱり違うかな」


 ──友達??


 智美の中で、何かがひび割れた音を発した。

 おまえは友達にあんな酷いことができるのか?

 それとも本当に覚えていないのか?

 誤魔化して、これからも美化して記憶にとどめるつもりなのか?

 気づいたら、隠し持っていたナイフの柄を握り締めていた。


「あの、雛原さん。そろそろ服を着たほうが…」

「ああ、ごめん。女子同士でもちょっと恥ずかしいよね」

 乙希が後ろを向いて、就寝用のトレーナーを被った。

 無防備となった背中が、そこにはあった。

 躊躇いはなかった。

 むしろ、千載一遇のチャンスだと思った。

 

 智美はナイフを背中の心臓目掛けて、突き刺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る